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1日の1%と5000m

つい先週のこと。

友人から「これ一緒にやろうよ!」と誘われた。
それが以下の記事だ。友人というのも、この記事を書いている彼だ。

1日の1%は14.4分。
この時間を使って毎日、noteでアウトプットしないかということだった。

この話を聞いた時、純粋にすごく面白いなと思ったし、すぐさまやろうと思った。

けど、卒論に支配されている今の僕には数日の猶予が必要だった。
それで今日書き始めているのだ。

この話を聞いた時に気になったのが2点。

まず一つは、アウトプットという言葉だ。どうしてもアウトプットという言葉を使うとインプットという対義語の姿が見え隠れする。そして、新しいことを学ぼうぜ的な前向きすぎる空気感を感じざるを得ないのだ。

これは俺がひねくれているだけかもしれない、てかそうだろう。むしろそうであってほしいとまで思う。

だけど、だ。

書くことってのはそんなファストではないはずなのだ。もっとスローで、もっと深くて、もっと暗いものだと思うのだ。暗さや影と向き合えるのが書くということだという感覚がなんとなくあるのだ。
別にこの暗さや影というのは己が抱えるものだけじゃない。社会が抱えるものも含むだろう。そういうものにじっくりと腰を据えて向き合えるのが書くということではないだろうか。

アウトプットという行為が結果的にそういうものをもたらしてくれるのかもしれないが、どうも書くこと=アウトプットとはとらえたくない自分がいる。だから、今日から書き始めるこのnoteもコラムを書くつもりでありとあらゆることを書いていこうと思う。マジで卒論がヤバい日は書かないかもしれない。それでいいと思ってる。

もう一つは、14.4分という時間だ
誘ってくれた友人は約15分と捉えていたし、多くの人がそう捉えるだろう。

だが、俺は違った。0.4分をしっかりと捉えたかった。
これは秒数に直すと24秒である。

14分24秒。

これは憧れの数字だ。頑張っても頑張ってもはるか彼方に鎮座していた数字。
そう、陸上5000mのタイムに見えて仕方ないのだ。

高校時代毎日何キロも走っていた。3年間での自己ベストは16分40秒くらい。2年から3年にかけて伸び悩んだ。顧問ともいろいろあった。悩みに悩んだ時期だった。15分台にさえ届いていないお前が何を言うといわれそうだが、14分24秒は憧れの数字だ。そんなスピードで疾走してみたい。今でもそう思う。

人は14分24秒で5000m走ることもできれば、3.5kmくらいしか走れない人もいる。また別のことで能力を発揮する人もいる。

今の俺は14分24秒全力で駆け抜けられるだろうか?駆け抜けているだろうか。そんな自問自答をして第1回目の締めとしたい。気が付けばもう20分目前だ。

その1秒を削りだせ。東洋大学駅伝競走部(?)の名文句。好きな言葉だ。
来年の箱根路でも東洋大学に注目しながら、我らが江戸紫の襷が運ばれる勇姿を目に焼き付けたいと思う。
締めるといって、結局ダラダラ書いてしまった。

只今のタイム22分13秒。
また明日。

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