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海辺 海からの訪問者

ある時期海辺のマンションに住んでいた。
目の前にビーチがあるリゾートマンションなのだけれど、車を使えば街中から30−40分くらいで行き来できる。
当初は2LDKの間取りだったものを、壁を全部外してワンルームにリフォームしていた。
壁がなくなったせいで海に面した方の窓は、端から端まで遮るものがなくなって、昼でも夜でも目の前のビーチがよく見える。

夜になると遠くに漁船のライトがチラチラして、あーあのあたりが空との境なんだなあとわかる。

リゾートマンションなので、投資で買っている県外の人が多く、日頃住んでいるのは私くらいなもので、後の部屋は普段は誰も使っていない。

夏休みやなんかの長期休暇の時期になると、知らない人たちがやってくる。
テラスでバーベキューをしたり、目の前のビーチで遊んだり。
子供づれの家族もいて、その時期だけはマンションに活気が戻る。
喧騒から逃れるためにこのマンションを選んで暮らしていた私でも、その時期特有の楽しげな雰囲気は好きだった。

ワンフロア2世帯の5階に私の部屋はあって、何より気に入っていたのはバルコニーの広さだ。
階段状になった建物のバルコニー部分は下の階の部屋ほどの広さだった。
真ん中の部分だけ開けて、高さのあるウッドデッキを敷き詰めて、その部分にテーブルを置いて、お休みの日などはそこでランチを食べた。

そんな日々を過ごしていたある夏の日、いいことを思いついた。
子供用のプールを買ってベランダにおこう!そしてお風呂の窓からホースでお湯を引いて露天風呂ごっこしよう。

早速、空気を入れて膨らませる直径150cmくらいの子供用プールを購入。一緒に買ってきた電池を入れたら膨らましてくれるグッズをくっつけて、待つこと数分で、かわいいプールの出来上がり。

準備万端、計画通りお風呂の窓から一緒に買って来たホースでお湯を張る。
即席露天風呂の出来上がりだ。

海に面した方のバルコニーは、どっからも誰からも見えない。見えるとしたら遠くの船に乗ってる人が、望遠鏡でも使って覗いた時くらいだ。

いくらなんでも真っ裸はとも思い、水着着用でいざ入湯。
至極極楽。空気を入れた部分のプールの縁に頭を乗っけて、大の字で寝っ転がる。
どうせ誰も住んでないし、結構なボリュームで音楽をかける。

周りにはマンションはなく、隣は夜は営業していない飲食店とその飲食店が使用する広い駐車場、反対の隣は一戸建てが一軒。マンションの後ろは道を挟んでかなり離れたところにしか建物はない。

毎日、馬鹿みたいに露天風呂ごっこをしていた。
ある日、いい気になってでかい声で歌を歌っていた。
そうしたらなんと、隣の部屋のベランダから拍手が聞こえて来たではないか。
「ウソっ、まじ?」
隣に誰かいる!

冷静に考えれば別に驚くことはない、隣の部屋の持ち主が遊びに来ていただけのこと。
しかし誰もいないと思い込んでいた私は意表をつかれて、固まってしまった。
もちろん歌は拍手が聞こえた時点で止めたわけだが、ユーモアがある人なのかなんなのか
「ブラボー、アンコール」と言いながら手拍子をしてきた。
なんだなんだ、からかってるのか?
残念ながら私は負けず嫌い。
拍手をされた時歌ってた、ヘレン・メリルの You'de be so nice to come home to.と、ブレンダ・リーのLover, Come Back to me.を何事もなかったように続けて熱唱。
恥ずかしがって、まさかそう来るとは思わなかっただろ。

次の日玄関の門の前に、6缶入りのハイネケンが置いてあった。
その日の朝早く帰っていったみたいだ。

そんな日々を過ごしていると、ある夜、眠ってからどれくら経ってたんだろう。
なんとなくどこからか子供たちの声が聞こえてきた。
なんだろう、うっすらと覚醒してきた意識の中で、海辺に面した窓の方を見た。
そっちから聞こえてきた気がしたから。
でも5階だし、どっから上がって来たんだろうと薄ぼんやりと思いながら、部屋の暗がりより、明るい月が照らす窓の方に目をやった。

そこには10人くらいの子供たちがいて、窓に手をついてこっちを覗き込んでいる。
歳の頃は5歳から12歳くらいだろうか、みんな青い線の入ったセーラーデザインの半袖の白いシャツを着て、紺色の膝まである半ズボンを履いて、青いリボンがついた白い帽子を被っている。

クスクス、コソコソつつき合いながら楽しそうに話している。
そのうちその中の5歳くらいの女の子が、同い年くらいの男の子にこう言った。
「ねえねえ、あのお姉ちゃん1人ぼっちみたいだから、一緒に連れていってあげようよ。」と。
すると、少し年嵩のお兄さんが、
「ダメだよ。あの人は一緒には行けないんだよ。さあ、行こう、遅れてしまう。」
「そうなんだ・・・残念。じゃあみんなでバイバイしよう。」
そう言って、手を振りながら消えていった。

しばらくベッドの上でぼーっとしていた。
今のはなんだ、なんなんだ。
別に怖くはなかった。ただ、その子供たちがなぜそんな状態になったのかが気になって、目が冴えてしまった。
とてもかわいい、育ちの良さそうな子供達だった。
おまけに、日本の子供じゃなかった。

海は切れ間なくつながって、地球の上を満たしている。
その水が、どんな場所から流れてきてどのくらいの深さにまで到達して、どこかの時点で別れ、また、どこかで再び出会うことがあるのか詳しくはわからない。

でも、その長い旅の間にいろいろなものを運んだとしても、おかしくはないんだろうなと思った。

懐かしい夏の日の夜の海辺の思い出。
最近ではあんまりそんな経験もしなくなった。
ただ、遠い記憶を思い返すと、その近くにはいつも海があったような気がする。


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