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学校という現場

学校での働き方はさておき、僕が学校という現場にこだわりたい理由は主に二つある。

その一つ目は、この前のnoteに書いた、ただ単純に子どもたちと場所と時間を共有して、そこにしか生まれない学びに喜びを僕自身が見出しているということ。

そして、二つ目にくるのが、教育の変化は実際に現場で子どもたちや先生たちと一緒に取り組むことでしか生まれないと思っているということ。(それも長期的なスパンで)

これは何かの研究に基づいているわけではなくて、学校で過ごした肌感からきているのだけれど、同じ提案や意見であってもそれが学校の中から来ているのか外から来ているのかで、子どもたちと先生たちの受け取り方は変わってくる感じがする。

もちろん、教育が変わっていくためにはどんどん学校を開いていく必要があるとは思うけれど、この閉鎖的な性格は現実として存在している。だから、今は学校の内側にいた方が何事もやりやすい気がしている。

さらに、変化は内側から起こってくるべきものという考えがある。

変化は、「〜のために」ではなくて、「〜が」という自律的な形で実現しないと、現場において持続可能なものにはならない。だって、外の人はいつかは去ってしまって、現場のその場の人たちで続けていかないといけない時は必ずくるから。

一緒に同じサイドに属しながら、悩み・考え・試すことが大切なことのように思える。

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