第119話「ポール・サイモンの ONE-TRICK PONY ⑧「Oh, Marion」前篇
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2019年9月19日
スナックふかよみ
その目は…
わたしのことを疑ってますね。
いえ、そういうわけでは決して…
どんなに君の瞳がわたしを疑っても…
「ヒロくんはその瞳で嘘をつく!」
え?
良ちゃんママ!
お待たせ、みんな。
あんた今までどこ行ってたのよ!
みんな… すっごく心配してたんだから!
ごめんね…
ちょっと… いろいろあってさ…
・・・・・
・・・・・
さきほど「その瞳で嘘をつく」と言いましたが…
いったいどんな意味なのでしょう?
全てが即興アドリブの「嘘」だった、『ユージュアル・サスペクツ』のカイザー・ソゼや、『ライフ・オブ・パイ』の主人公パイのように…
ということですか?
そうね…
ヒロくんの言うことは「嘘」ばかり…
まるで『ブルース・ブラザーズ』のジェイクみたいな天使の目で…
人の心をコロッと手玉に取るの…
・・・・・
そういえば、ヒロノブさん…
初めて会ったお客さんには必ずと言っていいほど「嘘」の話をするわよね…
しかも毎回同じ話…
「カワウソとビーバーとラッコは同じ」だって…
わたしは「同じ」とは言ってません…
え?
同じ「毛むくじゃら水生哺乳動物」でも…
存在する場所や生態が変われば、「呼び名」が変わると言ったのです…
それって「同じ」ってことでしょ?
本質は同じ「毛むくじゃら水生哺乳動物」ですが…
三者は決して「イコール」ではないのです…
えーと…
図にすると、こういうことですか?
YES。
・・・・・
つまり…
こういうことなのよ…
え?
ヒロくんの「嘘」は、人を傷つけないの…
そこには…
「愛」があるのよ…
愛?
最初は「カワウソ」という名前を出し、聞き手に「嘘」というイメージを想起させることで、軽い心理的ストレスを与え…
次に「ビーバー」という名前を出し、知らず知らず聞き手の心に堅固な「ダム」を形成させ…
そして最後に「ラッコ」という名前を出し、まるで固く閉じられた貝をこじ開けるかのように、聞き手の緊張した精神状態を一気に解放させる…
この一連の流れが、聞き手にカタルシスを、つまり、魂の浄化をもたらす…
そういうこと。
さすが岡江ッチ。相変わらず見事な深読みだわ。
だからみんなヒロノブさんの話を聞きたがるのね…
そして「嘘」の話に固唾を飲み、最後は歓喜し、中には涙する人も…
だから余計にタチが悪いのよ…
わたしは決してタチが悪くは…
知ってる。ばか。
ねえ、良ちゃんママ。
立ち話もなんだし、席に座ったら?
ヒロノブさんの右隣り、空いてるよ…
ありがとう深代ちゃん。
でも、いいの。
え?
さ、行こ。ヒロくん。
・・・・・
行く?
どこ行くの良ちゃん? 今来たばかりじゃん。
パラダイス…
二人だけのパラダイスへ…
は?どこそれ?
知らない。
知らないって… わけわかめよ。
あたしたちは、愛のクルセイダース…
あたしたちの行くところ、そこがパラダイスなの…
愛のクルセイダースというより、愛の自衛隊ですね。
ちなみに自衛隊は英語で「Japan Self-Defense Forces」と呼び…
そんなこと、どうでもいい。言葉の迷路にハマりこむだけよ。
あたしたちには行くべきところがある。
決して誰も邪魔できない場所、二人だけのどこか…
さ、行きましょ!
ねえ良ちゃんママ、落ち着いて…
ヒロノブさん… 裸なのよ…
え?
ホタテ貝は付いてますが。
あれ、ホントだ…
あまりにも自然すぎて、気が付かなかった…
自然で当然。これが人間本来の姿ですから。
なんで裸なの?
実は… あたしがチチをぶちまけちゃって…
服はまだ干している最中…
ちょうどいいわ。深代ちゃん、アレ貸して。
え? アレって?
ウェディングドレスよ。カラオケのコスプレ用の。
奥のクローゼットにあったわよね?
で、でも… どうするの?
決まってるでしょ。ヒロくんに着せるの。裸じゃ外に行けないでしょ。
だけどウェディングドレスじゃなくても…
ナースとかバドガールじゃダメなの?
ダメ、絶対!ウェディングドレスじゃなきゃダメ!
ウェディングドレス着たヒロくんと黄色いバスに乗って、二人だけのパラダイスに行くんだから!
わかった…ちょっと待ってね...
ヒロくん…
すっごく似合ってる…
・・・・・
なんか『卒業』みたい!
ていうか、『卒業』ですよね?
さあ行こ!あんたたちは邪魔しないでよ!
ああ、バスに乗り遅れちゃう!
バスはまだ走ってませんよ…
始発まで、まだ3時間以上あります…
え?
タクシーじゃダメなの?
ダメ。駆け落ちはバスじゃないと…
あたしたちの、幸せの黄色いバスで…
じゃあ、朝まで待たなきゃね。
黄色いバスが来るかどうかはわからないけど。
ちなみに、さっきの『卒業』…
気付いたかしら?
気付いた? 何に?
ダスティン・ホフマン演じる青年ベンジャミンが奪ったのは…
ただの花嫁では、ない…
は? エレーンちゃんが?
彼女は「神」なんだよ。
ベンジャミンが「キリスト」で、エレーンが「神」だ。
は?
ベンジャミンは2階からガラス越しにエレーンの姿を確認した。
この教会は天井が高いので、ホール全体は画面に収まらない。
だから2階だけのショットもある。
それがどうしたの?
その2つのアングルを合わせると…
大きな十字架!?
ベンジャミンが十字架に掛けられてるみたい!
窓ガラスで十字架を表すのは、定番中の定番。
例を挙げたらキリがないから割愛するわね。
そしてベンジャミンはエレーンの名を連呼する。
その際に「Elaine!Elaine!」が「イーライ!イーライ!」と聴こえるんだよね…
イーライ?
イーライとは「ELI」のこと…
「わが神」という意味だ。
あっ…
イエスが十字架で叫んだ言葉「Eli, Eli, lema sabachthani」…
「わが神、わが神、どうして私を見捨てられたのですか」だ…
1階に降りたベンジャミンは、大きな十字架を手にして、参列者を威嚇する。
そして、エレーンと一緒に教会を脱出し、ちょうど通りかかった黄色いバスに乗り込んだ。
二人は最後部座席に陣取ると、満面の笑みを浮かべる…
だけど、そんな二人をバスの乗客は…
怪訝そうに見つめていた…
これ、見過ぎじゃないですか?
いくら何でも全乗客が身を乗り出してジロジロ見るなんて…
その通り。どう考えても不自然な描写だ。
だけどこの演出には、ちゃんと意味がある。
意味?
最初は愛想笑いを返していた二人だったけど、だんだん表情から明るさが消えていく…
そして、不安が込み上げてきて、顔が引きつりはじめるんだ…
「あれ?これでいいんだろうか?」と…
急に将来のことが不安になってきたんでしょ?
この先どうなるんだろうって。
それは「公式見解」だよね。
だけど本当は違うんだ。
え?
二人はこう思っていたんだよ。
「もしかして、何か間違ってる?」とね…
「間違ってる」って何を?
全乗客がずっと二人をジロジロ見ていたことには理由があった…
二人は間違っていたんだよ、座る位置を…
ベンジャミンはエレーンの右隣り、こちらから見て左側に座らなければならなかったんだ…
このようにして…
『聖三位一体(神の右に坐するキリスト)』
なんてこった。確かに逆だ…
ベンジャミンの服の乱れも、ちゃんと計算された演出だったのね…
大きな十字架を振り回して上着が乱れても、そのままにしていたのは…
キリストの服を表現するため…
そういうこと。
あの「乗客のジロ見」と「二人の焦り」は、こういう意味があったんだ。
嘘みたい。あたし今まですっかり騙されてた。
あの有名なシーンに、こんなジョークが隠されてたのね。
みんな「嘘」が大好き…
愛のある「嘘」が…
「嘘」といえば…
ヒロくん…
あそこで本当は何してたの?
・・・・・
「あそこ」って?
ホラあたし、外の配電盤を見に行ったでしょ?
そしたら階段の踊り場に、ヒロくんが佇んでいたの。
ターミネーターのシュワちゃんみたいに…
全裸で?
ううん。服は着てた。
でも顔が金色だったし、変だなって思ったのよ…
いったい何のために、あそこにいたの?
ちょっと… 気持ち悪かっただけです...
だけどその後、一緒に飲みに行ったじゃん。ケンピーのママのとこに。
・・・・・
もしかして、この不思議な停電…
ヒロノブさんと何か関係があるの?
そういえば、よく停電の話をしてたわよね…
・・・・・
教官、これはどういうことなのでしょうか?
僕も、おかしいなって思ってたんだ…
今夜ここで起きたことを、ちょっと整理してみようか…
そうね。ちょっと「整理」しなきゃ。
よろしく、ジャイアンツ…
えっへん、おっほん…
エブリバデ、注目ッ!
は?
おれが最近 覚えた おもしろい 技を見せるよ。
??????
じゃんッ。
ん?
あたしたち…
何のハナシしてたんだっけ?
何言ってるんですか、深代ママさん…
えーとですね…
あれ?
わたしが皆さんを…
なぞなぞソング『How the heart approaches what is yarns』の最後の答えまで導いたんですよ…
そうだったわ。ヒロくん、ありがとう。
助け船を出してくれて…
いえいえ。
・・・・・
どうかしましたか?
ヒロノブさん…
頭…
ハッ…
こ、これは… 頭のガーゼです…
ちょっと頭痛が痛くて…
ガーゼ?
あー!それあたしのブーケじゃん!
カラオケのコスプレ用の!
すみません。一度かぶってみたかったんです。
んもう…
いつのまにクローゼットから出したのよ…まったく…
ふぅ…
・・・・・
さ、元の話に戻りましょ(笑)
次の深読みは『ワン・トリック・ポニー』の5曲目…
A面最後の歌『オー・マリオン』よ。
Paul Simon『Oh, Marion』
マリオンって有楽町マリオンのマリオン?
てか何で有楽町マリオン?
マリオンさんが作ったから?
有楽町マリオンの「マリオン」は、人名の「Marion」ではない。
建築用語の「マリオン」だ…
あれって建築用語だったの?
あたしも女の人の名前だと思ってた…
英語では「mullion」と書き、日本語では「方立(ほうだて)」という。
ガラス窓をいくつも並べるための構造だ。
この「マリオン」のおかげで、映画の定番表現「窓で十字架」は成立している…
ホントたくさんありますからね、「窓で十字架」の画は。
例えば…
例を挙げたらキリがないから割愛するわね。
ピグマリオンのマリオンは?
全裸の彫刻に恋してしまい、可哀想だからと服を着せた王ピグマリオン…
ギリシャ神話に出てくる王様の名前だから「Marion」とは関係ない。
・・・・・
どうしました?
ううん… なんでもない…
たぶんアタシの気のせい…
そういえばヒロノブさん、ずっと裸のままだったわね…
自然すぎて、すっかり忘れてた…
自然で当然。これが人間本来の姿ですから。
コスプレ衣装でよかったら着る?
ナースやバドガールくらいしかないけど…
お気遣いありがとうございます。
しかし、恥ずかしいので、このままでいいです。
・・・・・
どうしました?何か言いたいことでも?
いえ、別に…
何でもありません…
ちなみに「Marion」は「Maria」の変形型。
元々はヘブライ語の「Miryam」よ。
タンバリンのお姉さんですね。
歌って踊れる女預言者で、弟があのモーセとアロン。
『ミリアム』
マリオンは、映画の中でポール・サイモンが演じる主人公ジョナの、別れた奥さんの名前なんでしょ?
つまり、やっぱり未練があって、よりを戻したいって歌?
「ああ、マリオン!カムバーック!」って。
男って、みんなそう。
後からそんな風に思うくらいなら、なんで付き合ってた頃にもっと大切にしなかったの?って感じ。
男はいつでもヨリを戻せると思ってる。だけど女はそうじゃないの。
一度気持ちを切り替えたら、もう元には戻らない…
そうそう。男って、ほんとバカ。
そういう歌じゃ、ないんだよね…
え? でも歌詞はそういう内容でしょ?
1番では「男にだって脳味噌くらいはある」と弁明するけど、「だけど使いたくない」と言い訳し…
2番では「男にだって心臓くらいはある」と弁明するけど、「だけど位置が左右逆だから」と言い訳し…
3番では「男にだって言い分くらいはある」と弁明するけど、「だけど自然と言葉でも瞳でも嘘をついてしまう」と言い訳する…
そしてCメロは「ああマリオン!君があの時言った忠告を真面目に聞いておけばよかった!」と、めっちゃ後悔しまくり…
マジで情けない歌じゃん。
違うんだよ…
「脳味噌・心臓・言い分」は、ある「別のもの」を言ってるんだ…
この歌も「なぞなぞソング」になっているんだよね…
またナゾナゾ?
そして…
「マリオン」とは、別れた奥さんのことではない…
え? どういうこと?
では解説しよう。
つづく
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