「ライフ・オブ・パイの中のスカボロー・フェア/詠唱 前篇」『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
これでわかっていただけたかしら?
ポール・サイモンが「キリストの歌」である『サイド・オブ・ヒル』を、古いバラッド『スカボロー・フェア』と組み合わせた理由が…
なぞなぞソング『スカボロー・フェア』への「答え」だったんですね。
納得です。
そして作家ヤン・マーテルは、ポール・サイモンをモデルにした人物パイを主人公にして小説『ライフ・オブ・パイ』を書いた…
当然その物語には、ポール・サイモンの名曲の数々が落とし込まれたの…
もちろん『スカボロー・フェア/詠唱』もね…
それをアン・リー監督は、映画版でも再現したというわけ…
え?
じゃあ「横たわるキリスト」以外にも、歌詞を再現したシーンがあるってこと?
「ある」どころじゃないわ。
全ての歌詞が完璧に再現されてるの。
マジで?
ふふふ。じゃあ教えてあげようかしら。
ほんとにすっごいんだから(笑)
その前に…
あらためてサイモン&ガーファンクルの『スカボロー・フェア/詠唱』を聴いておいたほうがいいですね。
のぶのぶさん、しげしげさん、お願いできますか?
お安い御用ですよ。
この歌詞がすべて再現されているなんて、にわかには信じられません…
にわかでいいんです。
うふふ。まずは1番から。
Are you going to Scarborough fair?
Parsley, sage, rosemary and thyme
Remember me to one who lives there
She once was a true love of mine
ここでは、某所に住む人物《A》が、旅人らしき人物《B》に対し、こんなことを語る…
「スカボローへ行くなら《C》によろしく伝えてくれ。かつて私が心から愛した人なんだ。」
あっ!
《A》は、ママジことフランシス叔父さん…
《B》は、旅先で偶然ママジと出会った作家…
そして《C》がパイです!
ママジはパイを自分の息子のように可愛がってましたから!
その通り。
「旅先で偶然出会った人物から話を聴いて、作家がスカボローに住むパイを尋ねる」という物語の基本設定は、ここから来ているの。
すごい!完璧ですね!
完璧じゃなくない?
「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム」は?
ちゃんと映画冒頭で再現されてたでしょ?
え?
これだよ…
キッチンのパイと作家…
やられた!
そして2番からは、民謡『スカボロー・フェア』と、ポール・サイモンの詩『オン・ザ・サイド・オブ・ヒル』が交互に歌われる。
Tell her to make me a cambric shirt
(On the side of a hill in the deep forest green)
Parsley sage rosemary and thyme
(Tracing a sparrow on snow-crested ground)
Without no seams nor needlework
(Blankets and bedclothes the child of the mountains)
Then she'll be a true love of mine
(Sleeps unaware in the clarion call)
ここ、すごいわよね?
深読み名探偵さんも、そう思わない?
はい。最初に気付いた時には鳥肌が立ちました。
え? 何がすごいの?
2つの歌が交差して歌われる2番の構成が、そっくりそのまま再現されているんだよ。
『スカボロー・フェア』と『サイド・オブ・ヒル』の歌詞を、「現在」と「パイの回想」という2つのタイムラインで再現したんだ。
どういうことですか?
まず最初のフレーズ。
Tell her to make me a cambric shirt
これは『スカボロー・フェア』の歌詞だから「現在」のタイムラインね。
これがどう再現されていたか、わかるかしら?
「cambric shirt」は「聖骸布」のことだったわよね…
亜麻布に包まれて石棺に埋葬されたイエスの遺体が消えて、予言通りに「復活」を成し遂げ、神の子であることを人々に信じさせたの…
あっ!
「A story that would make me believe in God」ですよ!
「聴けば神を信じるようになる物語」です!
そっか!
次のフレーズは『サイド・オブ・ヒル』だから、タイムラインは「パイの回想」ね。
どう再現されたか、わかるかしら?
On the side of a hill in the deep forest green
丘の麓… 深い森の中…
わかりました!
パイが生まれ育ったポンディシェリの動物園です!
あのアングルは、丘の上からのものだったのね。
そして、またこのフレーズ。
Parsley sage rosemary and thyme
これはパイと作家が「ベジタリアン料理」について語ったことで成就された。
うまいですね。
そして次のフレーズはこれ。
Tracing a sparrow on snow-crested ground
「白く雪化粧した地面に雀の跡をたどる」
これも「パイの回想」で完璧に再現されてたんだけど、わかるかしら?
『ライフ・オブ・パイ』に「雪」なんて出て来なかったわ。
そうです。
「雪化粧した地面」に「雀の跡」なんて絶対に再現されていません。
こればっかりは100%断言できます。
あら、そうかしら?
これでも?
あ… 白い粉で地面に描かれた蓮…
たしかに「雪化粧した地面」に見えなくもないですが…
「雀の跡」が無いじゃない。
地面に蓮を描くパイのママの「手の動き」に注目してほしかったな…
あれは冒頭の動物園映像に登場した「蓮の上の雀の動き」を辿っているのよ…
ええっ!?
アン・リー、マジでヤバすぎる!
でしょ(笑)
次のフレーズは「現在」のタイムラインね。
Without no seams nor needlework
「縫い目もつけず、刺繍も加えず」
わかるかな?
パイも作家も「料理」はしてましたが「裁縫」はしてませんでした。
今度こそ絶対に再現されていません。
深読みに「絶対」はない。
ハッ…
「縫い目」を意味する「seam」は「話を継ぎはぎする」という意味でも使われる。
そして「刺繍」という意味の「needlework」は「話を装飾する・盛る」という意味でも使われる。
つまり「神の話は、別の話を継ぎはぎしたり、華美な装飾を施さぬよう」ということだ。
なるほど…
だからパイが語る話は「聖書」と同じ内容になっているのよ。
『スカボロー・フェア』の、この歌詞の通りにね。
次のフレーズは『サイド・オブ・ヒル』からのもの。
つまり「パイの回想」で再現されている…
Blankets and bedclothes the child of the mountains
ブランケットと寝具、山の子供…
これは簡単!
シーツを被って山になった子供時代のパイ!
ふふふ。笑えるわよね。
次もだけど(笑)
Sleeps unaware in the clarion call
「clarion」が鳴っても気付かずに寝ている?
「クラリオン」とは「高らかに鳴るラッパ」のこと。
昔の軍隊では、兵がラッパを鳴らして合図をしていた。『ヨハネの黙示録』などでも、悪魔と戦う天使たちがラッパを鳴らすよね。
そこから「重要なことを告知するために鳴らす音」も指すようになった。
あっ!
早朝にラジオから鳴り響いた非常事態宣言!
あの時、パイは徹夜で読書してたから起きてたけど…
お兄ちゃんのラヴィは、非常事態宣言の告知ニュースに気付かないまま眠っていたわ…
「Sleeps unaware in the clarion call」でしょ?(笑)
なんてこった…
そして3番。
今度は「パイの初恋編」よ。
Tell her to find me an acre of land
(On the side of a hill, on a sprinkling of leaves)
Parsley, sage, rosemary and thyme
(Washes the ground with the silvery tears)
Between the salt water and the sea strand
(A soldier cleans and polishes a gun)
Then she'll be a true love of mine
まずこう歌われるわね。
「私に1エーカーの土地を見つけてください」
これと「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム」がセットで再現されるの。
パイの初恋と「土地」といえば…
彼女がダンスで表現した「中央に蓮の花が隠れて咲いている森」ね。
奥手なパイは「森」が何を意味しているのか、わからなかったの(笑)
え? 私もわかりませんでしたけど。
どういう意味なんですか?
「森」とは「陰毛」、「花」とは「女性器」…
つまり「陰毛の中央に隠れて開く女性器」という意味よ(笑)
え・・・?
あのダンスは「女性そのもの」を表現した踊り。
それをパイが言葉にしようとしたから、女子たちはクスクス笑ってたのよ。
気付かなかったの? あなた、お子ちゃまね(笑)
そうだったんですか…
米津玄師の『パプリカ』もそう。
あの歌における「花」も「女性器」のことであり、歌全体では「生殖」が歌われている。
映画『海獣の子供』と同じだね。
うふふ。
あたし、米津君の歌も大好き。
すっごくセクシーよね。
ええ。
話したいことは山ほどあるのですが、米津君のことを話し始めたら終わらなくなるので、先に進みます。
あれ?「パセリ…」の部分は?
花を隠す「森」じゃない? 濃い人はパセリみたいでしょ?
あ・・・
では次のフレーズにいこう。
On the side of a hill, on a sprinkling of leaves
普通に訳すと「丘の麓、落ち葉がパラパラと」だけど、これが映画ではどう再現されていたか、わかるかな?
うーん。難しいわね…
ヒントをあげる。
「sprinkle」は「水滴が飛び散る」とか「霧状の水で濡らす」という意味…
そして「leaves」は「leaf(リーフ)」の複数形…
霧状の水で濡れるリーフ…
あっ!わかりました!
「reef」のダジャレですね!
海面から突き出してる岩礁のことです!
パイが隠れ家にしてた、廃墟の埠頭のことか。
コンクリートが濡れていたから、高い波が来ると水しぶきが上がってたはず(笑)
(Washes the ground with the silvery tears)
Between the salt water and the sea strand
ここも簡単よね。
「銀色の涙で洗われる。海水と礁の間で」
きっと彼女との別れの時のこと。
だけど、最後のところがわかりません。
(A soldier cleans and polishes a gun)
「兵は銃を磨き上げる」
こんな場面はあったでしょうか?
これよ。
パイが読んでいた本。
L'ÉTRANGER?
『異邦人』よ!
あのアルベール・カミュのですか?
そう!
『異邦人』の主人公ムルソーは、ピエ・ノワール、つまりアルジェリアへの入植者だったの。
そのムルソーが「太陽が眩しかったから」という理由で、アラブ人を銃で射殺しちゃうのよね!
アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』みたいですね。
「おっぱい」じゃなくて「いっぱい」よ!
「ぱい」は「ぱい」でも「ぱい」違い!
「いっぱい」って言いましたけど…
「今日、ママンが死んだ」っていう有名な冒頭文があるんだけど、これを参考にしてフレディ・マーキュリーは『ボヘミアン・ラプソディ』の歌詞を書いたって説もあるのよ!
「オカン」じゃなくて「ママン」だからね!
『ライフ・オブ・パイ』は、イスラエルとパレスチナの物語…
歓びと悲しみに満ち溢れた、世界で最も複雑な歴史をもつ、エルサレムの物語…
だからアン・リー監督は、原作にない『異邦人』を意味有り気に出したの…
『異邦人』は、入植者がアラブ人を殺しちゃう小説だから…
うわ… 確信犯…
それじゃあ最後の4番に行こうかしら。
4番も、すっごいんだから…
あの… 深代ママさん…
のぶのぶさん、なあに?
あそこにあるエレクトーンって、動きます?
ああ、あれね。大丈夫だけど。
何か歌うの?
やっぱり『異邦人』が出たら歌っておかないと。
そうね。確かに(笑)
それでは歌います…
久保田早紀で『異邦人』…
つづく
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