見出し画像

海辺

高校生の頃、オカルト系の雑誌が流行ってた。
オカルトに特化した雑誌もたくさん発行されていて、怪しげで、まことしやかな記事が沢山紹介されていた。
その中の雑誌の一つに幽体離脱の特集が組まれていた。

学校にその雑誌を持ち込んで、そういうことに興味がありそうな友人何人かと、本当にこんな事ができるのか、もしできたら空も飛べるみたいだよ。なんて、ひとしきり盛り上がった後、そこに書いてあった幽体離脱の練習方なるものを見つけて、その日から仲間内で練習する事になった。

まず足先に意識を集中して、その意識をだんだん上の方にあげていくという、いたってシンプルな方法。に、見えた。
しかし、ベットの上に横たわって実践してみると、なかなかどうして途中で邪念が入って、足先から集めたはずの意識がお腹の辺りで消えてしまう。

それでも毎日馬鹿みたいに練習していると、何回かに一度、頭の方まで集中させた意識を運んでくることができるようになった。
あとは肉体を離れた意識を連れて、外に飛び出すだけだ。

夢なのかもしれない。
ある日、いつものように、足先から膝、膝からお腹、お腹から胸、胸から頭と意識を集中して移動させていると、ふっと意識が揺れてベットに横たわっている自分を上から見下ろしていた。

いざそうなると慌ててしまって、次の瞬間ストンとベッドの自分に落ちてしまった。
いつもの自分の部屋の天井を見上げていた。

何?本当に?半信半疑ではあるけれど、それでも体を離れたという感触が残っていて、もう一度挑戦しようかとも思ったけれどなんだか怖かった。
その夜は興奮して眠れなかった。

次の日、早速学校でその話をすると「嘘だあ。」と笑われた。自分達も何回かやってみたけれど、眠くなってすぐ寝ちゃった。という話がほとんどだった。
「そうだよね、寝ぼけてたんだと思う。」と、その時は笑ってすませる事にした。

元来しつこい性格だったりするので、その夜も変わらず挑戦した。
足先から膝、そしてその上の方へ。
意識を移動させる事はすでに簡単にできる。
あとは、肉体を切り離すだけだ。
昨日の夜のように。

目を開けると、ベットに横たわる自分が見えた。
確かに浮いている。
自分の体からはほんの1mくらいだろうか。確かに浮いている。
慌てないように少しだけ動いてみる。
要は空中にうつ伏せ状態になって浮いている状態だから、そっと顎を上に上げて目線を横たわる自分から、前方に移してみる。
本棚が見える。
よく読む本は手の届きやすい高さに並べているので、普段はあまり目にしない上の段が目の前にあって、いつも見ている本棚とは違った景色に見えた。
集中して、集中して。
そうしているとやっぱり少し怖くなった。
すると意識が急に体に吸い込まれて、昨日と同じように天井を見ていた。

もう、学校では話さないようにした。
その頃にはみんなそんな練習にも飽きてきて、話は次の面白そうな話題に移っていたから。

夢なのかもしれない。
私は外に出れるようになっていた。
低空ではあるが、私の意識は空を飛べるようになっていた。
月の明るい風の気持ちいい澄み切った夜、今では家から2キロほど離れた大好きな海辺にまで行けるようになっていた。
毎晩毎晩、繰り返し繰り返し海に向かう。

意識とはいえ皮膚だと思える部分に感じる、昼間は暑かったはずなのに夜になって冷えてきた空気も、移動する事によって意識の周りに起こる柔らかな気流も、ひろげた両手の指の間を通り抜けていく風も、確実に感じられるようになっていた。

2階の自分の部屋の窓から外に出る。庭の隅にあるベルの小屋、眼下に見えるいつもの街並み、公園、小学校、海沿いに走る線路。
空を飛ぶってこういう感じなんだ。

その頃には余裕がでてきて、少しだけ高度を上げる事もできるようになっていた。
大好きな海辺にたどり着く。潮の香りがする。波の音が聞こえる。たどり着くまでにどれくらいの時間がたったのかは、あまりよくわからない。

海辺

ある日、いつものようにいつもの海岸で空中浮遊を楽しんでいると、同じように浮かんでる人影が見えた。
にわかには信じられなかったけれど、今、自分がしている事だって、自分以外の人には信じられない事なんだしと思い直して、この出会いを楽しむ事にした。

あちら側に、変な敵意などはなさそうに見える。
意を決してゆっくりと近づいていった。
同級生だった。
学校に持ち込んだ怪しげな雑誌を見ながら「みんなで練習してみようよ。」って話した中にいた1人だった。
あちらも私に気づいてニコニコ笑っていた。
空中に浮いたままの姿勢で。

「いつも来てたんだ。」そう聞こえた気がして、
「あなたも?」と頭の中で思ってみた。
「僕は最近できるようになったんだ。」と、返してきた。
彼もずっと練習してたんだ。

特別仲がいい訳でもなかったけれど、こんな状態で一緒にいると、昼間とは違う連帯感みたいなものもあってか、素直に楽しく、もっと子供だった頃のように屈託なく話しながら、いつもだったら少し怖かった海の上の先の方まで距離を伸ばしてみたりした。
2人だから怖くなかった。

しばらく遊んでいるうちに、そろそろ戻らないとと頭の中で思ったら、
「明日もくる?」と聞かれて、
「うん。毎日来てるから。」と答えた。
そして、そこまできてある事に気づいた。
お互い裸ん坊なのだ。

今まで、1人でフワフワしてたし、自分以外に浮いてる人なんか見たことがなかったから、自分がどんな格好しているかなんて気にしたことがなかった。
目の前に浮いている彼を見て、もしかして自分も?と初めて気づいた。
その瞬間どうにも照れ臭くなって、
「じゃあ、今日は帰るね。」と、慌てて家の方向に体を向けた。

明日、学校でどうしよう。
でも、思い込みが生み出した半覚醒の夢かもしれないしね。

だけど、少しだけ湿気を含んだ皮膚を撫でる気持ちのいい風も、街並みを包む優しい夜も、寄せては返す波を照らす明るい月も、照らされた波が奏でる規則正しい音も、そこから生まれる潮の匂いも、そんな五感の全てを満たす感覚を、夢だと言ってしまうにはあまりにもリアルすぎるし、寂しい。

まあ、人間の想像力って案外すごいものなのかもしれないし、普段から夢みたいな事を妄想するのも好きなタイプだからね。

「おはよう。」
気のせいかいつもより秘密めいたおはように聞こえた。
「あっ、おはよう。」
そして彼は少しだけ抑えた声でこう言った。

「一緒に過ごせるのは嬉しいんだけど、裸なのは、ちょっと恥ずかしいよね。」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?