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2023年J1第22節横浜FC-ヴィッセル神戸「永い間」

後半アディショナルタイム5分、近藤がクリアしたボールが大きな弧を描いてる最中に試合終了の笛が鳴った。90分フル出場でボールを追い続けた伊藤翔のガッツポーズには、長いこと待ちわびた勝利への思いが込められていた。5月にはリーグ戦3勝と調子を取り戻したかに見えたが、6月から7月かけてリーグ戦は7試合勝利なし。天皇杯ではJFLの高知に敗戦。前節はGKブローダーセンがボールを放した隙にボールを奪われて失点し勝ち点2を失っていた。
移籍に関していえば、小川航基がオランダにナイメーヘンに移籍し、サウロ・ミネイロも祖国ブラジルのセアラーに移籍した。強力なFWが2人も抜けて決して良い流れではなかったが、リーグ戦中断のインターバルは横浜に休息と戦い方の再整理をもたらした。

セカンドボールの覇権

神戸の戦いは非常にシンプルで、左サイドバックの初瀬の大きなサイドチェンジに大迫や武藤が絡むのがベース。中央では山口が構え、右サイドバックには酒井がいる。左から始まって右で刈り取る。そうしたイメージだった。ただこの日は酒井が欠場し、神戸の右サイドの迫力は半減。むしろ前半右に構えていた武藤と大迫がポジションを変えて、武藤が最前線にいた時は中盤でタメを作られた怖さがあった。
逆に武藤はライン間で受けようとしたのが却って災いし、林、マテウスの守備でここから起点を作らせなかった。大迫のヘディングや武藤のミドルシュートもあったが、崩される回数自体は非常に少なかった。

むしろ、そこで奪ったボールをどう出来るかの部分が焦点で、ここを無理につなごうとすると相手の網にかかってしまう。そういった意味では、裏のスペースにボールを流し込みに行ったのは正解で、神戸としてはボールをそこで奪っても前線の距離はあり、ボールを放り込むとまるで壁打ちのように自分にボールが跳ね返ってくる状況にできた。

この試合では、6月頃のように前線から激しくプレッシャーをかけることはなく、横浜は神戸にボールを預けた。構えている相手にボールを蹴っても状況を変えにくいしカウンターのリスクもあり、神戸としてはゲームプランがかみ合っていなかったと思う。セカンドボールを奪ったら速攻を仕掛けた横浜は、山下、ヒアンと快足の2人でゴールを狙い続けたことが、神戸の高い位置からのプレスを回避できた。

そう、それだよ

前半23分、井上が左に流れながらマテウスにパスしてボールを下げたが、ワンツーする形で体を入れ替えた井上に縦のパスを付けた。そこでプレスに来た神戸・山口を交わすと、目の前にはスペースが広がっていた。
私は「そこだよ。空いてる」と思っていた。プロサッカー選手が4タッチもボールを触らせてもらったら、思った通りのところにボールを飛ばすのは容易い。しかもスキルフルな井上であればなおさらのこと。
「普段の僕だったらたぶん(シュートは)打ってないですけど、ああいう時間帯だったし、振り抜いた結果うまく入って良かったです。」と彼は語ったが、0-0のイーブンの状況で前半20分であればもっと狙って欲しい。相手にとって嫌な選手になるというのはこういうこと。あれだけプレッシャーがかからないのは、打ってくださいと言わんばかりだった。

右足から放たれた無回転に近いシュートはそのまま神戸ゴールに吸い込まれていった。喜びを爆発させる井上。ジャンプ一番のガッツポーズは、古巣相手だったから川崎戦でのゴールで見せたそれとは違ったものだった。本人の心中はわからないが、サポーターとしたらああいった貪欲にゴールを陥れるサディスティックな彼の姿こそ「そう、それだよ」と思ったはずだ。

猛犬、強襲

前半から神戸の良さを消して無失点で折り返した横浜は後半も優位にゲームを進めた。後半20分には、岩武のロングフィードに走りこんだ山下がボールを受けると神戸GK前川との1対1を制して追加点。
山下は、神戸・トゥーレルとのマッチアップで前半からずっと優位で、イエローカードを与えたりと正直組みやすい相手であった。ロングボールの落下点の目測を誤り、トラップ出来ずボールは自身の背後に流してしまったのも痛恨のミスであるが、スピードで勝る山下が右側にトラップして入れ替わったところで勝負あり。後ろから倒すと確実に2枚目のイエローカードを受けるのでトゥーレルはプレッシャーをかけることも出来なかった。利き足側でコントロール出来た山下は楽々と神戸ゴールにボールを流し込んだ。

なりふり構わぬ神戸、蓋をする横浜

2点差になって神戸ベンチは慌ただしく交代カードを切る。またそれに呼応するかのように対応する横浜。神戸は、大迫、武藤にリンコンが前線に君臨。数年前では考えられないような、脱バルサ化の前線だったがさすがにバランスが悪く最後には大迫が下りてクロスを上げるまでになってしまう。

横浜は概ね想定内の交代であるが、近藤が上がりすぎて裏を取られたり、三田が中盤でボールを捌くだけでなくミドルシュートを放つなど想定と違った部分はあるにせよチームとしては意思統一ははっきりしており、1トップに伊藤翔を置いたまま残りの時間は神戸の攻撃を跳ね返していった。

1つの枠を争う

ゲームはそのまま2-0で横浜の勝利。神戸が首位とは思えない内容を見せた反面、横浜はしっかりと考えられたゲームプランを遂行して内容的にもほぼ完勝だった。クリーンシートの中心にはGK永井がいた。
彼にとっては、負傷してからのリーグ復帰戦でもあった。シーズン開幕でスタメンを任されたものの結果的にリーグ戦は未勝利のまま、負傷して離脱。ルヴァンカップで復帰はしていたもののリーグ戦では活躍の場はなかった。リーグ中断で再びポジションを得て、完封劇を見せつけた。
このゲームでも状況に応じてキックを蹴り分けたりと足元の技術の高さと武藤のシュートを防いだように瞬発力が持ち味。だからと言って彼も安泰ではない。これまで何度もゴールマウスに鍵をかけてきたブローダーセンもいる。ゴールキーパーは、1人しか出場できない因果なポジション。この1つの枠をめぐる戦いは、さらにハイレベルになってほしいとも思う。
この勝利は彼にとって長い間待っていた横浜への貢献であるとともに、チームにとっても長い間喉から手が出るほど欲しかったものだった。

もう1つの枠は、残留争いである。横浜が首位・神戸を撃破したが、柏も湘南も今節では勝利を挙げた。勝ち点が離れてくれず悶々とした思いもあるが、勝ち点を積み上げることで今後は上位のチームのしっぽを捕まえられる。一つ勝って終わりではない。残り12試合、まだ予断を許さない。横浜はその1つの枠には入らない。


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