2024年J2第28節横浜FC-徳島ヴォルティス「一歩、また一歩」
岩武、J1で待つ
試合前に岩武の長期離脱が発表になった。右膝前十字靭帯損傷で8か月。リハビリなどを考えると、復帰は早くても来年の春頃だろう。契約周りはわからないが、「J1で待っている」というクラブからのメッセージは来年も契約期間が残っているのだろう。と、同時にそれは、横浜がJ1に昇格するというメッセージでもある。
近年では、靭帯損傷や断裂も必ずしも選手生命が終わってしまう負傷ではないといった楽観的な観測もあるが、選手の立場からするとその間にポジションは奪われてしまうし、年俸も多くの場合は下がるだろう。監督や編成が変われば、その後の評価や信頼性も変わる。
当然、復帰までの間で負傷した方の足の筋力は確実に衰える。サッカーでいえばボールを蹴る感触や、逆足の負担もあるだろう。そして、本当に戻れるのだろうかという精神的な不安やダメージ、チームから離れて一人でのリハビリは孤独を感じやすい。それらを乗り越えてまた以前のトップフォームに戻ってくる保証はできない。私はそんなに楽観的な見方はできない。
周りにできることは、彼が戻ってくる場所を一つ上のステージにすることだ。リハビリが毎日少しずつなのと同じく、試合も一つ一つ着実に勝ち点を重ねていくしかない。優勝だ、昇格だ、の前に目の前の試合をしっかりと勝ち取る。苦しくても勝ち点1を積み上げる。
足を伸ばしたその先に
試合は開始5分で動く。徳島のバックパスを追うユーリ。徳島は永木から森へ下げ、さらに森もバックパスをしようとしたその時に、ポジションを離して前線まで追いかけたユーリの足に当たりボールはゴールに流れ込んだ。
呆然とする徳島。歓喜に沸く横浜。先制点は横浜に転がってきた。
開始5分でリスクを求めなくてもよい場面で、徳島はやや緩慢なバックパスを選び、横浜は開始から猛然と前線からボールを狙ったその差だった。
先制してもそのプレッシャーは止まず、徳島は試合を作ることも難しくなった。この試合では前節でコンビを組んでいた岩尾も児玉も前者はコンディションで、後者は累積警告でともに不在。いきなり2枚のボランチを変えることになったことと、増田監督も「考えすぎた」と認めたようにポゼッションを意識しすぎて自分たちで勝手に苦しんでしまっていた気がする。
横浜はそれに乗じてか、前線からのプレッシャーがかかる。髙橋、小川は相手の左右のセンターバックがボールを持つと積極的にボールに向かっていく。ボールは奪えなくても、相手が出そうとするボールを阻むのは精神面で優位になる。相手に「前に進ませてもらえない」と思わせることは、さらに悪循環を生んで、ボールを下げさせることにつながる。前半徳島はボランチから先に中々ボールをつなげず、ディフェンスラインでボールを右往左往することが多かった。
膠着状態に
逆に横浜はは先制してからのボール運びが難しかった。理由は徳島がハイラインを敷いて守備をしたこと。徳島のディフェンスラインが高いので、簡単に裏に蹴るだけではオフサイドになる。増田監督の狙いとしては、横浜にボールを持たせた際にはハイラインでボールを高い位置で奪う。できるだけ横浜陣内でボールを奪って攻撃をしたい意図があったはず。奪えなくても左右のガブリエウ、福森に苦し紛れのボールを蹴らせてボールを奪回する。
それを理解した上で、相手の高い位置からのプレスをかわしつつ、どう良いボールを出すか。前線の選手に当てると一気に徳島の選手が寄せてくる。後ろに下げながら、フィールドの幅を広く使って相手の対応しないといけないエリアを広げてみたりと工夫はしているが決定機は作れない。
前線からのプレッシャーでショートカウンターを狙う横浜、ハイラインで狭いエリアに誘い込みボール奪回を狙う徳島。前半は両チームとも運動量もあり、膠着状況は続いた。
試合を決める一撃も
膠着状態は後半も変わらない。徳島は2選手を変えたが横浜はじっと耐えている。耐えているといっても、リードしておりそこまでピンチも作られていない。動く時間ではないと判断していたのだろう。
横浜は裏へのパスが通りはじめここでチャンスの数が前半より断然増えていく。
試合が動いたのは後半25分。山根のクロスに合わせたのはジョアン・パウロ。至近距離のヘディングシュートは徳島GK田中に弾かれ、徳島・カイケの足元に転がる。ジョアン・パウロはヘディングシュートを放って体勢が崩れていたが、GK田中とカイケがボールの処理でお見合いをした一瞬の隙を突いてカイケに触られるよりも早くその足元のボールをゴールに流し込んだ。これで2-0となった。
先制点のユーリの時と同じ。「一歩」相手より先に出る。たったそれだけの事かもしれないが、それが試合を左右した。
その後両チームは慌ただしく選手を交代させた。横浜はリードが広がったことで試合のクローズを目論見、徳島はより攻撃的に出るために、短時間で計7名の選手が入れ替わったが、試合としてはそれ以上動くことはなく試合終了。横浜が徳島を下した。
長崎が敗れて3位との勝ち点差は8に広がった。
アームストロング船長に寄せて
サッカー選手に限らず、一歩は小さいものだ。サッカーどころか、生活をする上で欠かせない。きっと自分が過去何歩歩いて生きてきたかなんて数えた人のほうが少ないし、数えられないだろう。
アポロ11号で月面着陸を果たし、人類で初めて月面に降り立ったニール・アームストロング船長は次の言葉を残した。
ユーリとジョアン・パウロの一歩は小さな一歩だったが、横浜にとっては昇格争いで優位に立つための偉大な一歩となった。いつかあの一歩が歴史を動かしたと語られるべき一歩だろう。
前節最下位の群馬に苦戦したように、終盤に向かって優勝争い、自動昇格枠争い、プレーオフ争い、そして残留争いはどんどん厳しくなる。どこのクラブも勝ち点3は欲しい。3がダメでも1でも積み上げたい。選手はもちろんクラブもサポーターも、総力も死力も尽くす季節がやってくる。
横浜はまだ上位の清水、仙台、山口、岡山と対戦を残している。プレーオフ圏内を目指す山形や愛媛との連戦もある。拮抗した試合になった時に、その一歩が出せるかどうか。
サポーターが選手の背中を本当に押しているのなら、1ミリを1センチに、半歩を一歩に出来るかどうかは私たち自身にかかっている。徳島戦だけでなく、どの試合でもどのプレーでもそうだ。偉大な一歩が新しい歴史を作り、そしてまた次の歴史で偉大な一歩が生まれる。
ニール・アームストロング船長の名言にいきついたところで日が変わっていた。8月25日はそのアームストロング船長の命日である。月を見上げて、偉大なる一歩に乾杯。
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