桜の森の思い出
満開の桜は人を狂わせるのだと教えてくれた男と、夜更けの桜の樹の下ではじめて交わりました。桜の花片が強い風に吹かれて闇を彩るように舞い散り、わたしは痛みよりその花片の群舞に目と心を奪われていました。
ことが済んだあと、白いスカートには鮮血が散っていました。果実の雫のようなその深紅の飛沫を、わたしは美しいと思いました。
けれどすぐにスカートの血は燻んだ穢い色になり、桜吹雪の夜の交わりにともに酔い痴れた人とは、葉桜の季節が終わるころに別れました。
わたしはあの夜を忘れられません。でもそれは別れた人への未練ではありません。暗い暗い闇を儚く妖しげな生き物のように舞う花片。狂わされたと言いわけしながら肌を晒した、ふしだらで、いつ思い出しても、すばらしく甘いひとときへの未練です。
おそらく、この先いくら男を知っても、わたしがあの夜以上に満たされることはないでしょう。これも、満開の桜の魔力による呪いでしょうか。