第136話 ポール・サイモンの HEARTS AND BONES ⑤「ハーツ・アンド・ボーンズ」後篇Ⅱ～『深読み ライフ・オブ・パイ＆読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日
スナックふかよみ
では解説しよう。
なぜポール・サイモンは、「メキシコ」に過剰反応したのか…
教官…
何だい？
話を始める前に、もう一度『ハーツ・アンド・ボーンズ』を聴いておきませんか？
賛成。
今夜は何だか時間が経つのが遅くて、さっき聞いたばかりのはずなのに、もう随分前のことみたいに感じるのよね。
ホントそう。不思議よね（笑）
それじゃあ、ミュージック・スターティン！
Paul Simon『HEARTS AND BONES』
まずはＣメロの前半部分を改めて確認しよう。
こんな歌詞だったね。
And whoa-oh-oh
She said, "why ?
Why don't we drive through the night ?
And we'll wake up down in Mexico"
Oh I...
I don't know nothin' about
Nothin' about no Mexico
最初に彼女がこう言う。
「夜通しドライブするでしょ？メキシコで寝て起きればいい」
僕はこう答える。
「でも僕は何も知らないんだ。メキシコのことなんて」
何か違和感とか無い？
違和感？ そうね…
必要以上に僕が動揺してるとこくらいかしら？
あんなに繰り返さなくても普通に「I don't know about Mexico」でいいのに。
だよね。
では次にＣメロの後半を見てみよう。
And tell me why
Why won't you love me
For who I am where I am
He said："Cause that's not the way the world is baby
This is how I love you baby"
引き続き僕のセリフですね。
「教えてほしい。なぜ僕を愛してくれないの？あるがままの僕を」
そして彼が言った…
ん？
あれ？ なんか変よね…
なぜ「I said」や「She said」じゃなくて「He said」なの？
まさか…
もう一人いる？
ですが「彼女」と「僕」の二人旅だったはず…
どこに「He」がいたんだろう？
だから言ったでしょ？
一人の背後に、もう一人いたの。
え？
ピッタリ重なってて、一人に見えてただけ。
最初から「僕」と「彼」はウィトルウィウス的にドッキングしてたのよ。
『ウィトルウィウス的人体図』
レオナルド・ダ・ヴィンチ
布団カバーに等身大で描かれていると、何だか、そういうふうに見えてきます…
しかも顔が隠されていると余計に…
「そういうふうに見える」じゃなくて、実際そうなのよ。
だけどそんなオカシナ歌詞を、ポール・サイモンが書くかしら？
岡江クン、これはいったいどういうことなの？
実は、ケツヤさんの言う通りなんだよね…
Ｃメロの登場人物は、２人じゃなくて「３人」なんだ…
ええっ！？
ほらね。アタシの勘は当たるんだから。
まさか…
『人間椅子』みたいに、車のシートの中に「彼」が潜んでいたとか…
そんなバカなこと…
イスの中に「彼」が？
そんなことって、ありえるの？
ありえる。
は？
ただ、「彼」がウィトルウィウス的にドッキングしていたのは「僕」ではない…
「彼女」のほうだ…
ええーーーーっ！？
ど、どういうことですか？
もう一度Ｃメロをよく考えてごらん。
Ｃメロは４つのパートに分けられるよね？
まず第１のパート…
「彼女」が「僕」に提案する。
She said, "why ?
Why don't we drive through the night ?
And we'll wake up down in Mexico"
「このまま夜通し起きて、メキシコで寝て起きればいい」
そして第２のパート…
動揺した「僕」が繰り返し否定する。
Oh I... I don't know
Nothin' about
Nothin' about no Mexico
「僕は知らない。何も知らないんだ。メキシコのことなんて何も」
ん？
そして第３のパート…
実はこのパート、「僕」ではなく「彼女」のセリフにもとれるようになっている。
「彼女」が「あなた」に訴えかけているようにね…
And tell me why, why won't you love me
For who I am where I am
「どうして私のことを愛してくれないのですか？ここにいる私を」
最後は第４のパート…
それまで気配を消していた「彼」が語りかける。
He said："Cause that's not the way the world is baby
This is how I love you baby
This is how I love you baby"
「確かにこれは世の習いに反している。愛しい我が子よ。しかしこれが私のやり方。私の愛の示し方なのだ」
あっ…
「Ｈｅ」って、まさか…
そう。「父なる神」のこと。
自身の分身である聖霊を、人の子イエスの中に入れた神だ。
ということは…
第１のパート「夜通し起きていること」の提案とは…
オリーブ山、ゲッセマネの園…
その通り。
「ずっと起きていよう」と提案をした「彼女」とは「イエス」のこと。
実はＣメロは、最後の晩餐のあとに出かけたオリーブ山での出来事が歌われているんだ。
『マタイによる福音書』
26:34 イエスは言われた、「よくあなたに言っておく。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」
26:35 ペテロは言った、「たといあなたと一緒に死なねばならなくなっても、あなたを知らないなどとは、決して申しません」。弟子たちもみな同じように言った。
26:36 それから、イエスは彼らと一緒に、ゲツセマネという所へ行かれた。そして弟子たちに言われた、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここにすわっていなさい」
26:37 そしてペテロとゼベダイの子ふたりとを連れて行かれたが、悲しみを催しまた悩みはじめられた。
26:38 そのとき、彼らに言われた、「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、わたしと一緒に目をさましていなさい」
26:39 そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」
『ゲツセマネの祈り』
ジョルジュ・ヴァザーリ
それから、弟子たちの所にきてごらんになると、彼らが眠っていたので、ペテロに言われた、「あなたがたはそんなに、ひと時もわたしと一緒に目をさましていることが、できなかったのか。誘惑に陥らないように、目をさまして祈っていなさい。心は熱しているが、肉体が弱いのである」
熟年になると肉体が弱るから、睡眠の誘惑に負けちゃうのかしら？
それじゃあ「このまま徹夜して、メキシコで寝起きすればいい」は？
メキシコって何なの？
最後の夜を徹夜したイエスが「寝起きするところ」といえば…
ここしかないよね？
『磔刑図』
アンドレア・マンテーニャ
ゴルゴダの丘での十字架刑…
しかしなぜこれが「メキシコ」なのでしょうか？
「メキシコ」という名前の由来には、諸説あるんだけど…
１つは、アステカ族の守護神「メシトリ」の地、というもの…
メシ...トリ...？
「メシトリ」とは「神に選ばれし者・戦士」という意味だ。
それって「イスラエル」と同じじゃないですか…
イサクが天使と格闘して勝ち、神から与えられた称号…
また、ある説によると…
「Ｍｅｘｉｃｏ」の「ｘ」は「キリスト」を意味するという…
「Ｘmas」と同じようにね…
そして「Mexi」は「Messiah（メシア）」だという説も…
どんだけ！？
なんてこった…
「僕」が動揺しまくって「メキシコ」を知らないと繰り返す第２パートは「ペトロの否認」で…
『ペテロの否認』
ヘラルト・ファン・ホントホルスト
そして「彼女」が「あなた」に訴えかける第３パートは…
イエスの祈り…
「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」
『ゲッセマネのキリスト』
ハインリヒ・フェルディナント・ホフマン
そして第４のパートは「Ｈｅ」の独り語り…
つまり「父なる神」の、声なき声…
わが子に人間の原罪を背負わせ、汚名と恥辱の中で処刑し、そこから復活させる…
確かにこれは世の習いに反しているけど…
それが神の計画だった…
その通り。
偉大な存在である神の考えは、不完全な人間には理解することは出来ない…
だから神は、息子を使って「愛」を伝えた…
きょ、教官？
どうした？
い、今、教官の顔に、ひげが…
ひげ？
確かにもう朝方近いから、うっすらとは生えてるけど…
あれ？ おかしいなあ…
それに先程の「愛」についての話も、どこかで聞いたような気が…
さあさあ、次は３番ね。
歌の最後を締めくくる３番は、こんな出だしで始まる。
One and one-half wandering Jews
Returned to their natural coasts
１と１／２のさまよえるユダヤ人が
彼らのナチュラルな海岸に帰った
まず「１と１／２」を血… つまり「ポール・サイモンとキャリー・フィッシャー」で読むと…
「地元のアメリカ東海岸に帰った」ということね。
だけどキャリーは生まれも育ちもＬＡのビバリーヒルズよ。
だから「ポールは東海岸へ、キャリーは西海岸へ」じゃない？
でも二人は新婚旅行から帰って来たのよ？
なんでいきなり実家に戻るのよ。
成田離婚みたいなもんじゃない？
アメリカでは何て言うのかしら？ ＪＦＫ離婚？
「何か」が起きたんだろうね。
では、続きの歌詞を見てみよう。
To resume old acquaintances
Step out occasionally
And speculate who had been damaged the most
旧友みたいな感覚で
ちょっと会ってみたりする
そしていろいろ考えてみるんだ
誰が最も傷ついたのかを
旅行先で大ゲンカしたので、ちょっとお互い距離をおいて、しばらく冷却期間をもうけた、みたいな感じですね…
でもなぜ「誰が最も」なの？
文章的に正しいのは「どちらが、より傷ついたのか」じゃない？
また「もう一人」いるのよ…
二人の背後に…
ま、また！？
こ怖すぎるんだけど…
でも二人のケンカに「父なる神」は関係ないですよね？
アート・ガーファンクルのことだよ。
この歌は「サイモンとガーファンクル（Ｓ＆Ｇ）」の物語でもあるからね。
「１と１／２のさまよえるユダヤ人」とは、デビュー当時のコンビ名が「トム＆ジェリー」だった、長身のアートと半身のポールのことも意味している。
しかし…
なぜポールとキャリーのケンカにアートが関係するのでしょう？
思い出してほしい。
ポール・サイモンとキャリー・フィッシャーのハネムーンは、Ｓ＆Ｇのワールドツアーの最終行程に合わせて行われた。
ポール、キャリー、そしてアートの３人は、スイスからイタリアへ、そして最終目的地イスラエルへと旅をしたんだ…
はい。そうでした。
そして、その旅の中で、ポールとアートは仲違いしてしまう…
完全復活したと思われたＳ＆Ｇは、再び解散状態に陥ってしまったんだよね…
しかも、世界中のファンを驚かす信じられない事態が発生する…
すでに録音が終わっていたＳ＆Ｇ１３年ぶりのオリジナルアルバムから、アートの歌声がすべて削除され、ポールのソロ・アルバムとしてリリースされることが発表されるんだ…
あっ…
もし、君がキャリー・フィッシャーだったら、どう感じるかな？
いろんな意味で、かなり嫌な気分になりますね…
自分にも責任があるんじゃないかと思ってしまいます…
おそらく心ない外野の声も耳に入ってきたでしょうし…
「あの女のせいだ」みたいな…
そうだね。きっとそんなふうに言う人もいただろう。
ただでさえ『HEARTS AND BONES』に収録されることになっていた新曲は、ポール・サイモンの個人的なことを歌ったものばかりだった…
自分の悩みやキャリーとのことを歌ったものばかり…
せっかくのハネムーンなのに、これは一気にブルーになるわ…
というか、かなりショックよね…
ポールにとっても同じだ。
この世で最も大切な二人であるアートとキャリー、その両方と距離が出来てしまったわけだから…
精神的距離と、物理的距離が、ね…
この『ハーツ・アンド・ボーンズ』という曲は、その二つの距離を埋めようと、ポール・サイモンが祈るように書いたものなんだよ…
なるほど。
だから３番は、祈るような想いが切々と歌われているのですね。
Easy time will determine
If these consolations will be their reward
とりとめもない時間が決め手となる
これらの慰めが報酬となるなら
慰めの報酬？
「慰めの報酬」とは、心の中の「愛の貯金」みたいなもの。
これがゼロになると、二人の関係は完全に終了してしまう。
あんちゃんが言ってた「心のダム」のことね。
そしてポール・サイモンは、願いを込めて、こう歌う。
The arc of a love affair
Waiting to be restored
You take two bodies
And you twirl them into one
愛の円弧
元の形に戻ることを待っている
君は二つの身体を
くるくる回して一つにする
え？
ホラやっぱり…
ポールはウィトルウィウス的に愛し合おうって言ってるのよ…
心にダビンチはあるかい？って…
距離は出来てしまったけど、完全に別々になったわけではない…
一度奏でられた愛のハーモニーは、必ずまた奏でられる…
だからポールは、こんなふうに歌を締めくくった。
Their hearts and their bones
And they won't come undone
Hearts and bones
ひとつの円弧を描いた心と身体
もうバラバラになることはないだろう
心と身体は
完璧ね…
それだけじゃないんだ。
え？
「come undone」は「謎を解く」という意味でもある…
つまり「they won't come undone」は…
「この歌に隠された謎は解けないだろう」
という意味にもなってるんだよね…
歌に隠された謎？
キャリー・フィッシャーへの歌だと思わせて、実はアート・ガーファンクルのことでもある、というトリックだよ。
だからポールは、「１と１／２」とか「円弧」という数学的な言葉を使って、愛の歌を書いたんだ。
「１」は直径で「１／２」は半径…
二つの身体が回転して描かれる「円弧」は、もちろん円周…
つまり「HEARTS AND BONES」とは…
二人の身体と愛の行為によって形作られる「円」のことを言っていたんだ…
なぜアートへの秘密のメッセージを、数学的に表す必要があったので？
アートは数学教師だったんだよね。
Ｓ＆Ｇの休止中に、高校で数学の教師をやっていたことがあるんだ。
そうなんですか！？
あっ…パイ…
え？
「π」と阪神タイガースのマーク…
うふふ。
だからポール・サイモンは、ワールドツアーやハネムーンの間、そして80年代を通して「阪神タイガースの帽子」を被っていたの…
もちろん「阪神」と「半身」の駄洒落でもあるんだけど…
それ以上に「ＨＴ」マークは…
愛の円弧、つまり、完全なる調和に隠された神秘の数字「π（パイ）」の中に…
究極の愛を表すシンボル「♰（十字架）」が入っているものだから…
その通りです。
阪神タイガースのマークは…
宇宙の真理、つまり、万物の究極の答えを表している…
４２か！
ちなみ「４２」もイエス・キリストのこと。
『マタイによる福音書』第１章の冒頭で語られる、アブラハムからイエスまでの系図「１４＋１４＋１４」を足すと４２になる…
イエスはアブラハムから数えて四十二代目だった…
いっぽう、パイがトラと過ごした「２２７」日とは、新約聖書の…
ちょっと待って… 岡江クン…
何？
最初に、こう言ってたわよね…
この歌から『ライフ・オブ・パイ』が生まれた、と…
この歌は『ライフ・オブ・パイ』そのもの、だと…
ああ。
パイとは、完全なる愛の調和、宇宙の真理の中に隠された神秘の数字…
つまり、人知を超えた「神の計画」を読み解く上で鍵となる数字だ…
『ライフ・オブ・パイ』の主人公は、自身を「パイ」と名乗り、奇妙な「パイの物語」を作家に語った…
聴いた者が「神を信じるようになる」物語を…
そしてその物語は、パイとトラが旅をする物語…
旅の中でキリストの物語を再現しながら…
長い旅の果てに、メキシコの海岸へ辿り着く物語…
すべての準備が整ったようね。
ええ。
それでは『ハーツ・アンド・ボーンズ』からどうやって『ライフ・オブ・パイ』が生まれたのか解説しましょう…
つづく
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