「茶山にて」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
さて、パイの小さな宇宙が回って、そのままカメラは避暑地ムンナルにある山の茶畑に降りていき「パイとキリストの出会い」のシーンが始まります。
茶山の向こうに「横たわるヴィシュヌ」の形をした低い山が見えるわね。
漂流の最後に出てくる「人肉食の島」と同じ形。
だけど「ムンナル」ってところには、ホントにあんな山があるの?
あの山は実在しない。CGだ。
ただ、それっぽい山はある。
確かに似てるかも。
でも、なぜアン・リー監督は、わざわざ「横たわるヴィシュヌ」の形をした山を、この場面に出したのかしら?
ここは「パイとキリストの出会い」の場面でしょ?
あれは「ヴィシュヌ」ではない。
何度も言うけど、この映画はインドと一切関係ないからね。
あ、そうだった。
じゃあ、あの横たわる人は誰なの?
On the side of a hill...
in a land called "somewhere"...
A little boy lies asleep in the earth...
え?
あの人型は、メシア…
つまりキリスト…
キリスト?
だって、今パイが作家に話してるのは「メシアの説明」で、このシーンは「パイとキリストの出会い」でしょ?
他に誰がいるのよ(笑)
そうなんですか、教官?
ヒンドゥーの最高神「ヴィシュヌ」は存在自体が「宇宙そのもの」なので、人間の目には姿かたちがわからない。
だから地上に降りる際は、人型の神「クリシュナ」となる…
これは「天の父ヤハウェと子イエス」の関係を、そっくりそのまま置き換えたものだった。
あ、そうでした…
そもそも中年パイが「12歳の時、山でキリストに出会った」と言ってる時にあの人型が映されるんだから「キリスト」に決まってるわよね。
ものごとは素直に考えなくちゃ(笑)
じゃあ、この茶山も「嘘」ってことね。
ここはどこなの?
ここは「茶山」ではなく「オリーブ山」だ。
最後の晩餐のあと、イエスと弟子たちが訪れた場所。
ああ!お茶とオリーブ!
どちらも液体にして使用するものだし、香りもいい!
中年パイは、このシーンでもジョークをこれでもかと連発する。
まずは軽くジャブとして、兄ラヴィとの「ショートコント」から…
ここでの滞在三日目、ラヴィと私は、ものすごくうんざりしていた…
ラヴィ「チェレンジだ。お前にこの1ルピー玉2枚をやるから、あの教会まで行って聖水を飲んでこい」
パイ「・・・・・」
ショートコント? どこが?
「おしっこ」と「聖水」のジョークとか?
「キリストとコイン」といえば…
エルサレムの神殿の丘で、ラビ(ユダヤ教の先生)たちの挑戦を受けた、これだよね…
『カエサルのものはカエサルに』
ピーテル・パウル・ルーベンス
コイン握って「あっち」の方を指差してる!
しかも青いシャツ! ラヴィと一緒です!
だからパイは渋い顔してたのね。
「ここは神殿の丘じゃなくてオリーブ山なんですけど…」って(笑)
うふふ。おかしいわよね(笑)
ちなみに「兄ラヴィのシャツ」は…
この映画を読み解く上で、非常に大きな役割を果たすことになる…
なにそれ?
その時が来たら詳しく話そう。
今は「オリーブ山のメシア」について語らねばならない。
さて、ラヴィが指を差した先には、こんな風景が広がっていた…
見事な「オリーブ山の麓」っぷりね(笑)
これもそうなの?
遠くに見えるピンクがかった色の街…
曲がりくねった川と、そこにかかる橋…
そして、丘の上の「祈りを捧げる場所」と十字架…
今度はこの絵の再現だ。
『ゲツセマネの園での祈り』
アンドレア・マンテーニャ
ああ!オリーブ山の麓にあった、搾油所ゲツセマネですか!
しかもアン・リー監督は、この絵を完璧に再現したかったらしく…
わざわざ次の日にパイを着替えさせて、こんなシーンまで用意した。
こ、これは!
岩の上のイエスと同じ青いシャツ!
そして川の向こうでクリケットをする人たちは、イエスを逮捕しにやって来た兵士たち!
か、か、完璧です…
だけど大事なものを忘れてる。
下で寝ている弟子が再現されていないわ。
あったじゃないの。さ・い・しょ・に(笑)
あっ!
なんてこった…
さすが元美大生のアン・リー…
アートが大好きなんだ…
まさに徹頭徹尾「メシアのお話」ね(笑)
じゃあ…
教会の中のシーンも、こんな感じなの?
もちろん。パイの話は何から何までジョークだから。
まず教会に入ったパイは、入口近くにあった聖水を飲んだ。
それから壁にかかった宗教画を眺める。すると奥から神父が手にコップを持って現れた…
Father "You must be thirsty. Here. I brought you this."
神父「喉が渇いているのだろう。これをどうぞ。あなたのために持ってきました」
神父は「水で満たされたコップ」をパイに差し出す。
パイは緊張しながらそれを見つめ、ゆっくりと手に取って口にした…
わかりました! これですね!
「水で満たされたコップ」とは「死という宿命で満たされた杯」のことです!
『ゲツセマネの園』
ジョルジオ・ヴァザーリ
なるほど。髪型が逆になってたのか。
神父がイエスで、パイが天使(笑)
神父が口にした「thirsty」は、十字架に掛けられたイエスが発した7つの言葉の第5番目《 I thirst 》のことよね…
つまり「You must be thirsty」とは「あなたは《喉が渇く》に違いない」という予言チックなダジャレになっているの…
なるほど!
そして「thirsty」とは、「リチャード・パーカー」の本名…
あ・・・
神父さんと虎、顔が似てない?
もしかして、この神父さんの名前が「リチャード・パーカー」なの?
神父さんが虎ってこと?
「リチャード・パーカー」は、ハンターの名前でしたよね?
でも「神父」も「人を獲る猟師」でしょ?
イエスがペトロにそう言ったじゃない。
確かに神父の顔はトラに似てるけど、違う。
さすがにあの貨物船にこの神父が乗船してたら不自然すぎるよね。
映画では名前が出て来ないけど、原作小説では「マーティン神父」という名前なんだ。
違ったか(笑)
原作者のヤン・マーテルも、監督のアン・リーも…
とてつもなく複雑なパズルを作りこんでいるような気がします…
そうね。ヤバすぎるわ、この映画。
それなのに、なぜ…
なぜ?何が?
なぜ「横たわる人型の山」などという、誰の目にも不自然に映るものを、あんなふうにデカデカと登場させたのでしょう?
せっかくここまで巧みに嘘をついていたというのに…
そうね…
明らかに「嘘」ってバレちゃうわよね…
ん? そういえば、あの時… 文代さん…
なあに?
なにか「詩」みたいなものを口にしてなかった?
うふふ。そうだったかしら?
私も聞きました。
たしか、On the side of a hill に A little boy が横たわっているとか何か…
よく覚えてること。
さすが深読み名探偵の助手さんね。偉いわ(笑)
い、いえ… これくらいのことは…
まあ、でも、忘れて頂戴。
え?
先に進まなきゃ。まだまだ映画は始まったばかりでしょ?
次はパイが最後のメシア「ムハンマド」に出会うところよね…
待ってください、文代さん…
いや、柴門文代さん…
・・・・・
あの詩は、ポール・サイモンですよね。
ポール・サイモン? また?
ふふふ。バレてたか(笑)
そしてあなたは…
「パイ」の正体を知っている…
ハァ!?
トラじゃなくて、今度はパイの正体?!
まさか「パイ自身」も嘘なんですか?
そうだ。
そ、そんな…
いったいパイは誰なんですか?
ふぅ…
せっかくもう少し内緒にしておこうかと思ったのに。
ここで言っちゃっていいの?
隠し事をしたまま話を進めるのも気持ち悪いですから。
そうね。
じゃあ言っちゃおっか…
『ライフ・オブ・パイ』の主人公「パイ」の正体は…
ゴクリ…
ゴクリ…
ポール・サイモンよ。
つづく
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