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ステージでは無敵【noteで文化祭】


ステージに立った記憶の最も古いのは幼稚園の発表会だ。
赤色のビニール紐を細く裂いて作った腰蓑を巻き、ハワイアンのフラダンスを踊ったこと。
ぺったんこの胸にホルターネックのようなものを着て、胴は丸見え。
そんな裸に近い格好で保護者でいっぱいのホールで踊らされて恥ずかしくて情けなくて泣きたくてしかたがなかった。

まあ可愛ければなんでもいいのだろうが。
5歳の幼稚園児でも自覚していたくらい、わたしはちっとも可愛くなかった。
このステージは悪い夢だったと記憶の底に追いやった。



しかし次のステージも悪夢だった。
それは習っていたピアノの発表会で起こった。その教室では習い始めはオルガンのブカブカという音で入り、ある程度弾けると認められるとようやくピアノの鍵盤に触らせてもらえるシステムだった。


夏休みに入るとその音楽教室主催の発表会があり、市民ホールやらを借りて大々的に演奏することになっていた。
むろん強制的に参加だ。
課題曲が先生によって勝手に選ばれ、譜面が渡される。
大抵自分の技量より少し難易度高めの曲だ。
譜面の上のオタマジャクシで真っ黒に見えるそれを見て、また泣きそうになった。
しかも暗譜である。
まず弾けなければ始まらない。
家でも嫌々練習してなんとかマスターしたとしても今度は先生の細かい指導が待っている。




そこはもっと力強く!
違う、もっと感情豊かにゆっくり〜そう、囁くように。
そしてスタッカート!音、しっかり!!



譜面通りに間違わずに弾くだけで精一杯なのにそこにあろうことか芸術的要素も盛り込もうとする先生。


無理です、コーチ!!
わたしには…わたしには弾けません!!


などと、目を吊り上げ、熱くなって口角泡を飛ばす先生に言えるわけもなく、かくして発表会の日はやってきた。
母が買ってきてくれた一張羅のワンピースを着て舞台袖に立つわたし。

次は、オラヴさん。
曲名は…

スポットライトに眩く照らされている広い舞台上に真っ黒のYAMAHAのグランドピアノと椅子。
その椅子に向かってギクシャク進んでいく。
おじきをする。
薄暗い客席から拍手が起こる。
椅子に腰掛け、息を一つ吸う。吐く。
鍵盤の上に両手を乗せて。

たらーたったった、たらーたったった〜たらたらたらーら、たたた。 

順調な滑り出しだった。
先生の求めるクオリティとは程遠いかもしれないが、なんとかここまできた。
最後の峠を越せば、あとは優しいエンディングへと曲調が穏やかになるはずだ。
そう、その調子、そして。


わたしは真っ白になった。


頭の中のめくられていた譜面が急に閉じられたかのように、わたしの指の動きが止まった。
自分でもわからない。
どうしてこうなったのか。
ただあいかわらず鍵盤の上に置かれたままの動かない両手をじっと見ている。


次の音が思い出せない。


この時、わたしより客席に座っていた母の方がいたたまれなかっただろう。
微動だにせず、時が止まったかのような娘をただ観ているしかなかったのだから。
客席から咳やざわめきが波のように静かに起こる。


わたしはなぜか冷静だった。
考えろ。落ち着け。
ここを乗り切る為にどうしたらいいのか。
終わったフリをしてこのままソデに引っ込むか。
いや、無理だ。
それじゃ格好がつかない。
やはりなんとかして適当にでも弾いて終わらせなくては。
そう、これは曲を忘れたんじゃなくて『間』だ。この『間』を生かす演奏をしよう!!



アドリブ。
わたしは最も高度な技術が必要なことをやろうとしていた。


なんの考えもなかった。
とりあえず、バーンと鍵盤を叩くようにしてみたが、ドラマティックな和音にはならなかった。
それならばと、もう一度頭に戻ってみた。
たらーんたったった。
指がようやく動き出す。
もはや楽譜などはあってないようなものになった。
もうなんの曲なのか誰にもわからない。
完全なオリジナルだ。
わたしはとりあえず自分の指の運びに賭けた。
たらーんたったったたーん、だーん。
音が静かに空間を震わせ、やがて見えなくなるように消えていった。
おそらく譜面を2ページくらい吹っ飛ばしていただろう。


おわった。


会場内に安堵の溜息が漏れた。
会場から少し大きめの拍手が起こった。
わたしは立ち上がるとお辞儀をして舞台ソデに向かって歩き出した。
そこには複雑な顔をした先生の、八の字眉に下がった、ほっとしたような曖昧な笑顔があった。


演奏会はひとりひとりカセットテープに録音して渡されることになっていて、わたしにそれを渡した先生はよく頑張ったねと声をかけてくださった。
ただそれを聞き返すことは二度となかった。


ステージ上であれほど冷静に自分と向き合ったことは後にも先にもその時だけだ。
良い経験になったと思う。



小3のわたしはあの時たしかにステージ上で無敵だったのだ。



やふーさん!
長くなりすぎてごめんなさい🙏
とても楽しかったです❣️
もう思い残すことはありません。
ありがとうございました😊

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