我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々はどこへ行くのか?《深読み 千と千尋の神隠し&タイタニック》vol.18
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2019年12月XX日
途方もない考えに取り憑かれた男の夢の中
第一階層『千と千尋の神隠し』
国道21号の分かれ道
おそるべし「わき毛のある女」ね…
あの1枚の画に、ここまで秘密が隠されていたなんて…
ジャックのスケッチブックは、まだ終わりではない…
次の絵もまた興味深いものになっている…
次にローズが見たのは「手首」が描かれた2枚の絵…
1枚目は「2つの乳房の間にある手首」で…
2枚目は「2つの手首と謎の線」…
この「手首」が意味するものは?
今更そんなこと聞く必要ある?
「神」以外に何があるというの?
これ見よがしにローズは「指先タッチ」してたじゃん(笑)
バレバレだな(笑)
あの謎の黒い線は、映画『TITANIC(タイタニック)』が公開された当時、ひび割れていたミケランジェロ『アダムの創造』のオマージュでもある…
2枚の絵に描かれた「手首」が意味するものは「神」の存在…
「2つの手首と謎の線」は…
2つの手首と、そこから放たれる光線で…
「2つの乳房の間にある手首」は…
2つの乳首みたいに見える壁の装飾と、その間にいる神…
こっちもあるな…
天使ガブリエルとマリアの頭部に描かれた「2つの光背」と、その間に位置する「羽を広げた鳥として描かれた聖霊」だ…
光背にかかる「ガブリエルの羽」と「マリアの背後の幕」が、巧みに表現されている…
さすがだわジェームズ・キャメロン…
目に映る、すべてのことは、メッセージ…
James Cameron(1949 - )
つまり「手首」が描かれた2枚の絵が示すものは、やはりこの絵…
フラ・アンジェリコの『受胎告知』だ…
『Annunciation』
Fra Angelico
ローズとジャックの会話も、モロに「それ」だったわね…
「わき毛のある女」からの会話は、こうだった…
ROSE : You liked this woman. You used her several times.
ローズ「あなた、この女の人が好きなのね。彼女ばかり描いてる」
JACK : Well. She had beautiful hands, you see?
ジャック「ほら見て。彼女の手は美しいと思わない?」
ROSE : I think you must have had a love affair with her.
ローズ「あなた、彼女に惚れてたんでしょ。きっとHも…」
JACK : No, no, no, no, no. Just with her hands.
ジャック「違う違う違う。彼女の手の話をしてるだけ」
二人の会話はフラ・アンジェリコの「受胎告知」のことを言っている…
天使ガブリエルとマリアの会話が描かれた「受胎告知」…
口元に指をあてた天使ガブリエルが、疑うような表情のマリアの手を指して何かを言っているように見える、通称『コルトーナの受胎告知』を…
『Annunciazione di Cortona』
Fra Angelico
人差し指を立てたガブリエルの左手は、何かを打ち消す時の仕草「ちっちっち」のよう…
「肉体関係?違う違う違う。手の話だよ」
もう、そうとしか思えない…
実際「手」だけだった…
あの手は受胎フラグ以外の何物でもない…
しかもあの後、斜め右下に動かして『受胎告知』そっくりな線を引いてたし…
そもそもローズとジャックの会話は、最初から「それ」について語られていた…
スケッチブックのシーンの会話は、こう始まっていたからな…
ROSE : Jack. This is exquisite work.
ローズ「ジャック、これは凄い仕事よ」
JACK : Uh, they didn't think too much of them in old Paree.
ジャック「旧態依然のパリーの連中は認めようとしなかったけどね」
ROSE : Well, well... Paris.
ローズ「おやおや、パリ」
おやおや、パリ(笑)
鉄板ネタね。
「Paris(パリス)」とは「Palestine(パレスチナ)」のこと…
つまり、ジャックの描いたものを認めなかった「Old Paris」の人々とは…
婚約中の若き乙女が夫の不在時に処女のまま神の子を身籠ったという「マリアの処女懐胎」を認めなかった「パレスチナ地方に住む旧約の民」のこと…
「Paris」と「Palestine」は発音がよく似ているので、英語圏の芸術作品では古くから言葉遊びに使われている…
Gene Kelly(ジーン・ケリー)主演、Vincente Minnelli(ヴィンセント・ミネリ)監督、ミュージカル映画の傑作『An American in Paris(巴里のアメリカ人)…
Edgar "Yip" Harburg(エドガー・イップ・ハーバーグ)作詞、Vernon Duke(ヴァーノン・デューク)作曲、ジャズのスタンダードナンバーとして知られる『April in Paris(パリの四月)…
そして、Sarah Vaughan(サラ・ヴォーン)の歌う『パリの四月』が重要な役割を果たす短編小説『Come Rain or Come Shine(降っても晴れても)』が収録されている、Kazuo Ishiguro(カズオ・イシグロ)の『Nocturnes(夜想曲集)』…
フラ・アンジェリコの『受胎告知』同様、「Paris」と「Palestine」の駄洒落を使った作品も、挙げたらキリがないわね…
スケッチブックを見ながらの会話は、こう続く…
ROSE : You do get around for a poo... well, uh, uh, a person of limited means.
ローズ「あなたって随分と可哀想な… あ、変な意味じゃなくて、いろいろ恵まれていないってこと…」
JACK : Go on. A poor guy. You can say it.
ジャック「いいんだよ。哀れな人って言ってくれ」
ROSE : And these were drawn from life?
ローズ「ねえ、これって生で見て描いたの?」
JACK : Well. That's one of the good things about Paris. Lots of girls willing to take their clothes off.
ジャック「パリのいいところは、たくさんの女の子が喜んで服を脱いでくれることだ」
Lots of girls(笑)
これのことね…
『Lot and his Daughters(ロトと娘たち)』
Hendrick Goltzius(ヘンドリック・ホルツィウス)
ジャックはパリの人々を、新しいものを認めない「Old Paris」だと揶揄したが、「いいところもある」と言った…
それは、たくさんの女が喜んで服を脱いでくれること…
これはロトの娘たちも含めた旧約に登場する女性たちのことを言っている…
ベッドシーンや入浴シーンのない新約と違い、旧約の女性たちは頻繁に裸になるから…
たとえば、サラの勧めでアブラハムとベッドインしてイシュマエルを身籠った女奴隷ハガルや…
『Sarah presenting Hagar to Abraham』
Adriaen van der Werff
(アドリアーン・ファン・デル・ウェルフ)
夫を亡くして生活苦にあえいでいた寡婦ナオミが、金持ちの男をゲットするためにベッドへ送り込んだ娘ルツ…
『Ruth』
Francesco Hayez(フランチェスコ・アイエツ)
ちなみにローズの母親の名前も「Ruth(ルース)」だった…
本来なら、娘を金持ちに嫁がせようとした母なので「Naomi(ナオミ)」であるべきなのだが…
そしてルツは子供を産み、その子供の孫、つまりルツの曾孫にダビデが生まれる…
ダビデは音楽好きの羊飼いだったけど、メシアの預言によってユダヤの王となり、夫が不在中だった人妻バト・シェバの入浴シーンを見て欲情し、不義の子を身籠らせてしまった…
『Bathsheba at the Bath』
William Blake(ウィリアム・ブレイク)
夫の不在中に別の男ダビデによって身籠ってしまったバト・シェバが産んだ子供は、父と母が犯した罪の代償として、神によって天に召されることになる…
人間の原罪の代償「贖いの子羊」であるイエスが「ダビデの子」と呼ばれたのは、これが由来…
だからフラ・アンジェリコ『受胎告知』の中のマリアの部屋の床は、水浸しなのだ…
「女」と「水」は切っても切れない関係にある…
バト・シェバのバトとは「BATH(風呂)」のことだし、聖母マリアのマリアとは「海の雫・露」という意味…
まさに「海よ、僕らの使う文字では、お前の中に母がいる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある」だな…
『千と千尋の神隠し』風に言えばこうなる…
海の彼方には もう探さない
輝くものは いつもここに
わたしの中に みつけられたから
夢の世界の中で、千尋は理解したのね…
女である自分の中には、次世代に命をつなぐ「生命のゆりかご」があり…
それを機能させるために、「異性を求める欲求」があるということを…
そういうことだな…
では『タイタニック』のジャックとローズの話に戻ろう…
脱ぎっぷりのいい「Old Paris」の中で、その代表格、元祖といえば…
これね。
『Judgment of Paris(パリスの審判)』
Lucas Cranach(ルーカス・クラナッハ)
そうではない…
旧約におけるヌードの元祖といえば…
人類が原罪を背負う原因になった「最初の女性」ことイヴだ…
『Adam and Eve(アダムとイブ)』
Lucas Cranach(ルーカス・クラナッハ)
ごめんなさい。何だか似てる絵だから、つい…
これがジャックのスケッチブックの「次の絵」を読み解く鍵となっている…
JACK : She was a one legged prostitute. See?
ジャック「彼女は一本足の娼婦だった。わかる?」
ROSE : Oh!
ローズ「まあwww」
JACK : Ah, she had a great sense of humor, though.
ジャック「彼女はユーモアのセンスが抜群としか言えない(笑)」
二人は、片足しかない娼婦の絵を見て、ニヤニヤ笑った…
いくら1912年という時代設定でも、これはとても不謹慎な描写…
だから映画を観た人の多くは、このやり取りを無かったことにした…
弱者にやさしいローズとジャックには相応しくないから、何かの間違いとして脳内補正したのだ…
しかし一部の人々は、このやり取りが気になり、その意味を考えた…
ジョークの好きなジェームズ・キャメロンだけに、きっと何か別の意味があるのだろうと…
そして一部の人間は、こう結論づけた…
二人が笑った「一本足の娼婦」とは、股間に立派なイチモツのある「男娼」のことなのだろうと…
だけどその読みは間違っている…
編集前のカットされた映像には絵が映っており、そこには上半身裸で下腹部だけ隠した「一本足の女性」が描かれているから…
胸を露出し、下腹部を隠し、右腕の間に木を挟み、左腕を上げている女性…
そんな女性はイヴしかいない…
つまり、彼女が「one legged(一本足)」なのは、そういう風に見えるだけのこと…
なぜならジャックが話しているのは…
イヴの右脚が無いように描かれているフラ・アンジェリコの絵『受胎告知』だから…
この絵の中のイヴは、まさに「one legged prostitute」と言える…
そもそも「prostitute」という言葉は、娼婦の婉曲表現として使われるようになった言葉であり、元々の意味は違う…
本来の意味は「pro」に「stitute」、つまり「前に置かれる」という意味だ…
イヴは最初の女性、つまり女性の一番前に置かれる存在…
そしてこの絵の中でも、一番前に置かれている…
そういうことだな…
だからジャックが最後に見せた絵は、宝石を身につけた女「Madame Bijoux(マダム・ビジュー)」だったのだ…
彼女は思い出の宝石を肌身離さず身につけ、その宝石にまつわる昔話(恋愛話)を人々に聞かせていたから「宝石の貴婦人(マダム・ビジュー)」と呼ばれた…
それはまさに老ローズの姿…
そして「宝石の貴婦人」は、フラ・アンジェリコ『受胎告知』の中にも描かれている…
頭に翡翠(エメラルド)のような宝石が散りばめられた装飾品をつけたマリア…
婚約中だったにもかかわらず夫以外の子供を身籠った聖なる処女…
ジェームズ・キャメロンが、婚約者のキャルにローズのことを「sweet pea」と呼ばせていたのも、マリアの「宝石」が元ネタね…
あれはまさに「スイートピー」そのもの…
だな…
すべてはこの絵に収斂される…
ちなみにローズが初めてジャックを部屋に招き入れ、秘宝 Heart of the Ocean(ハート・オブ・オーシャン)を見せて、絵を描いてほしいと依頼するシーンでも、フラ・アンジェリコの『受胎告知』が再現されているのは気付いたかな?
ローズの部屋には、印象派や立体派の絵が、いくつも飾られていた…
これは、マリアの部屋に入った天使ガブリエルが、部屋中に飾られている絵を見てビックリしているように見えるバージョンの『受胎告知』ね(笑)
この『受胎告知』の中のマリアは、どう見ても絵画コレクターにしか見えない…
しかも印象派や立体派など、写実的ではない絵を好んでいる…
もう、そうとしか思えないわね…
さてジャックのスケッチブックは、これでおしまい…
それじゃあ、時計と天使像のある大階段の解説に戻…
いや、まだだ。
えっ?