スナックふかよみ「みどり豆のオムライス」前篇
2019年4月某日
スナックふかよみ にて
カランカラン…
(ドアの開く音)
あら、岡江クン。いらっしゃい。
あれ?珍しいな。
お客さん入ってるんだ…
ひどーい!
いつも貸し切りだと思ったら大間違いだからね!
ガハハハハ!
怒った顔も色っぽいねぇ深代ちゃんは!
ああ、フーさん…
お久しぶりです…
あいかわらずしみったれた顔してるねキミは!
若いんだからもっと覇気を出したらどうだ、覇気を!
ガハハハハハ!
は…はい…
やあ、おかえもん。
あれ?ヒロノブさん!
でもどうしたんですか、スーツなんか着て…
まるでカラオケ映像に出て来る中堅演歌歌手みたいだ…
ふふふ。
しかし今日は疲れたなァ…
まずは冷えっ冷えのビールでももらおうか…
ねえ、深代ママ…
ルルルンルーン♪
ん?
そういえば、今日は何だかイイ匂いがするな…
さっきから何を作ってるの?
オムライスよ。
ヒロ君に作ってあげてるの。
オムライス?
俺にも作ってくれよ、深代ちゃん!
深代ちゃんの手料理が食べたーい!
フーさんはダーメ。
何だよ深代ちゃん、ずいぶんと年寄に冷てえじゃねぇか。
おかえもんとかヒロノブとか、いつも若い男にばっかりエコ贔屓して…
あんなヒヨッ子どもの、どこがいいんだ?
あたしね…
失業してる男の人を見ると、ほっとけないの…
なにか食べさせてあげなきゃって…
俺も無職だぞ。
フーさんは大地主じゃないの!
ここの建物だってフーさんのだし、この界隈にいったい何件ビルを持ってるというのよ。
何もしないで毎月たっぷりお金が入ってくる夢の印税生活者のような人には、あたしの手料理を食べさせませんからね。
あーうらやましい!
わかっとらんなァ、深代ちゃんは…
これだけの物件を手にするまで、どれだけの苦労があったか…
維持管理だって馬鹿にできん。
こうして店子を回るのだって大家業の大事な仕事なんだぞ…
フーさんは美人ママのいる店子ばっかり回ってますけどね(笑)
深代ちゃんは、女の本当の幸せってもんをわかっとらん。
俺のところに来れば、いくらでもイイ女に磨き上げてやるというのに…
だからいつまでたっても独り身でこんな店で…
余計な、お・せ・わ。
他の店でもみんなに同じこと言ってるくせに(笑)
ガハハハハハ!
カランカラン…
(ドアの開く音)
♪チャララララララン…チャラン♪
え?あ!
ほぉら来たぞ!
「流し」か。い~なァ~
ジャカジャンジャン…♪
・・・・・
なんか泣けてきちゃったな…
そうそう、投げ銭しなきゃ…
みんなも忘れずに投げ銭してね…
流しの人に対するマナーだから。
よし!俺は諭吉を…
ありがとうございました。とても素晴らしい歌でした。
チャリン…
ではまた…
あーいいもん聞けた。
さて、そうこうしてるうちに、ヒロ君スペシャルオムライスの出来上がり~!
うわァ!美味しそう!
チキショーメ!
悔しいから ちあきママのとこへ行ってやる!
今夜は ちあきママに慰めてもらうぞ!
ちあきママも難しいと思うなー
だってまだ三年前のあの人のことを引きずって…
なにを!?
それなら難攻不落のちあきママを、絶対に今夜おとしてみせるわい!
深代ちゃん、お勘定!
はいはい(笑)
ところで深代ちゃんは、今週末の熱海旅行には来るんだよね?
ああ、商店街組合の慰安旅行ね。行くわよ。
あたしもたまには参加しないと…
よっしゃ!夜這いだ夜這い!
もうフーさんったら、サイテー…
ガハハハハハ!
釣りは要らんよ。
いつもどーも。
ガハハハハハ…
フーさん、あいかわらずだなァ…
ホントよね。
あの世代の人って、なんであんなに元気なのかしら。
戦中戦後の大変な時代を生き抜いてきた世代だからね。
十代半ばに田舎から集団就職とかで東京に出て来て、若いうちから世間の荒波にもまれまくった世代だ…
僕らとは苦労の重みや質が違う…
前にフーさんがふと僕に話してくれたことがあったんだけど…
若い頃、戦争や病気で親兄弟や友人たちが亡くなっていく様を間近で見てきたから、そういう人たちのためにも自分が何倍も一生懸命に生きなきゃいけないんだって…
うちらの世代の男にも、それくらいの「切羽詰まった感」があればいいのに。
え?
な、なんでもないって…
そうそうヒロ君!
お味はいかが?
・・・・・
やだもう、ヒロ君ってば…
またオムライス眺めながら考えごとしてる…
・・・・・
また?
いつもそうなのよ。
自分が「こういうふうに作って」ってレシピを渡したくせに、いっつもオムライスが出来上がると食べずに考えごと始めるの…
そして写メとって…
また考えごとして…
カシャッ
あたし、ちゃんと指示通りに作ってるのにさ…
マジ意味わかんない。
指示通りの…レシピ…?
福島にある「とあるお店」のレシピなんだってさ。
福島の?
なぜ…
え?
なぜパセリが…
パセリ…ですか?
なぜパセリが…
オムにブッ刺さっているのか…
だーかーら!
ヒロ君の指示でしょ!?
福島のお店でも…
パセリが…そういう風になってるんですか?
そうなのだよ…
わからん…
意味がわからん…
パセリをオムにブッ刺す理由が全くもってわからん…
・・・・・
なにどーでもいいこと話してんのよ、さっきから…
あたし…せっかく作ったのにさ…
アツアツのオムライス、ヒロ君に食べてほしかったのに…
ブツブツブツ…
アーデモナイ、コーデモナイ…
ブツブツブツ…
ん?
変だな…
?
気のせいかな…?
いや…
やはりそうだ…
どうしたの岡江クン?
ヒロノブさん…
もしよかったら、この案件…
僕に深読みさせてもらえませんか?
いいだろう。
恥ずかしながら私もその言葉を期待していたフシがある。
頼んだぞ、おかえもん。
はい…
深読み篇につづく
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