「処女の泉①巨人と阪神の肩に乗れ」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
「Pondicherry(ポンディシェリ)」は「cherry」の「pond」なの。
つまり「処女の泉」ね。
処女の… 泉?
そんな名前の映画あったわよね?
古い白黒の北欧映画で。
そう。
イングマール・ベルイマンの『THE VIRGIN SPRING』…
邦題は『処女の泉』…
父親の溺愛する箱入り娘(処女)が、山羊泥棒の男たちに凌辱された挙句殺されてしまい、それを知った父親が犯人たちに復讐する話よね。
事件の一部始終を目撃していた下女(妊婦)の話を聴いた父親は、怒り狂った勢いで、犯人たちの弟である幼い少年まで殺してしまうの。
そして最後は娘の遺体の下から「処女の泉」が湧き出てきて、皆が神の愛を目の当たりにして悔い改めるってストーリー…
だったわよね?
・・・・・
岡江クンどうしたの?
知ってるでしょ?この映画…
あ、ああ… もちろん…
「あらすじ」からすると、この「凌辱され殺された処女」には「イエス・キリスト」が投影されていますよね?
その通り。
実は『処女の泉』も、ボブ・ディランの『見張り塔からずっと』や『ライフ・オブ・パイ』のように『イザヤ書』をベースにしながら、主イエス・キリストの愛を描く物語なの。
イエスは自分を「生贄の子羊」に喩えた。
神は穢れたものを嫌う。子羊は「バージン」とか「ピュア」の象徴でもあるわよね。
『イザヤ書』では、エルサレムのことを「処女」と形容し、「シオンの乙女」と呼んでいました。
そう。エルサレムは穢されることのない永遠の処女。
そしてエルサレムで死んだイエスの教えは、受け入れた者が永遠に渇くことがなくなる「愛の泉」の教え…
「処女の泉」の駄洒落「Pondicherry」が「エルサレム」を意味してるってことが、わかってもらえたかしら?
なるほど。
『ライフ・オブ・パイ』も『処女の泉』も、最後は「神を信じるようになる物語」だもんね。
それだけじゃない…
え?
カランカラン♫
(ドアの開く音)
お客さんだ。
あっ、いらっしゃいませ…
あのォ…
ふたりなんですけど、いいですか?
どうぞどうぞ。
ここって…
パイパイ使えますか?
パイパイ?
PayPay のことじゃない?
ああ、オヤジギャグか。
ごめんなさい。うちは現金かカードしか使えないんです。
ノー・パイパイ。OK?
わかりました。大丈夫です。
じゃあカウンターの奥の方が空いてますので、こちらに…
岡江クン、その荷物どけてもらっていい?
あ、うん。
それでは失礼して…
すみません、お邪魔します。
いえいえ…
お客さん… ここ初めてですよね?
はい。ほぼ初めてです。
ほぼ?
いや、以前にも何度か入ろうかと思ったことがあったもので。
ああ、なるほど。
もしかして今夜は野球観戦の帰りとか?
よくおわかりですね。東京ドームの帰りです。
さすがスナックふかよみ…
だって二人でユニフォームシャツ着てるんだもん。
大のオトナが飲み歩く時にふつう着ないでしょ(笑)
ですよね。ところであなたが、ここのママさん?
はい。深代と申します。
お二人は何て呼んだら…?
私は… アキノブ…
みんなからは「のぶのぶ」と呼ばれています。
そしてこちらは、私が大変お世話になっている方で「しげさん」といいます。
いわゆるひとつの「しげしげ」です。ぽえーん。
・・・・・
のぶのぶさんと、しげしげさんね。
どうぞよろしく。
飲み物、何にします?
そうですね…
それでは焼酎の… 元気ハツラツ!リポビタンD割りで…
はい、かしこまりました。
ちょっとコピーが違ってる気がしますけど(笑)
にわかなもので(笑)
はい、どうぞ…
実は今夜、この人の奢りなので、じゃんじゃん飲んでくださいね。
え?
奢り? タダ酒ってことですか?
そう。この人、本当にひどいんです。
だから今夜は全部この人の奢り。
ふうむ…
何があったかは知りませんが、どうもごちそうさまです。
それでは乾杯!
5分後
ねえ…
そろそろ再開していいかしら?
あ、そうでした。『ライフ・オブ・パイ』と『処女の泉』の…
パイ?処女?何のことで?
実は今夜、ちょっと「込み入った話」をしてて…
こみいったハナシ?
『ライフ・オブ・パイ』っていう映画について深読みしてたんですよ…
知ってます?
知らないです。
そうよね…
日本ではどっちかというと大人より子供向けっていう感じで売ってたし、興行的にも大ヒットとまでは行かなかったから…
我々のことは気にせず、深読みを進めてくださって結構ですよ
ここは初めてなので、しばらくROMってます。
悪いわね。
だけど何かあったら遠慮なく口をはさんでくださいな。
はい。
さてと、どこまで行ったんだっけ?
ここまで行きました。
深代:『ライフ・オブ・パイ』も『処女の泉』も、最後は「神を信じるようになる物語」だもんね。
岡江:それだけじゃない…
深代:え?
そうだった。
「それだけじゃない」って、どういうこと?
『ライフ・オブ・パイ』は、語り手パイによる「嘘だらけ」の物語…
パイの「インド生まれ」も「太平洋での遭難」も「動物たちとの漂流」も全部「嘘」だ…
そして『処女の泉』も同じように…
あらゆることが「嘘だらけ」の物語…
え?『処女の泉』も嘘だらけ?
『処女の泉』の「語り手」もいえる下女インゲリは「嘘」をついている…
強姦殺人事件の描写や彼女の目撃証言は、全部「嘘」なんだよ…
全部うそ? どういうこと?
そもそも山羊泥棒の兄弟は、処女の娘カリンを殺していない。
え?
じゃあ誰が殺したのよ。
下女インゲリだ。
ええっ!?マジで!?
本当ですか教官!?
wikiにも映画解説記事にも、そんなこと一言も書かれていませんが…
大林少年君…
深読み探偵十ヶ条、第一条…
え?
「どこにも書いていない」から「それは間違っている」という考えは、深読み最大の敵である。
あ…
「これまで誰も書いていない」のは…
「これまで誰も気付けなかった」だけなんだよ。
そ、そうでした…
私としたことが…
すみません!
劇中で真相は明らかにされないけれど、細かい描写やセリフに注意すれば、下女インゲリが「嘘」をついていることは明白…
ひとり娘カリンを殺害するだけの強い動機があるのは、彼女だけなんだ…
彼女の犯行で間違いない。
にわかには信じ難いわ…
巨匠イングマール・ベルイマンの腕がなせる業だよ。
『ライフ・オブ・パイ』を書いたヤン・マーテルは、ベルイマンの『処女の泉』を踏まえて、物語の前半の舞台を「ポンディシェリ」にした。
そして『処女の泉』で使われている様々な技法を、映画版『ライフ・オブ・パイ』の監督アン・リーは踏襲し、応用したんだ。
最後はあたかも美談のように思えてしまうような「嘘だらけの物語」を描くという、『処女の泉』でイングマール・ベルイマンが見せたストーリーテリングの巧みなテクニックをね…
そういえば『ライフ・オブ・パイ』も『処女の泉』も…
よくよく考えてみれば、モヤモヤの残る終わり方だったわ…
どちらも巨匠と呼ばれる監督の作品なのに…
どちらも一筋縄ではいかない非常にトリッキーな作品なんだよ。
だけど、誰しもが感じたであろうモヤモヤを、「ま、いっか」で流さず、とことん考え抜けば、そこに物語の真相は必ず浮かび上がってくる…
ですよね?文代さん…
うふふ。さすが深読み名探偵さんね。
難しいことは、よくわからないけど…
あたし、こういう話、大好き。
ねえねえ、二人とも…
もっと詳しく聴かせてくれない?
『ライフ・オブ・パイ』と関係の深い映画『処女の泉』についてさ…
あれも本当に全部「嘘」なの?
じゃあ説明しておこうか…
映画『ライフ・オブ・パイ』を語る上で、避けては通れない作品だから…
つづく
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