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家康は偉いのか?       司馬遼太郎『城塞』

確か石平氏の文章だったか


「中国人は弱った犬が池でおぼれていたら、助けずに蹴っ飛ばしさらに追い打ちをくらわし溺れ死にさせる」


こういう主旨の文があったかと思う。それを中国人の特性であるかのように言うのはいかがなものかと思った。というのは日本人はそういうことをしないかというと、日本人の場合はこれに似た冷酷さがあるからだ。


それを描いたのが司馬遼太郎の『城塞』である。


これは関ケ原の戦いを描いた『関ケ原』の事実上の続編となる。1600年に行われた関ケ原の戦いは、東と西の豊臣方同士の争いに過ぎなかった。家康もまた豊臣家の家臣であり大老であったのだ。にもかかわらず将軍を名乗った。


豊臣方からすれば僭称したという思いであったろう。1603年のことである。


そして家康は2年ほどで将軍職を秀忠に譲り、大御所として天下を私し、豊臣家を自身の臣下であるかのような振る舞いに出る。その関ケ原から14年もの間の姿を描いたのがこの作品である。その間の家康の豊臣方へのはかりごとは凄まじい。


秀頼が再興していた方広寺の鐘には、豊臣をくっつけて、豊臣家が世の中を楽しむというようにとれる「君臣豊楽」という文言がある。これはけしからんという。さらには、家康を切り離したという「国家安康」までに至っては言語道断だという言いがかりは有名である。


こういう点はある種の日本人特有の間違いの粗さがしとして受け継がれているようにすら感ずる。


最終的に豊臣家が滅ぶのは、1614年の大坂冬の陣と、翌年の夏の陣を経てのことである。そこで家康は慶長年間から、元和に年号を改めて平和の時代をもたらしたとされる。しかし一番の政治的タカ派、戦争好きは家康の方であった。


豊臣方の拠る大坂城は東アジア最大と言われる城であった。誰か韓国人の学者で『縮み志向の日本人』なる著作を書いたものがいたが、それは一面的な見解だろう。奈良東大寺の大仏に始まり、日本人にもかなり雄大な建造物があり、その建造物に合致した野望を抱いた人々もいたのである。


「鳴くまで待とう時鳥」


と言われる家康の姿勢は、晩年になると「鳴かぬなら真綿で絞殺そう時鳥」に変わったようだ。


「家康の対大坂政略は、戦いというよりも極めて犯罪の色彩が濃く、これを犯罪とすればその犯行計画は精密を極めた」


と司馬をして言わしめるほどの極悪非道ぶりが描かれている。家康は人命を奪うことには慎重な態度があったが、人間の運命をほんろうし、嗜虐的態度でいじめるというサディスティックな傾向があったように見受ける。司馬流に言うならば「家康のむごさ」は「犯罪的智恵」によるものであり、「悪人芸の演者としては類がなかった」。


小中学校のクラスの中で、どうしてもいじめられてしまう対象がいるものだが、家康の場合は自分の手をなるべく汚さずに、そのいじめられっ子を真綿で絞殺すようなことをしたのである。


司馬は妙心寺の長老海山元珠(かいざんげんじゅ)の次の発言を書き残している。


「自分はとくに、豊臣家に縁はない。しかし衰弱せる病者に、寄ってたかって石のつぶてを投げるがごとき世間というものがゆるせない」


そう述べた彼は、誰はばかることがなく京都駐在の幕臣にすら言い放ったという。勝ち馬に乗ろうと家康に数限りなく迎合するものがいて、豊臣家を弊履の如く捨てる人々を苦々しく感じていたもの達もいたのである。
捨てる人々を苦々しく感じていたもの達もいたのである。

中国人とはそういう生き物だと恨みつらみに燃える中国民主化運動の石平氏の言葉は、何やら他人事だとは思えないのである。それは中国人や日本人の枠を超えた人間の残酷さ、冷酷さなのかもしれない。日本人の場合は個人個人でものを考える傾向が乏しいために、「空気」を「正義」と勘違いし、それが後世の人間からするととんでもない非正義にすら見えてしまう。


「石田三成が死んで正義がなくなった」こういう発言が司馬の関ヶ原にある。これは非常に深い発言だと思った。


日本人の十八番である「空気に従へ」という行動原理は、殆ど動物的な保身と紙一重に思えてしまう。空気を超えて、人間の善悪を追求する正義感とは程遠い。


確かに、どうも日本人に正義が足りないと思うことも多い。


中国が周辺の地域の民族、ウイグル族、蒙古族、チベット族、法輪功やキリスト教の弾圧や殺戮を繰り返しても、日本人にとってはどうでもいいという感覚が根強いのも、「正義じゃ飯は食えない」という徳川時代以来の思想ゆえだろう。家康こそは正義の破壊者であった。小賢しく生きよ、それが家康が残した日本人への贈り物だったのだろうか。


家康をなんとなく偉人と思い、この時代を賛美している日本人には是非読んでいただきたい作品である。

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