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021 三月一日、七尾で災害ボランティア

 下記のリンク先で予告した通り、二月二十九日、災害ボランティアのために金沢に行って泊まりました。

 今日はその次の日の災害ボランティアについて。海浜公園からバスで一時間半以上。以前は直接現地に行く運用だったらしいですが、憶測するに運転手の雇用確保のためかと。集合場所は敢えて秘しますが、拠点となる公的な施設。実は名前を憶えてなかったりする。
 その場所で簡単なオリエンテーションをしてもらい、自分に見合った作業が一番最初に示されたので、そこで即挙手。1班として早々に集められて2班以後、どんな仕事が宛がわれたか知らないのでした。
 班ごとのミーティングでは訪問先での仕事の概略とリーダー決め。以前拝見したnote通り、本当にその場で決めました。経験を積んだ強者の一人が立候補してくれました。 

 結果的に全部個人宅でしたが、午前中の三件(軒)は歩いていく場所だったので、拠点からあまり遠くは行けません。私は見ればわかる障害者だったので、一件目と二件目は被災ごみを運ぶ軽トラに同乗させてもらいました。
 私と地元の担当者は軽トラで。他にもう一人の災害ボランティアが軽トラで、残る六人が徒歩でお宅へ、だったのですが、一件目はあらかた個人でゴミ出ししたらしく、私が準備に手間取っている間に必要な作業は終わってしまいました。
 なので私の作業は二件目から。仕事量や時間でも最大なものがこの二件目。主に家財道具の搬出と落ちた屋根瓦の土嚢袋への詰め込み。私は長靴を持ってかなかったので、家屋には入りませんでした。
 実際持ってみればわかるけど、瓦は割れて手ごろなサイズになっても大きさの割に重い重い。持ってきた袋の一袋で、10kgは超えてるはず。もちろん積み込む軽トラに横付けしてもらったけど、重くなった土嚢袋を荷台の床面に持ち上げることすら一苦労。
 家財道具は一旦道路脇に出した後、もう一台の軽トラに積み込む手順。箪笥は空間があるから瓦より軽いと思うけど、とにかく嵩張る。全部詰め込めたけど、最後にロープで縛る作業をしてました。そして軽トラが二台とも仮置き場(仮仮置き場?)に行ってしまったので、三件目は私も一緒に徒歩でみんなと一緒に行ったのでした。
 三件目は個人宅の敷地を通った空き地と道路脇に、確かブロック塀と屋根瓦の欠片がそれぞれ集められていました。しかし軽トラが戻ってこないと作業が始められないので、しばし待機。
 私を載せてくれた地元の人の軽トラが来たので、まず空き地に集めたブロック塀の積み込み。私は大きいブロック塀を持ち上げるのは危険なので、やはり欠片を土嚢袋に詰め込み。重くなったのを荷台に上げるのは、今度は助けて頂きました。出来ないこともないけど、やはり危ないので有り難く申し出を受けた次第。
 今度は道路に出て同じように袋に詰め込み。そして軽トラの助手席に乗せてもらい、仮置き場に一緒に行ったのです。仮置き場での被災ごみの搬出は「上から下」への運動だったせいか、私でも苦も無く出来ました。
 そして拠点に帰って昼食、なのでしたが、前日に東京駅で買った鶏肉弁当を泊まった金沢のホテルの冷蔵庫に置き忘れてしまい、ブロックの栄養食と差し入れのお菓子で済ませたのでした。
 そして午後。今度はマイクロバスでちょっと遠出。そこでも私はちょっと早まってしまいました。休憩所で私たち1班が3班と一緒にマイクロバスに乗ると聞いたので、3班の人に着いて行ってバスに乗ったのです。そしたら今回が災害ボランティアが初めてという私を他の1班の人が心配して待っててくれたようなのです。もちろん後から来た1班の人たちに謝りました。どうも私にはこういう早とちりや自己判断をすることがままある。
 そして合同で行った午後の一件目はこの日の1班の一件目同様、殆どの被災ごみはご自身で出されたようです。残ったのは液晶テレビと何かの祭壇。祭壇は段々になってて、お雛様と違うのは縦方向に並行になってたところ。多分歴史があり、もしかしたら価値あるものだったかも知れないけど、丁寧に軽トラに積まれました。その祭壇がどこに行ったか、私は幸いにも知らないで済んでいます。拠点への帰りもマイクロバスだったので。
 本来は1班はこれで終わりの予定のようでしたが、早く終わったのでもう一件、やはり他の班と一緒に行ける人は行ってくださいとお願いされました。それはやはりブロック塀で、今度は欠片なし。
 人数がいるのでバケツリレーで積み込むことになり、私もそこに割り込んだのです。始めは目の前のブロックを渡そうとしたけど、早々と私の次の人が取っていました。しかし私の目の前にはなくなり、前の人が投げるようになってきました。私の仕事はそれを拾い上げて手渡すことになったのです。
 しかし持ち上げる時少しよろけてしまって危険と判断したので、そこからは大股になり、私の抱えた形の両腕に乗せてもらうようにしたのです。そして抱えたまま次の人に持ち上げてもらうと。
 そして10分でブロック塀のバケツリレーは終わりました。そして14:50に海浜公園行きのバスが出発。これにて私の災害ボランティア、一日だけの第一回が終わったのでした。
 感想は改めて後日。

追記
 今回全貌をお披露目したタイトル絵のキャッチコピー、私が考えた文言でマウスでの私の直筆です。実は下記のリンク先を見て、先を越されると思ったのです。

 確か能登食祭市場の取材後に考えた文言で今回いきなり開陳するつもりだったのです。でも上記の記事を読んで断片でいいから開陳する方針に、下記のnoteから変えたのでした。

 追記2
 なお今回は同じ班で現場を撮影する人がいなかったので、私も撮影しませんでした。全部記憶でnoteしました。(大塩高志)

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