第122話「ポール・サイモンの ONE-TRICK PONY ⑪「Ace in the Hole」前篇
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2019年9月19日
スナックふかよみ
うん…
そうよね、気のせいよね、きっと…
うふふ。それじゃあ6曲目に行きましょ。
よろしく、深読み名探偵さん。
あ、はい…
映画『ワン・トリック・ポニー』のサントラアルバム6曲目、つまりB面最初の曲は…
この映画において、色んな意味で、最も重要な曲だといえる…
最も重要?
そう。
この曲は、ポール・サイモン演じる主人公ジョナが「復活」をかけて作った曲…
別れた妻から「ドサ周りの貧乏生活をしなくて済むように、売れる曲を作って、またスターに返り咲いて欲しい」と要求され、作ったものなんだ…
女は現実的よね。
それにひきかえ男は、食えない夢ばかり追い求めて、自己満足に浸る。
まずは曲を聴いてもらおうか…
この動画の1分あたりから始まるよ。
Paul Simon『Ace in the Hole』
え? これが「復活」をかけた曲?
しょ、正直に言って…
絵にかいたような「自己満足おやじロック」だわ…
ヒットチャートの上位になんて絶対に入るわけない…
そんなことくらい素人のあたしでもわかる…
その通り。
ディスコやニューウェーブにテクノやラップなど、刺激的な音楽が目白押しだった80年代前半に、こんな曲がヒットチャートに食い込むわけがない。
だからレコード会社のお偉いさんは、大ヒット請負人として知られていた売れっ子プロデューサーに、この曲のアレンジを任せるんだ。
まずプロデューサーはジョナに対し、バンド・サウンドについて「いいアイデアがある」と語る…
売れっ子プロデューサーって、ルー・リードじゃん。
その通り。
骨太ロッカーのルー・リードが、自分と対極にあるようなキャラクターを演じている。
「いいアイデア」って、どんなアイデアだったの?
ルー・リード演じる売れっ子プロデューサーのアイデアとは、ジョナのボーカル以外「総とっかえ」というものだった…
つまり、バンドメンバーは全員クビということ。
えー!?
まあ、売れるため「あるある」よね。
そして、見栄えのする若手ミュージシャンが集められ、バンドは再編成…
バックにはオーケストラも加えられ、ゴージャスな仕上がりになった…
もう、ぜんぜん違う曲だ…
そう。自分のやりたい音楽とは、まるで違うものになってしまったんだ。
結局それに耐え切れなくなったジョナは、レコード会社からマスターテープを盗み出し、路上で破棄してしまう。
家族の再生や商業的成功よりも、「ありのままの俺」という生き方を選ぶんだね…
それ、自暴自棄とも言います。
まさに。だから映画は大コケしてしまったんだろう。
アラフォーで芽の出ないミュージシャンの物語としては、かなりモヤモヤする結末だよね。
「え?それでいいの?」と誰もが思っただろう。
ロッキーがアポロとの試合をドタキャンして、エイドリアンとも別れて、また以前の自堕落な生活に戻る、みたいな…
ありえない…
だけど、そもそもポール・サイモンは、音楽業界に不信感があったの…
「自分の知らないところで自分の作品が勝手に作り変えられる」ということに、ちょっとしたトラウマがあったのよね…
だから、こんな「音楽業界裏話」みたいな脚本を書いたというわけ…
『Ace in the Hole』の話は「自虐ネタ」みたいなものなのよ…
え? そうなんですか?
まず、彼が世に出るキッカケとなった『サウンド・オブ・サイレンス』…
最初は地味なフォーク調で、収録されたアルバム『Wednesday Morning, 3 Am(水曜日の朝、午前3時)』も、まったく売れなかった…
Simon & Garfunkel『SOUND OF SILENCE』
ホントだ…
最初は同じですが、あそこでドラムがガツンと入らないと、何か物足りないですね…
あまりにも売れなかったもんだから、サイモン&ガーファンクルは事実上の解散状態になってしまう…
アートは大学へ戻り、ポール・サイモンはニューヨークを離れ、イギリスで暮らし始めた…
そして、ある時ポール・サイモンは、ラジオから流れてきた自分の曲を聴いて驚いた…
知らないバンドの音が被せられていて、ぜんぜん違う曲になっていたのよね…
それは、ちょっと驚きますね…
自分の作品が、知らないところで作り変えられ、突然ラジオから流れて来たら…
ロック版『サウンド・オブ・サイレンス』は空前の大ヒットを記録…
ヒット・チャートでも、あのビートルズの『恋を抱きしめよう/デイ・トリッパー』と激しい首位争いを繰り広げ、勝利した…
急遽ポール・サイモンはロンドンから呼び戻され、そこからサイモン&ガーファンクルは飛ぶ鳥を落とす勢いでヒット曲を連発…
そして『明日に架ける橋』でレコード販売枚数の世界新記録を樹立し、ポピュラー音楽界の頂点に立つ…
そういえば『明日に架ける橋』も、『サウンド・オブ・サイレンス』と同じパターンだったわよね。
最初にポール・サイモンが作ったものとは全く違うアレンジで発売されて、それが空前の大ヒットになってしまったの。
ピアノの弾き語り風から始まって、途中からストリングが入って、最後はかなり大袈裟な感じになる…
しかも、ほぼアート・ガーファンクルの独唱…
S&Gをよく知らない人が聴いたら、
『明日に架ける橋』
歌 アート・ガーファンクル
作詞作曲 ポール・サイモン
だと思ってもおかしくない…
セントラルパーク・コンサートで『明日に架ける橋』を演奏した時、ポール・サイモンは他人事みたいに、ずっと後ろで座っていたわよね。
「俺、要らないでしょ?」みたいな感じで。
『ワン・トリック・ポニー』を作るため、CBSコロンビアからワーナーへ電撃移籍したのも、これが原因だったと言われている…
「レコード会社が売りたい曲」ではなく「自分がやりたい曲」を作るため…
その答えが『Ace in the Hole』というわけだ。
ところで「エース・イン・ザ・ホール」って、どういう意味?
「大事なエースが穴にハマって、さあ大変」って歌?
「Ace in the Hole」とはポーカー用語よ!
親がカードを伏せておく「hole」の中に残された1枚が、最強のカード「Ace」である状態…
つまり「奥の手・切り札・虎の子」という意味!
あ、そっか。
ポール・サイモン演じる主人公ジョナが、「復活」を期して作った歌だということ忘れてた。
それにしても詳しいのね、ケツヤさん…
あたし、カジノ・バーでバイトしてたことあるの。
子供の頃からバニーガールの衣装に憧れてたのよね。
それにしても「Ace in the Hole」だから「穴の中のエース」って、直訳にも程があるでしょ。
えへへ。ごめん。
『Ace in the Hole』の歌詞はコチラ。
ちょ、ちょっと待ってください…
いきなり出だしが「人は言う。ジーザスが切り札だと」じゃないですか!
ホントだ…
ついに名前を出しちゃったわけね。これまでは遠回しに歌ってきたのに…
だけどなぜ「ジーザスが切り札」なのかしら?
だって、これは「復活」の歌だから。
え?
Some people say Jesus that's the ace in the hole
「the Ace」である「Jesus」が「in the hole」だと人は言う…
つまり「至高の存在イエスは穴の中だと人は言う」だね…
あっ…
「復活」の歌というのは…
そう。この曲は「イエスの復活」を歌ったもの。
1番は「穴の中のイエス」だ。
『墓穴の中に横たわるイエス』
エドワード・アーサー・フェローズ・プリンヌ
あたしの直訳で合ってたじゃん!
まぐれよ、まぐれ。
歌詞はこう続く…
「だけど僕はその人に会ったことが無い。だから本当に知らないんだよ」
そして、こうです。
「もしかして、いつかクリスマスに僕がひとり寝込んでたりすると、彼は僕の電話番号を探し出し、こんな電話をかけてくるかもしれない」
妄想モードね。
ポール・サイモンは子供の頃、他の家みたいにクリスマスをやってもらえなかったから、こんな妄想してたのかもしれない。
アタシんちが、そうだったから…
僕の家もそうでしたよ。
明治生まれで鬼みたいに厳しかった祖父が「うちは仏教だ!キリスト教の祭りなんかダメだ!」って(笑)
クリスマスしてもらえない家とか、あったんですね…
さて、イエスからの電話は、こんな内容だった。
Hey, boy, where you been so long
Don't you know me
I'm your ace in the hole
「ヘイ、坊や。どこ行ってたんだよ? 俺のこと知らないわけないよな? 俺はお前の至高の存在。今は穴の中だ」
「最高の手」と「穴の中」が掛けてあるのね。
さすがポール・サイモン。うまいわ。
そして2番。最初のフレーズはこう。
Two hundred dollars, that's my ace in the hole
「200ドルが俺の切り札」だと語る。
200ドル? なぜ?
表向きの意味だと、2番は「路上で売人とクスリの取引をする」という内容になっている。
1980年当時の「200ドル」は、今の物価に換算すると「600ドル」つまり「6万円」くらいの価値だ。
結構な額ね。
だから歌詞はこう続く。
When i'm down. Dirty and desperate
That's my emergency bank roll (I got...)
Two hundred dollars, that's the price on the street
If you wanna get some quality
That's the price you got to meet (and the Man says,,,)
「すっかり落ち込んで、どうしようもなくなった時、これは緊急の軍資金となる。200ドル、それは末端価格。もしも上モノが欲しいなら、200ドルでブツが拝めるぞ(そしてその男ジーザスは言う)」
「Jesus」が売人になってる!
売人に多いヒスパニック系では「Jesus」はポピュラーな名前だ。
スペイン語では「ジーザス」ではなく「ヘスース」と読むけど。
コーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ』で、ジョン・タトゥーロが演じてたラテン系の男も、名前が「Jesus」だったわね。
そして売人は、こう言った。
「ヘイ、ジュニア!どこ行ってたんだよ!俺のこと忘れたとは言わせないぜ。お前にとって俺は最高の"奥の手"だろ?(俺はお前の"奥の手"について話してるんだよ)」
悪魔のささやきね…
麻薬って怖い。こうやって止められなくなるんだわ…
薬物ダメ、絶対。
本当のテーマ「イエスの復活」の場合「200ドル」は何を意味してるのかしら?
「復活」の「奥の手」になった「ちょっとした大金」で…
それを「売人」と「取引」した…
ということは…
ユダが手にした「イエスの命の代金」である「銀貨30シュケル」だね。
あれがなければ「復活劇」は始まらなかった。
『最後の晩餐』ベルナルディーノ・ルイーニ
なるほど。
確かに「銀貨30シュケル」は「極上なブツ(イエス)」の「the price on the street(市場末端価格)」だわ。
しかもイエス自身が、ユダに悪魔を吹き込んで行動させたんだよね。
まさに「復活劇」を開始するための「奥の手」だ。
『ヨハネによる福音書』
13:26 イエスは答えられた、「わたしが一きれの食物をひたして与える者が、それである」。そして、一きれの食物をひたしてとり上げ、シモンの子イスカリオテのユダにお与えになった。
13:27 この一きれの食物を受けるやいなや、サタンがユダにはいった。そこでイエスは彼に言われた、「しようとしていることを、今すぐするがよい」。
13:28 席を共にしていた者のうち、なぜユダにこう言われたのか、わかっていた者はひとりもなかった。
『ユダに吹き込まれるサタン』
ダブル・ミーニングを駆使した鮮やかなまでのストーリーテリング…
ポール・サイモンの歌詞、キレッキレですね…
ちなみに2020年の大河ドラマは、明智光秀を主人公にした『麒麟がくる』だ。
「主」織田信長を裏切る「側近」明智光秀の物語だから、ビジュアル・アートも、それを意識したものになっている…
うわあ…
黒い影が吹き込まれてる…
「KIRIN」は「K・INRI」…
「キリスト、ナザレのイエス、ユダヤの王」…
これは光秀の「主」織田信長が「王」を名乗ろうとしたことを意味し…
はいはい。そこまで。
今は『Ace in the Hole』の話でしょ?
あ、そうでした… すみません…
トラ、トラ、トラ…
?
「主」への裏切りを決意した明智光秀が奇襲をかける際に言ったとされる言葉です。
それを言うなら「敵は本能寺にあり!」でしょ。
その通り。松坂桃李。サンセット大通り。
何ですか? 最後の「サンセット大通り」って?
たしか大昔の映画の題名よ。
まったくもう、ヒロノブさんったら。真面目な顔してふざけるんだから。
しかも裸なのに、まったく普段通りです。
恥ずかしがったり、動じる素振りも見せない…
ワイルドだろ~?
・・・・・
ボーっとしてないで、話を進めて頂戴な。
あ、はい…
それでは次に3番を見てみましょう。
つづく
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