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「処女の泉②」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
じゃあ説明しておこうか…
『処女の泉』という作品は、映画『ライフ・オブ・パイ』を語る上で、避けては通れない作品だから…
先に『ライフ・オブ・パイ』の監督アン・リーのことを話しておいたほうがよくなくて?
Ang Lee
この人って、国籍は台湾だっけ?
中華民国ですよ。
あら、のぶのぶさん…
台湾も中華民国も同じことでしょ?
どっちにしろ日本は国家として承認してないんだから。
そういえば日本は「パレスチナ国」も承認してませんでしたね。
なんだか台湾とパレスチナは似てるような気がします。
どちらも隣の強国が領有を主張してて…
まあまあ。むつかしい政治の話はやめましょう。
そうね。お酒の席で政治の話は禁物。
で、アン・リーの話って何?
実を言うとアン・リーは…
映画『処女の泉』を「自分の映画人生の原点」だと公言してるんだ。
え?原点?マジで?
大学受験に失敗してアート・スクールに入ったアン・リーは、18歳の時に偶然イングマール・ベルイマンの『処女の泉』を観て、人生が変わるほどの衝撃を受けたの…
それがきっかけで映画監督の道を進むことになったのよ。
だからアン・リーは、いつか自分も『処女の泉』のような作品を撮りたいと、ずっと心に秘めていた…
それが実現したのが『ライフ・オブ・パイ』ってわけ。
YouTubeには、こんなインタビュー動画も公開されてるわ。
ホントだ…
自分の原点『処女の泉』を熱く語ってる…
ねえ… ちょっといいかな…
気になったことがあるんだけど…
どうぞ。
インタビュー映像の中で出て来たこの画って…
どこかで見たような気がするのよね…
かめはめ波?
そうじゃなくて、『ライフ・オブ・パイ』の中で…
これでしょ?
ああ!
こうやってアン・リーは、映画の舞台「PONDICHERRY(ポンディシェリ)」が「VIRGIN SPRING(処女の泉)」であることを示したってわけ。
「処女の泉」とは「エルサレム」で成就された「救世主イエスの教え」のこと…
映画『処女の泉』の最後では、娘の遺体の下から泉が湧きあがって来て、それを見た父親が「ここに教会を建てる」と宣言したわよね…
新約聖書の中では「教会」のことを「キリストの花嫁」とか「新しいエルサレム」と呼ぶの…
そ、そういえば…
この画も何だか既視感が…
父親が細い木にしがみつく画…
そして下女インゲリが長い棒にしがみつく画
この2つが「救命ボートの舳先にしがみつくパイ」となって再現された…
や、やはり…
おもしろいわよね、アン・リーって。
本気で『処女の泉』みたいな映画を作りたかったんだと思うわ。
「嘘だらけの物語」なのに、最後は「神を信じるようになる物語」を…
だけど本当に『処女の泉』も嘘だらけなの?
あたし、やっぱり信じられないんだけど…
そもそも舞台設定に大きな「嘘」が隠されてるのよ。
『ライフ・オブ・パイ』が「インド」を偽装した「パレスチナ」の物語だったように…
『処女の泉』も「北欧」を偽装した「パレスチナ」の物語…
北欧が偽装? どういうこと?
「生贄を欲する神オーディーン」って「ユダヤの神ヤハウェ」のことなのよ。
映画の冒頭で、天窓から立ち昇る煙が意味深に描かれるのは、そのせいね。
そして、下女のインゲリ…
肌が浅黒く、黒髪の彼女は、ユダヤ人が投影されたキャラクター…
そうでしょ? 深読み名探偵さん。
その通りです。
同じく北欧を舞台にした作品、イサク・ディネセンの『バベットの晩餐会』と全く同じ手法です。
絵に描いたような北欧美女の姉妹のもとで住み込みの下女として働いていたバベットは、肌が浅黒くて黒髪だった。
「Paris」から亡命してきたバベットは、実はユダヤ人だったんですね。
Paris(パリス)は Palestine(パレスチナ)の法則…
だけど外の世界を知らない姉妹は、風変わりなバベットをカトリック教徒だと決めつけ、なぜか読者もそれを鵜吞みにしてしまう…
バベットは一言も「自分はカトリックです」とは言っていないのに…
もしかして…
バベットの作った料理「ウズラのパイ包み石棺風」が、下女インゲリの「カエルのパン包み石棺風」になったとか?
たぶんそうだろうね。
小説『バベットの晩餐会』の発表は「1958年」…
そして映画『処女の泉』が制作されたのは「1959年」…
同じ北欧人の偉大な作家イサク・ディネセンの作品だけに、当然イングマール・ベルイマンも読んでいただろう…
だから『処女の泉』は、多くの点で『バベットの晩餐会』と似通ってるんだ…
ふふふ。さすが深読み名探偵さん。
あなたなら下女インゲリのお腹の子の父親も御存じよね?
ええ。
え?誰なの?
家の主(あるじ)…
殺された処女のお父さんだよ。
ええーーーー!?
驚くことはないと思うけど。
古今東西、下女を孕ますのは、その家の「主」と相場が決まってる。
横溝正史の金田一耕助シリーズでも、江戸川乱歩の明智小五郎シリーズでも、そうだったでしょ?
池波正太郎『鬼平犯科帳』の長谷川平蔵も、父親が下女に手を付けて産ませた子だったわよね…
そして本妻に男子が出来なかったため、下女の子であった平蔵が長谷川家の跡取りになった…
ちょっと待って…
『処女の泉』の家も、それと同じシチュエーションってこと?
そうだよ。
下女インゲリは、身籠になったにもかかわらず、暇を出されなかった。
普通なら、そんな使用人は家から追い出されるのにね。
そういえば…
なぜか家の主は、下女の妊娠に全く触れようとしなかったわ…
まるで「何か問題あるのか?」みたいな無言の圧力…
主がそこに触れないから、家の中でも「下女の腹の子の父親」はタブーみたいな扱いになっていたわよね…
その通り。なにせ主である自分が孕ませたわけだから。
なんだか「天の父」と「処女マリア」の話みたいですね。
「みたい」じゃなくて「そのもの」なんだ。
この家の「主」である父親には、神ヤハウェが投影されているんだよ。
オーディーンはカモフラージュ。
そして奥様のほうは…
下女に対して憎しみを露わにしたり、そうかと思えば急に彼女の身体をいたわってみたり…
なんだか感情の起伏が大きくて、ちょっと変だったわ…
溶けた蝋燭を手に垂らしたりもしてたし…
自分が男の子を産めなかったこと…
自分に対する夫の愛情が冷めてしまっていること…
そして夫が下女と男女の関係になり、妊娠させたこと…
これら受け入れがたいことを受け入れるために、彼女は必死だったんだ。
だから痛々しかったんだね。
言われてみれば確かに腑に落ちます…
まさに深読み十ヶ条の第二条「深読みはシンプルに考えよ。シンプルなアイデアに真理は宿る」だ…
さすが巨匠と呼ばれるイングマール・ベルイマン…
映画の冒頭5分間、一家の朝食シーンまでの間に、この家に重くのしかかっている「秘密」を見事に描いているの。
わずかな動作や言葉遣い、そして「視線」を使ってね…
そうなの?
この映画は、下女インゲリがオーディーンに祈る場面から始まる…
「主よ!私の所へ来て!」とね…
そして彼女が「視線」を横に向けると、シーンが切り替わって十字架のイエス像が映し出され、家の主による祈りの声が聞こえてくるんだ…
あ、ほんとだ…
そういう流れだったのね、これ。
ちなみに、wikiをはじめ、ほとんどすべての映画解説では、この夫婦を「敬虔なクリスチャン夫婦」と紹介しているけど、それは間違っている。
夫のほうは妻に付き合っているだけなんだよね。
その証拠に、彼は祈祷文の朗読の途中で「あくび」をし、十字架のイエス像にも無関心で、祈り続ける妻を置いて、さっさと出て行こうとする。
彼の中ではキリスト教よりも土着信仰のほうが優位なんだ。
そして次の場面は、朝の食卓の準備シーン…
女中頭が下女インゲリの反抗的な態度を注意するの。
「父無し子を孕んだあんたがこの家に居られるのは、奥様の慈悲のおかげなんだから」とね。
それに対してインゲリは、薄ら笑いを浮かべて「馬鹿じゃないの?何も知らないくせに(笑)」みたいな態度をとる…
当然よね。
下女インゲリがこの家に居られるのは「奥様の慈悲のおかげ」ではなく…
「主の子供を妊娠したこと」が理由だから…
あの女中頭は、市原悦子の『家政婦は見た』とは違い、家の中で起こった大スキャンダルが見えていなかったんですね…
そして女中頭は下女インゲリに、建物の入り口で牛乳の支度をするように指示した。
支度をするインゲリの横を、まず主の妻が通っていく。
その時インゲリは彼女に対して、さまざまな感情が入り混じった「視線」を送っていた。
そしてインゲリは下女という身分でありながら、主の妻に向かって「ありえない発言」をする。
この家の箱入り娘は夜遊びと男遊びが大好きな女だとね…
それに対し妻は「あの子とお前では、バラと雑草ほど違う!」と吐き捨てた。
だけどインゲリは、それすらも鼻で笑う…
奥様に対して、この強気すぎる態度…
ありえない…
やっぱりインゲリは、主の子を孕んでいるんだわ…
間違いありませんね。
もうこの時点で嵐の予感、殺人事件のフラグ発生です…
そして居候や下男たちが通り過ぎ、最後に家の主がインゲリの横を通り過ぎる。
この時、主はインゲリに体が触れるくらい接近し、首を伸ばして彼女の「お腹」に「視線」を向けるんだよね…
何も言わないけど、自分の子だから、やはり心配なんだ。
とにかく「視線」の使い方が凄いの一言よね。
アン・リーが『ライフ・オブ・パイ』で、動物を使って、そっくりそのまま真似たのもよくわかる。
ねえねえ、岡江クン…
「山羊泥棒の兄弟は娘を殺していない」って話も詳しく教えて。
下女インゲリの目撃証言は本当に全部嘘なの?
OK。
それでは解説しよう…
つづく
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