映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』を観る
ムビチケでチケットを買ってkino cinéma 横浜みなとみらいで『ゴヤの名画と優しい泥棒』を観た。この映画館はムビチケを使えるものの事前の座席予約はできないので、当日受付で席を選ぶ。開始時間20分前に着いて、まだ好きな場所を選べる余裕があった。
入場したらもう予告編がたくさん流れている。予告編はちょっと苦手なので、自由時間の一環でパーッと流してもらえるのはありがたい。開始時刻にはちゃんと本編が始まった。
実際に1960年代に起こった盗難事件が題材。盗まれたのは、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが14万ポンドで買い付けたゴヤの名画《ウェリントン公爵》。展示場所から忽然と消えて当時は大騒ぎになったらしい。
犯人として出てきたのが60歳のタクシー運転手、ケンプトン・バントン。労働者階級で下町住まい、仕事はタクシー運転手以外にもいろいろ手がけては失敗している。
このバントン氏にはいつも政治的な主張があって、家族とも社会ともぶつかってしまう。でも彼は主張を曲げない。世の中が間違っていて、自分は良いことをしていると信じている。絵画盗難事件もその延長線上で起こる。
冒頭は彼が被告となった裁判シーンを少し見せて、なぜこんなことになったのかを遡って物語が始まる。
音楽と画面がおしゃれ
ビッグバンド風の、ホーンセクションが目立つオープニング。「過去の事件が題材、家族の物語でもある」という予備知識だけではどんなカラーの映画なのか分からない。あまりに深刻だったり、あまりに感動を喚起するような映画は苦手だけれど、このオープニングの軽快さで「ポップな気持ちで観ていいらしい」とホッとした。
ポスターやメインビジュアルにもあるように、色使いも鮮やか。画面分割も洒落ていて楽しみな始まり方。
会話のテンポが小気味いい
仲がいいのか悪いのか、でもやっぱり仲がいいのか、バンドン夫妻の会話がリズミカルで面白い。一つ皮肉を言うにもプスッと相手の弱点を的確に突く。かといって突かれたほうもタダでは起きず、短く返す言葉に切れ味がある。
それが随所でポンポン跳ねていくので会話劇として飽きない。日本語字幕を読みながらだと英語のフレーズの推測もついて「うまいこと返すなー」と感心する。
これは後半に登場する裁判シーンでも同じ。被告席にいるはずの主人公の一言一言が法廷を沸かせて小気味いい。
格差社会の「上と下」
主人公は労働者階級、事件を追及する人々はどちらかといえばエリートで上流階級、彼らとのギャップがところどころに出てくる。住んでいる場所、暮らす環境も全然違う。「ああ、こんなふうに見るのか」「こんな捉え方をされるのか」と苦い気持ちにもなる。
でも、後半に階級の差を超えるような普遍的なテーマが提示されて、生まれは決して人を判断するような材料ではないのだな、と改めて思う。
たぶん、もう一度観たくなる
なぜバンドン氏が事件を起こしたのか、理由については物語の初期から出てくるし、オフィシャルサイトや予告編でも紹介されている。そういう意味では物語の半分を知った状態で経緯を見守っている感がある。
ただし物語の途中で「あれっ」と思う事柄が出てきて、ラストまで見終わった後は「これはもう一度観たほうがいいのかな」と考えた。
バンドン氏の行いについて、物語中は明らかにされていないことがあった。事件を起こす前も、起こした後も、裁判中も、彼は全然ブレない。そのブレなさは「頑固」や「偏屈」という言葉で表していいかもしれない。でもラストを迎えると、さらにもう一つ加えるべき言葉がありそうだと思う。
それを確認するために、たぶんもう一度観たくなる。
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