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心の暗い部分に寄り添えるのって、きっと前向きな言葉だけじゃない。

※この記事は、決して自殺を推奨・助長する目的で書いた訳ではありません。
そのことを念頭に置いた上で、一つの考え方としてお読み頂けますと幸いです。
また、この時点でご不快な思いをさせてしまうことがありましたら、こちらで記事を閉じて頂くことをお勧め致します。
何卒宜しくお願い致します。


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「自殺なんてしてはいけない」、「残された人の気持ちを考えるべき」、「生きたくても生きられない人もいる」。

「自殺」とか「自死」というものに対して、世間一般的に大きく取り上げられるのはこういう考え方だと思う。
かつてのわたしもそう思っていたし、この先の人生経験によってはそういう風に考えるようになるのかもしれない。

だけど、休職しているわたしをいろいろな面で支えてくれている家族がいるのに、と罪悪感を覚えつつも、こう思ってしまう自分がいるのだ。
「人の生き死になんて、他人が口出しできることじゃない」。

だからこそ、この台詞に共感するのだろう。

「……なんで他人の為に生きなきゃなんねぇ
命まで縛られて……」
「生きるも死ぬも選べねぇ
この世にはそれ位の『自由』もねぇのかよ!?」

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上の台詞は、柴宮幸先生の「呪い子の召使い」というマンガに出てくるものだ。
このマンガの世界には、「呪い」と呼ばれる不思議な力を持った「呪い子」という人たちがいて、その「呪い」は、持っている本人にも周囲の人間にも多大な影響を及ぼす。

主人公のレネは、何があっても絶対に死ぬことがない「不死の呪い」を抱えて生きてきた。
大きな岩が頭を直撃しても刃物で刺されても死なないレネを人々は気味悪がり、その度に仕事をクビにされては職を転々とする日々。
そんな彼女がひょんなことから仕えることになったのは、触れたもの全ての命を奪ってしまう「毒の呪い」を持った王子、アルベールだった。

そして、件の台詞が出てくるエピソードで、二人は「炎の獣が災いを振り撒く」という噂が立つ領地を訪れることとなる。
そこで二人が出会ったのは、言葉遣いや振る舞いこそ粗暴であるものの、心根は優しい少年、フーだった。

ところが、その彼こそが「炎の獣」の正体だったのである。
炎の呪い子であるフーの力に目をつけた領主が彼の力を利用して村を燃やし、災いを避けたくば税金を多く払え、と住民に重い税を課していたというのが噂の真相だったのだ。

奴隷市場に売りに出されていたところを領主に買われ、私利私欲のために利用され続けたフー。
その全てが、彼が「炎の呪い」を持っていることによるものだった。
そんな彼の境遇が、冒頭の台詞に繋がったのだろう。

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生きたい時に生きて 
死にたい時に死になさい
価値はあなたが決めるものよ

これは、カンザキイオリさんが作詞・作曲を手がけた「エミリーと15の約束」の歌詞の一部である。
この曲を初めて聴いた時、わたしはとてつもなく衝撃を受けた。
20年近く生きてきて、「生きることも、死ぬことさえも、どうするか決めるのはあなただよ」なんて言うような人間は周りに一人としていなかったからである。

だけど、それと同時にどこかホッとしている自分がいるのも事実だった。
自分の人生を他人が代わって生きることは絶対にできない。
だったら、その人生を終わらせるタイミングだって自分で決めることもできるという考え方もあってもいいのかもしれないな、と。

決して、大衆的に受け入れられる考え方ではないと思う。
だけど、こういう考え方に心を救われて、幾度も消えてしまいたいと思いながらもここまで生きてきたわたしのような人間もいるのだ。

人の心を照らすのは、夏の日差しのように明るく眩しいものだけではない。
夜空に輝く星のような、淡くささやかな光だって、心の暗い部分に灯りを燈すことができるのではないかとわたしは思う。

——心の暗い部分に寄り添えるのは、きっと前向きな言葉だけではないはずだ。
ともすれば闇を孕んでいるからこそ、誰かを救うことができることだってあるのではないだろうか。


呪い子の召使い
https://www.hakusensha.co.jp/comicslist/57807/
エミリーと15の約束/majiko
https://sp.uta-net.com/song/269436/


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