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本当にやりたいことは、なかなか出来ない。 けれども。

簡単なようでいて、
『本当はこれをやってみたい』を表明するのは難しかったりすると思う。
例えば、本当は皆の前で○○をしてみたいとか、
本当はアクティブにこんな風に振る舞いたいとか、
将来的には〇〇に挑戦したいとか、

本当はそう思ったことがあるけど、
口に出来ない、無理だと思う、そもそも本当にやりたいのか分からない、いろんな「でも〜」「いやいやいや、」「なーんてね。」という言葉が口をついて出てくることはないだろうか。

実感してみてようやく分かったことだけど、
こういう、ちょっと垣間見えた「想い」を、
すぐ見なかったことにしたり、蓋をしたり、自分で茶化したりするのを止めて、まともに取り扱うことは勇気がいる。

一歩踏み出し、実現しようとすると、途端に
そのレベルで披露するつもり?
カッコ悪いよ?
これまでの経歴からして無理だよ?
と自分の中から声が聞こえて来る。

変化しないでいる方が楽だから
特に差し迫る必要性もなく過ごしていると、
やりたいことを選択するのは本当にエネルギーがいることだと思う。

だけど心のどこかで感じている
じわりじわりと。
マンネリ化、不完全燃焼、やりがいのない毎日。

溜まっている鬱憤は、自分を蝕む。
自己肯定感を下げ、自己効力感を失い、
どんどんエネルギーを奪い、
何かをきっかけに周囲に撒き散らされる。

私何にもできない。。
私だってそれなりに頑張ってるのよ!
ワガママ言わないで!

健全に生きるというのは、
興味を持ったことに挑戦し、試行錯誤し、仲間や社会から反応を受け、さらに創意工夫し、
そんなプロセスの中でら放たれる輝きなのかもしれない。

1歳になった息子を見て思うこと。
どれだけおでこに青あざを作っても立ち上がり、
手を伸ばし、尻もちをつき、全力で泣き、両手を大きく伸ばして抱っこをせがみ、満面の笑み。

恐れを知らない、輝きを放つ存在からの学び。



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