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イージー・ライフ(easy life)改名騒動とネーミング保護のあり方

こんにちは、弁理士の岡崎と申します。
今回は、商標権侵害によってバンド改名を発表した、UKのレスター出身バンド・easy lifeのニュースについて解説するとともに、商標法の観点から考察します。


事件の概要

<SUMMER SONIC 2022>にも出演し日本でのファンも多い、レスター出身のオルタナティヴロックバンド、easy life。私もバンド音楽ファンですので、予てより知っていたバンドですが、商標権侵害で改名するというニュースが飛び込んできました。
事の発端は、航空会社easyJetなどの持株会社であるeasyGroupが商標権侵害でバンドを訴えたことにあります。easyGroupは10月3日、バンドに対して下記の声明を発表し、それに対して、バンドeasy lifeもコメントを出しています。

持株会社easyGroupの声明

easyGroupが発表した【Comment from easyGroup concerning brand theft by Mr Matravers and others.】における内容は要約すると、以下のような内容です。

  • Stelios氏(easyJetの創始者)は1994年以来、イージーファミリーのブランドを生み出し、彼の投資会社であるeasyGroupは「easy」という単語の商標を含む1,000以上の登録商標を所有している

  • easyGroupは、イージーブランドを別の単語と組み合わせてサブブランドを形成する会社であり、最も有名なブランドであるwww.easyJet.com では、このブランドを使用する権利のため、収益の0.25%をeasyGroupに支払っている(その他、www.easyHotel.comwww.easyCar.comwww.easyMoney.comwww.easy-Cleaning.co.uk などのブランドも収益をもたらしている)

  • easyGroupは、需要者が混乱したりしないようにブランド管理の活動をしている。許可されていない第三者がブランドを盗用し、無料で、基準をチェックせずにイージーブランドを使用することは、easyJetやeasyHotelなどのイージーブランドファミリーを形成する正当な企業にとっても、公平ではない

  • Matravers氏(バンドeasy lifeのフロントマン)は、easyGroupのよく知られたスタイルとeasyJet機のイメージを意図的にマーケティングに使用しており、easyGroupのブランドを不当に利用するだけでなく、ブランドを損ない、easyGroupに悪影響を与える可能性がある

  • インターネットの時代に、消費者とオンラインでのクリック数の両方が競合することもあり得、私たちの www.easyLife.co.uk をhttps://www.easylifemusic.com/ から保護する必要性がある

  • easyGroupは、人々が「easy=簡単」という言葉を、普通の意味で使うことを止めようとはしておらず、むしろ売上や利益を生み出すために、「easy=簡単」という言葉が他の言葉と結びつかないようにするための行動をとっている

声明「Comment from easyGroup concerning brand theft by Mr Matravers and others. - easy.com」参考

https://easy.com/comment-from-easygroup-concerning-brand-theft-by-mr-matravers-and-others/

この主張からは、
① easyGroupが「easy+α」の保護を重要なビジネス戦略に位置付ける事業者であること
② バンドが単にバンド名としてeasy lifeを使っているのではなく、easyGroupのロゴを模倣した商品や、easyJetに似たカラーリングの飛行機が描かれたツアーポスターを使用して、ブランドイメージへのフリーライドや毀損をしている点を、特に問題視していること
③ タイトル「Comment from easyGroup concerning brand theft by Mr Matravers and others.(Matravers氏らによるブランド窃盗に関するeasyGroupのコメント)」からも感じられるように、かなり強い姿勢であること
が窺えます。

バンドeasy lifeのコメント

一方、ロックバンド、easy lifeのWEBサイトに掲載されたコメントの内容は要約すると、以下のような内容です。

  • あらゆる手段を模索した結果、私たちには良い選択肢がないと気が付き、私たちが前進するにはバンドの名前を変更する必要があると判断した

  • 私たちには裁判所で公正な裁判を受けるための資金がなく、この事態が長期化し私たちを襲っている限り、その間は作品をリリースすることができず、私たちのキャリア、そして人生そのものは止まってしまうだろう

  • 私たちは名前のない集団ではなく、この件で損失が発生した場合、その費用は個人で負担することを意味し、easyGroupは私たちの生活や、家や、すべてを奪うことができた

  • 私たち「easy life」としての最後の日はおそらく10月13日の金曜日になる

  • 私たちは本件について対抗することはできず、今後easyGroupとの法的調停期間に入る必要がある

  • 私たちの訴訟は、法改正、すべての人が正義を享受できるようにすることをめぐる対話を引き起こすのに役立つかもしれないが、そのような意見は耳を傾けてもらえないのではないかと心配している

コメント「WEBサイト内、MESSAGE FROM THE BAND」参考

https://www.easylifemusic.com/

このコメントを受け、SNS上などを中心に、バンドに対する同情の声とともに、今後もバンドを支持すると宣言するファンが多数現れました。なお、バンドは新しい名前を発表しておらず今後の活動については未定ですが、11月には最後のフィジカル盤を限定発売することが決まっています。
WEBサイトにも「SEE YOU LATER , MAYBE NEVER.」とメッセージが書かれ、かなり寂しい雰囲気が漂ってきます。

ちなみに、easyGroupが「easy」という単語を含む名称を使用したとして第三者を訴えたのはこれが初めてではなく、2018年には、コメディシリーズ「Easy」をめぐりNetflixに対してその名称の使用が商標権を侵害したと主張して、法的措置を取ったこともあります。
また、easyGroupのウェブサイトには「ブランド泥棒」というセクションがあり、知財を保護するための法廷闘争をリストアップするなど、かなり積極的な姿勢を見せています。

商標法から事件を考える

属地主義~イギリスの商標法~

商標権の効力は、権利が取得された国内に制限されており、その効力の範囲は他国へは拡大されません。この権利は国ごとという原則のことを「属地主義」と呼びます。 要は、日本の商標法に基づく商標権は日本国内でのみ有効であり、イギリスの商標法に基づく商標権はイギリス国内でのみ有効ということです。

ただ、ヨーロッパでは、国ごとで権利を認める「属地主義」が原則である一方で、もう一つの枠組みがあります。それが欧州連合(EU)です。EU加盟国それぞれは主権国家でありますが、その主権の一部を他の機構に譲るという独特な協力関係を持っていて、商標の世界でも欧州連合知的財産庁(EUIPO)という機構が設立されてています。
そしてEUIPOに対しては、欧州連合商標(EUTM)という、EU加盟国全体に効力のある商標の出願が可能です。「世界商標=世界全体で効果のある商標」が存在しない商標の世界にあって、EUTMは、属地主義の例外ともいえます。

結果、EU加盟国で権利を取得したいと思った時には、
① 加盟国で直接国内で保護される商標権の出願を行う(効力は加盟国内だけ)
② EUIPOにEUTMの出願を行う(効力はEU加盟国全体)
という二つの出願の選択肢があるということになります。

イギリスも永らくこの二つの出願の選択肢があるEU加盟国でしたが、2020年12月31日のイギリスのEU離脱(Brexit)が完了し、選択肢は①の加盟国で直接国内で保護される商標権の出願のみとなりました。以後、出願はイギリスに直接するものとなり、2020年12月31日よりも後に、登録済みのEU商標、及びEUを指定して保護された商標の国際登録の効果は、イギリスにおいて有効でなくなり、代わりに同等の英国商標がイギリス特許庁(UKIPO)により付与されることとなりました。

特許庁「英国のEU離脱(ブレグジット)による特許・商標・意匠等への影響」参考

https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/uk/brexit_202002.html

イギリスの商標保護の特徴としては、まず、審査において絶対的拒絶理由(識別力がないなど)は審査される一方で、相対的拒絶理由(類似する先行商標が発見されたなど)の場合においても、拒絶理由通知は出されず、先行商標を示したレポートが出願人へ送付されるという点があります。相対的拒絶理由に関する審査は、先行商標権・先行商標出願の権利者が異議申立を請求した場合にのみ実施されます。
また、未登録商標であっても先使用の商標は、コモンローに基づき詐称通用(Passing Off)が適用されるものとなっており、柔軟に規制されるものとなっています。

easyGroupはどこまでeasy+αを独占できるか

実はeasyGroupは、2021年に、独自に1992年から事業を営んでいたオンライン小売業者のEasylife社(easyGroupとは関係のない会社)に対し、自社の商標権を侵害しているとして裁判を起こしていますが、この裁判は『「easy」という単語は特徴的ではなく、相当数の公衆がeasyGroupの標章と間違えてEasylife社の商品を購入することはないだろう』といった、easyGroupにとって不利な判決が下されています。
その後の2022年、easyGroupは、Easylifeブランド名の使用料としてEasylife社に年間使用料を支払って、ライセンス供与を受ける形となっており、やはり「easy+α」であれば、easyGroupが独占的な権利を主張できるかというと、イギリスの商標保護制度であっても、これはなかなか難しいものだと思われます。

ただ、今回のeasy life改名騒動では、easyGroupのロゴを模倣した商品や、easyJetに似たカラーリングの飛行機が描かれたツアーポスターを使用していたとeasyGroupは主張しており、これが事実であれば、easyGroupのブランドの著名性にフリーライドしたとも取れ、バンドeasy lifeも自ら反論しにくい状況を作ってしまったともいえます。

アーティストと商標のかかわり

日本国外での事件ではあるものの、今回の事件は、アーティストが自身のアーティスト名やバンド名を保護することを考えるきっかけにもなります。例えば、グッズ展開をするときに、自分のアーティスト名と似た「ニセモノ」が出回ってしまうことで信用が傷つく場合もありますし、
既に登録されているネーミングと被ってしまい、何年にもわたって成功を収めた後にアーティスト名を変えるのは非常に苦しいものがあります。

基本的には、ユニークなアーティスト名やバンド名は、先行する類似商標がなく、他に拒絶理由がなければ商標登録できます。例えばアーティスト名「米津玄師」は、3つの登録商標があります(登録5764561、登録6144876、登録6332773)。

しかし日本では、アーティスト名等が商標登録できないパターンがあります。それは「CD」などのレコード商品を指定する場合です。
有名な判例で、「LADY GAGA」商標に関する判決(平成25年(行ケ)第10158号 審決取消請求事件)があります。
アメリカで著名な歌手であるレディー・ガガのことはご存じの方も多いと思います。
この事件は、レディー・ガガをマネジメントしている会社が、商標「LADY GAGA」について日本に出願したところ、識別性がないとして拒絶され、審判でも認められず、この判断を取り消すよう提起された裁判でした。
この裁判では、「レコード」等の商品に有名な歌手名である「LADY GAGA」を付しても、需要者は「LADY GAGA」を「商品であるレコードに収録された曲を歌唱する者」を表示したものと認識するに過ぎないから、識別力がないと判断されました(商標法第3条第1項第3号)。
つまり、有名な歌手名を貼ったところで、レコード等の歌唱者が誰なのか説明しているに過ぎず、どこから発売されているかなど、自分の商品と他社の商品を区別する力はないという判断になります。

その後に改定された商標審査基準では、「CD」などのレコード商品について、有名なに歌手名や音楽グループ名などは識別力がない(登録できない)と明記されています。

商標審査基準「第3条第1項第3号(商品の産地、販売地、品質その他の特徴等の表示又は役務の提供の場所、質その他の特徴等の表示)」参考

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/kijun/document/index/07_3-1-3.pdf

具体的には「録音済み磁気テープ」「録音済みのコンパクトディスク」「レコード」に対して示された基準ですが、その他にも、「音楽の演奏の興行の企画又は運営」「レコード又は録音済み磁気テープの貸与」なども商標法第3条第1項第3号に該当すると考えられる場合があります(但し、審査基準に明記はされておらず、特許庁の運用によって変わっている状況です)。ただしこれはあくまで、その音楽バンド名等が有名な場合だけで、有名でなければ登録することができます。

これは元々、特許庁の運用ベースでの考えであり、2012年には日本弁理士会からも運用改善の要望が出されていた賛否両論な面もありましたが、2013年に裁判所により上述の判決が出たことで特許庁の運用が支持された格好となり、審査基準にも加えられました。
賛否両論の要因として、アーティスト名が「CD」などのレコード商品に付されているときに、そのアーティスト名が「出所を識別する」のか「品質を識別する」のかによって、考え方が分かれているように思います。

ちなみに、アメリカや中国などでは、アーティスト名が「CD」などのレコード商品の商標として登録できる国もあり、この点に対する考え方は国によってそれぞれといったところです。

まとめ

ダヴィデとゴリアテ

ダヴィデとゴリアテとは、旧約聖書「サムエル記」に登場する、少年ダヴィデが強靭な戦士ゴリアテを倒し、町を守り英雄となったという逸話です。ここから、小さな者が大きな者を倒す喩えとして用いられる言葉なのですが、今回の事件でもこれになぞらえる論調も見受けられます。
商標の世界ではよく、資金力・情報力があって先登録の権利を容易に取得し得た強者「ゴリアテ」と、純粋にただそのネーミング・ロゴを自分が使用する為だけに粛々と使用してきた弱者「ダヴィデ」の戦いのように映り、弱者「ダヴィデ」に同情・応援の声が集まることが多々あります。
近年だと、AFURI商標問題も、強者と弱者の戦いのように映ったところから炎上状態になり、注目を集めた事件だったように思います(近日解説記事を投稿する予定)。
しかしそもそも、弱者「ダヴィデ」側も、商標登録を検討して、しっかり自身が使っていく商標を保護していれば、泥沼化して双方を疲弊させる騒動にならなかったかもしれません(勿論実際にはいろんなファクタが絡むものですが)。

商標について、今より一歩でも身近な存在になるよう、私も商標について発信していきたいと考えています。


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