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E105: 一緒に見上げた星空

今日は20日目です

新人の頃、あまり大きなミスはしなかった。
だから先輩たちも、「この子は大丈夫」という扱いをしてくれた。何かを提案したら、基本的には受け入れてくれたし、僕はそんな感じでやっていけばいいのかなと思っていた。

でも、これがいけなかった…。

そもそも、全てがうまくいくわけがないのである。でも、そういう扱いを受けている以上、いつのまにか「なんとなく優秀な新人を演じる」ようになってしまった。

日が経つにつれ、表面上は、楽しく仕事をしながら、その裏で言いようのない孤独感に襲われた。

きっと、先輩方から見れば、鼻につくこともあったかもしれない。現に、冷ややかな視線にさらされることもあった…

今ならわかる。
自分の手元ばかり見ていないで、
もっと周りを観察してごらん…。
あの頃の自分にそう言ってやりたい。

きっと、可愛い気のない後輩だったことだろう。


そんな僕であっても
何かと声をかけてくれる先輩が何人かいた。

その中の1人、Aさん。僕より5歳年上である。

この「ちょっとクセのある後輩=僕」を、
弟のように可愛がってくれた。

「源ちゃん見てると、なんか、新人時代の俺を思い出すねん!」
Aさんはそう言って、よく笑った。

仕事で納得がいかないことがあると、ファミレスで長い時間話を聞いてもらった。
先輩というより、やっぱり兄のような感じがした。

ずっと肩に力が入っていた新人時代。
一生懸命になると、周りが見えなくなる。
「力を抜けや、源ちゃん…」
口で言ってもわからない後輩に、
最後はいつも冗談を言って笑わせてくれた。

そのまんま、夜中まで話し込み、
Aさんの家に泊めてもらい、
朝一緒にモーニングを食べてそのまま出社する。
そんなことが何回かあった。

ある日の休日、急にAさんから連絡があった。
「源ちゃん、しし鍋食ったことある?」
「え?なんですかそれ?」
「イノシシの鍋」
「ひえええ!ないですよ」
「じゃあ、今から来れる?17時15分の電車に必ず乗って、〇〇の駅で降りて。泊まる用意と動きやすい靴でな」

指定された電車に乗って、今まで降りたこともない田舎の無人駅に降り立つと、Aさんが車で迎えに来てくれていた。そもそも、迎えに来てくれないと周りは真っ暗だ。何にもない駅だった。


猪鍋というものを、その時生まれて初めて食べた。
いわゆる「けもの臭」は全くなく、Aさんの知り合い
が経営するお店で、ご馳走になった。
甘く、とろけるお肉だった。

「こういう珍しいものは、きちんとした目利きと処理ができる人がいて、その人が調理するお店に行かなアカンで。プロの味を知っておきや」


食事終えると、Aさんは、
「連れて行きたいところがある」と言って、
車を走らせた。
車はどんどん暗い山道を登っていく。
先輩、ど、どちらへ…?


さぁ着いた。ここやでぇ
え? 何もないですやん。
違う。見上げてみぃ

え? わああああああ!


そこには今まで見たことのないような
満天の星がきらめいていた…

「ここな、最高やろ? 仕事でいろいろあった時は、俺は1人でここへ来るねん。なんか、気持ちがリセットできるからな…」

「………」

「新人やから、うまくいかん時は山ほどあるよ。でも、必ず道は拓けるから…」

Aさんいろいろ「気づいてくれていた」のだと思う。

数年後、僕は引っ越しをし、
同業他社へ移った。


Aさんには、自分の携帯(当時ガラケー)をお尻のポケットに入れる癖があった。ボタンがむき出しのその携帯は、なぜかよく僕のところに誤発信した。

僕は笑いを堪えながら、
3分程度、もしもーし、と叫びつつ、
その「奇妙、かつ一方的な近況報告」を楽しんだ。

お互い、なんとなく遠慮しながら、連絡をしなくなって、あれから何年経っただろう…。



これといった理由もなく、なんとなく、疎遠になっている間に、Aさんは亡くなった…。


子どもの頃、お化けが怖かったけれど、
今はお化けでも何でもいいから、
出てきてほしい、話がしたい。  

いつ、なん時、
天国から誤発信が来てもわかるように
まだAさんの連絡先は消していないから…。

【66日の20日目】








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