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2022年J2第42節ロアッソ熊本-横浜FC「あの空を見上げて」

2022シーズンの最終節を終えても、また明日になれば試合があるのではないかと思っている自分がいる。熊本で聞いたタイムアップの笛は今シーズン42試合の終了を告げるものだとわかっていても、この土曜日でも明日は日本のどこかに遠征するんだっけ?とスケジュールを確認している。
横浜FCロスになった人もいるようだが、自分はランナーズハイのようなまだフワフワした気持ちのままでいる。待ってろJ1ではなく、このフワフワした時間を楽しんでいる自分がいる。
とは言っても、J1参入プレーオフのキックオフを迎えたら変わるんだろうなぁとは思う。あのプレーオフの苦い記憶はまだ拭えない。今年3位で終わっていたとして、勝ち抜ける保証はどこにもないどころかむしろJ1と対戦するのでハードルは上がる。それでもJ2の各クラブは上がりたいから戦う。苦しい未来が待っていても、戦いに立ち向かう男たちは恰好いいと思う。そういう現実感が頭の中を駆け巡ると、いつの間にかこのフワフワした気持ちは消え去ってしまうのだろう。

最終節が熊本でよかった

2022年J2最終節が熊本で行われることで不安に思っている方は結構いたと思う。スタジアムへの移動が当日移動組は大変。空港から直線なら車で15分程度なのに、シャトルバスでJR肥後大津駅まで出て一時間に一本程度のJRに乗り、光の森駅でのバス待ちを考えると結構面倒である。
自分は前泊組だったので、桜町バスターミナルから路線バスに乗り、総合運動公園に。とは言っても、近くに日帰り温泉があるので寄ったところ、14時から入浴可能と変更されておりガックリ。当日券販売を取りやめる程、チケットが売れており急ぎたい思いもありこれはこれでよかったのかもしれない。いつか熊本の試合がある時は寄ってみよう。

最終節、アウェイの相手が熊本でなければここまで素晴らしい雰囲気にはならなかっただろう。DAZNではきっと放送されていないであろうアウェイである横浜の選手紹介時のリスペクトある拍手は、今年どこのアウェイに行っても感じたことのない暖かなものだったのは、季節はずれの陽気のせいだけではない。マッチデイスポンサーの偉い方が、横浜への挨拶は開口一番「横浜FC、J1昇格おめでとうございます」と続く。
もっというと、試合前後の熊本サポーターが見せたふるまいは、偶々その人が特別意識が高い行動をしていたという感じではないのだ。いくつかを取り上げるが、こういう逸話は調べると続々と出てくる。スタジアムへの不安や移動の大変さはこうした話を聞くとスコーンと抜けていく。もちろんスタジアムへの足という部分では課題は残ったままではあるが、労いを感じたのは熊本だった。これも前節までに昇格が決まっていたからであって、勝った方が生き残るみたいな試合だったらまた違ったのだろうか、変わらない気もする。その位、このアウェイ熊本は多幸感に溢れていた。熊本の本当の名物温泉や赤牛や馬肉ではなく、人なんだなぁと思い知らされる旅になった。

夢の時間

この試合が現役最後の試合となる中村俊輔は、チームメイトや監督の判断でキャプテンとして先発でプレーすることになったそうだ。ということは、そういった取り計らいがないとスタメンで出場するのも厳しい状況なのだろう。実際にウォームアップから微妙に足を引きずっている。痛々しいし、実際中々ボールに絡めない部分はある。それでもボールを持てば何か起こしそうな雰囲気はある。熊本の方もその一挙手一投足を見守る感じで、この試合はまさに第42節というよりも、中村俊輔引退試合に近いものを感じていた。とにかく暖かい。温かい。

そうした空気に飲まれたのか開始早々に失点を喫する。中盤に縦パスをつけようとしたこの日先発したGK市川の左足のパスは熊本・杉山にカットされ、そのまま放たれたシュートでゴールネットを揺らされてしまう。彼はまだ夢の中にいたのかもしれない。

そこから徐々に盛り返していく横浜。相手の3バックの裏のスペースの攻略にかかる。その攻撃が実ったのが前半19分。裏へのロングボールをゼインが競り勝ち敵陣侵入。熊本GK佐藤が出てきたところで小川に折り返し、小川は難なくゴールに流し込むだけでよかった。これで1-1の振り出しに。

ただ、ここからは熊本の時間。前線からのプレスが効いて横浜は中々自分たちの形でボールを支配することが出来なかった。ただ、熊本のこの前線からの激しいプレスをどこまで持ちこたえることが出来るか。それも一つの焦点だった。

後半立て続けに熊本がゴールを上げた。後半1分、熊本・坂本が左サイドを突破して折り返すと、再び杉山の左足のシュートでゴールを許し、気落ちしたのかその1分後には後ろから出てきたボールに反応した熊本・高橋がループシュートで横浜のゴールを割り3-1とゲームは決まったかに見えた。

2点差になって熊本に余裕が生まれたのか後半9分、長谷川がボールを持って前を向くと小川にスルーパス。小川はこれを難なく押し込んで1点差に。そして、ここで四方田監督は中村俊輔の交代を決断した。

熊本のサポーターからは惜しみない拍手が、熊本の選手や監督も握手を求められる。敵や味方といった次元を超えた選手の現役最後の花道は温かい拍手に満ち溢れたものだった。

夢から醒めた夢

万感の拍手で中村俊輔が見送られてからは、まるでそれが合図の様にテンポを上げた横浜。ハイネルと伊藤翔をいれてボールのテンポがよくなった。幅を使えるようになったし、ボールを収めることも増えた。長谷川をボランチに回す新機軸を試していく。

後半運動量が落ちた熊本は、選手交代をしてそれを維持しようとするが、特に前線の高橋を下げた後、中々前からのプレスがハマらず横浜のペースになっていく。

稀代のファンタジスタがいた時間は夢の時間。その魔法の左足から放たれるボールの行方を観客全員が追いかけた。そのファンタジスタが退いた後は、また違う夢の時間。ある人は言った。「人生を生きるには、夢が必要だ」と。そう、中村俊輔が退いてもそこに立つ11人の舞台の幕は下りていない。夢から醒めた夢。1点差を追いつき追い越せるのか。自動昇格は決まった。それでも、こうした打ち合いのゲームで相手をねじ伏せてこそ、今年の四方田サッカーが見せたいと思ってきた夢だと思う。

そして、後半38分ハイネルのフリーキックが流れてきたところに待ち構えていたガブリエウがダイレクトボレーを放つと虚を突かれたのか、誰も反応できないままゴールに転がっていく。蹴ったガブリエウ本人も驚きのシュートが突き刺さり同点に。

残りの5分は横浜がボールを動かしてゲームを支配できていた。前半あれだけ怖かった熊本の勢いはもう既になかった。

届きそうで届かない

後半43分、ゲームを決めたのは横浜だった。伊藤翔が左サイドにボールを展開、山根が受けると鋭いクロスをいれ、これに反応したのがファーサイドから飛び込んだヒアンだった。DAZNやハイライトを見るとわかるのだが、伊藤翔の左へ展開したパスも熊本DFが飛び出してカットしようとしたが、ストレートのボールではなく少しだけアゲインストに曲がってカーブがかかりチャレンジして届かないとスペースを作ってしまうので仕方なくボールを持つ山根へのマークに切り替えざるを得なくなった。山根の左サイドからのクロスも、熊本DF菅田が飛び込むも届かずGK佐藤も飛び出すか躊躇したところをヒアンの一撃が熊本ゴールを貫いた。特に山根のクロスは熊本DFが下がりながら触るとオウンゴールになる可能性もあるので判断が難しいスピードのついたパス。届きそうで届かないボール。そしてそれを決めきるFW。手前味噌になるが、これが自動昇格圏に入ったチームなのだろう。シュート数もポゼッションも負けているのに、ゴールの精度で勝ち切る。

そして、直後の熊本の最後の反撃をGK市川がスーパーセーブで凌いで横浜は今シーズン最終戦を勝利で飾ることが出来た。市川は引き上げてくる際に泣いてそうだと思っていたらやはり泣いていた。先制点を許した自責の念とも市川は戦っていた。張りつめていた緊張の糸が切れたのだろう。現役最後の試合であの緩慢なプレーをしたら泣きたくなるのもわかる。が、最後の最後、同点もののシュートを弾き出したのも彼の実力だと思う。

これがJ2のクオリティに助けられたといえばそれまでだが、これをどう改善していくのかそれが来年への課題でもある。前回の昇格と同じで、J2では決定機を外してくれていたが、J1ではそれを確実に決めてくる。

横浜も優勝まで手が届かなかったのは、リーグ中盤での下位への取りこぼしや残り3試合で勝ち点2取れたらといった緩んだシチュエーションで対戦相手にフォーカスしきれなかった部分もある。また、リードされて追いかけていく時にやや引き出しが少なく時に前線に放り込みオープンな状態にさせてこじあけるやや力押しな部分も気になった。

このゲームでは途中から長谷川をボランチに回すプランも見せた。来年に向けてボランチと2列目の人材がいないが現実。守備陣もこの試合で3失点したように万全かといえば簡単には頷けない。まだ横浜もJ1のクオリティには届いていないのかもしれない。タイムアップで中村俊輔の有終の美を飾ることが出来た。それでも喜びはまだ半ば。

またあの空に戻る。それでもまた来年苦難はあるだろう。それでもそこにいなければその苦難は体験できない。暖かい熊本の地に見送られながら横浜はJ1に向かう。この日、熊本から羽田に戻るソラシドエアの便で素敵なアナウンスがあった。

待ってろJ1というより、戻らなければならない場所に戻った。これでJ1昇格は3回目。J2で下位に低迷していた時期が長く、負けても楽しめたらいいという意識から徐々に変わっていかないといけないタイミングになりつつあるだろう。何度倒されてもまた空へ。

色々書きながらJ1に上がることを実感し始めるのであった。

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