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選挙は「民主主義」では無い 『万物の黎明』ノート8

著者の一人であるグレイバーは従来の著作で使ったネタをこの『万物の黎明』でも繰り返しています。選挙は民主主義を意味しないという主張もその一つで『民主主義の非西洋起源について』などで展開されたものです。

民主主義(デモクラシー)という言葉こそ古代ギリシャが起源ではあるものの、プラトンはそれを「衆愚政治」と呼んで否定的に見ていましたし、ヴォルテールを始めとする啓蒙思想家たちですら、その見解を引き継いでいました。

そして、そもそも古代ギリシャのアテネでは選挙は行われていません。すべての公職者はくじ引きで選出され、任期が終わるまでに問題が生じれば弾劾裁判で罷免されました。そして有権者全員が参加する民会で重要なことを決めていたとされます。さらには、サロンや宴会などの非公式な席で支持をとりつけて実質的な支配を行おうとするものは「僭主」として追放もされるという徹底ぶりです(陶片追放)。

本書では展開されませんけれど、グレーバーの自説の中には「多数決」も民主的な制度ではないというものもあります。民主主義というものは全会一致を目指して徹底的に話し合うのが原則であって、多数決で物事を決めるのは戦時などの熟議に要する時間がないときに止む得ず使われる方法だったというのです。

そして、本書や『民主主義の非西洋起源について』の中で民主主義の実例があれこれと引かれていくのですが、ここで繰り返すことは止めておきます。ただ、日本人として付け加えておきたいのは宮本常一『忘れられた日本人』で出てくる一例です。宮本はそこで、対馬の小さな村の寄り合いの様子を描くのですが、皆の意見がまとまるまで延々と、文字通り何日も議論が続きます。宮本は村にある古文書を見せて欲しいと頼んだだけなのですが、貸し出しが決まるまでに、まる二日間村人たちは議論し続けていました。

日本全国にそうした全員合意の文化が有ったと宮本は言いません。村の権力者の一存で、すべての物事が決まっていた村落も多かったでしょうし、そもそもそうした自治権が認められていない地域だって多かったのでしょう。しかし、全員合意に基づく民主主義の伝統が日本の一部にはかつて存在し、それが残っていたことは確かなのだと宮本は強調しました。

日本の敗戦後、進駐軍の指導により戦前の権威主義的政治が否定され、普通選挙による議員の選出と多数決による法の決定こそが民主主義だという見解が日本の中に植え付けられました。現在でも、独裁国家が倒されて国連軍なりアメリカが国家再建を行う際には、普通選挙が実施されて立法と行政の責任者が選ばれることをもって「民主主義になった」と判断されています。

しかし、グレーバーは選挙は民主主義を意味していないと言い切ります。では、我々が行なっている選挙は何なのかといえば、要するに人気投票です。この見解は極論のようにも思えますが、立候補者の示す政策よりも見た目の印象で投票が行われている現実からすると、決して否定はしきれません。なにひとつ公約を実現していない政治家が再選されることもしばしばです。

それは闘いで勝負を競いあって勝者が報酬としての支配権を与えられる、ホメロスやサーガの中で描かれる英雄政治、あるいは球技の勝者が権威を帯びるという古代メソアメリカで行われていたらしき政治体制などと同じく、カリスマをめぐる競争のバリエーションに過ぎないと、この本の著者であるWDは言うのです。

そして、こうした「カリスマをめぐる競争」と「知識を管理する官僚」と「暴力を独占する主権」という3つの要素がそろったものが近代国家だったのであり、古代や先史時代に出現した「国家らしきもの」にはこの3つが揃ったものはなかったというのが、本書の国家論の主題です。

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<ノート(トピック毎)>
万物の黎明というタイトル 『万物の黎明』ノート1
アドニスの庭 『万物の黎明』ノート2
新石器革命(農耕革命)は革命ではなかった 『万物の黎明』ノートその3
パラダイムシフト 『万物の黎明』ノートその4
「よくできた社会理論」は滑稽でもある 『万物の黎明』ノート5
蜃気楼としての「未開社会」 『万物の黎明』ノート6
国家の起源を語るのは無意味である 『万物の黎明』ノート7
選挙は民主主義では無い 『万物の黎明』ノート8
ルソーとホッブス 『万物の黎明』ノート9
森に逃げ帰ったインディアン 『万物の黎明』ノート10 

<読書ノート(要約)>
『万物の黎明』読書ノート その0(前書き&目次) 
『万物の黎明』読書ノート その1(第1章)
『万物の黎明』読書ノート その2(第2章)
『万物の黎明』読書ノート その3(第3章)
『万物の黎明』読書ノート その4(第4章)
『万物の黎明』読書ノート その5(第5章)
『万物の黎明』読書ノート その6(第6章)
『万物の黎明』読書ノート その7(第7章)
『万物の黎明』読書ノート その8(第8章)
『万物の黎明』読書ノート その9(第9章)
『万物の黎明』読書ノート その10(第10章)
『万物の黎明』読書ノート その11(第11章)
『万物の黎明』読書ノート その12(第12章)

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