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MONOの話 #1 『鼻腔拡張テープ』

 はじめまして。今月からこちらのスペースでお世話になります。お昼の春菊と申します。連載テーマは「物(モノ)」です。毎月、自らにまつわる1つの物について書いていこうと思います。憧れの雑誌にお邪魔するので緊張しますが、張り切って書かせて頂きますので何卒よろしくお願いします。

さて、第1回のテーマの「モノ」ですが、今回は…


「鼻腔拡張テープ」の話。


皆さんはご存知でしょうか?ドラッグストアなどで売られている、文字通り、鼻の上に貼る事で鼻の穴を拡げて鼻呼吸を楽にしてくれるテープです。


(商品イラスト画像)(※後日差し込み)


15〜20年前にはなかった物ですが、今では大概どこの店に行っても置いてある定番商品ですよね。いびき防止や花粉症による鼻づまり対策、また薬が飲めない妊婦さんの妊娠性鼻炎なんかにも良いやつです。強いバネみたいなのが入った固いビ〜ンとしたテープを鼻の上に貼り、テープがビ〜ンとなろうとする力で鼻の穴を拡げるパワープレイなアプローチの商品です。

かくいう私は、物心つく頃から何故か24時間常にどちらか片方の鼻が詰まっていて、片方の鼻の穴で呼吸するという状態でこれまで人生を過ごしてきました。その法則性も未だよくわからず、大体2時間おきに左の鼻が詰まったら今度は右が詰まって、今まで詰まっていた左が開通するというような感じです。特に困るのは右の穴の呼吸パートになると少し息苦しいという状態で、悩みという程でもないけど不便に感じていました。

ただ、人生において誰かと「鼻を付き合わせて鼻の話をする機会」もなかったので、それが普通でみんなそうなのかな?ぐらいで、特に生きるのに困るというわけでもないので気にせず暮らせていました。

そこにある日、登場した「鼻腔拡張テープ」によって”実は自分は呼吸がしづらい人間だったのだ”と気付かされたという皮肉。鼻皮肉です。



さて、ではそんな私が発売されてすぐに商品に飛びついたか?というとそうではありません。実際、使い始めたのは去年です。

「鼻腔拡張テープを使ったとして、これから一生買い続けないとならなくなるのでは?」「せっかくタバコもやめたのに、また呼吸産業にコンスタントにお金徴収されるのか?」という思いもあり、存在を横目に見つつ(横鼻で呼吸しつつ)(それ要る?)買わないで過ごしていました。それは人間としての意地みたいなもの。

ただ、体重が増加したのが原因なのか、微妙に右鼻パートでの呼吸のし辛さが年々増してきている感じがして、つい「まあ、1回だけ試しにやってみるか」と特に特別でもないある日、私はほんの軽い気持ちで鼻腔拡張テープを試すことにしたのです。



貼ってみて驚きました。よく視力の悪い子供が初めてメガネをした時に「僕が生きていた世界はこんな世界だったんだ!空は輝き、花は色鮮やかに、水面は美しく、ああ、なんと世界は魅力に溢れているのだろう!」と感動するのと同様に、私も鼻で新世界を感じました。

しかし、こちらもそれなりに経験を積んだ大人です。先に懸念したように、じゃあこれを買い続けるのか?呼吸を助けてもらい続けるべきなのか?否、これは癖になってはいけない、と思い直し「これは風邪をひいた時など特別な時にだけ使おう」、そう考えて購入した20枚入りの箱を薬入れBOXに投げ入れ、そのまま使う事なく数日を過ごしました。



無限地獄に足を踏み入れるキッカケはほんの些細な事でした。或る、お酒を飲んで帰宅した日の夜。その日の楽しい会話の余韻に浸りながら、今夜はぐっすり眠りにつこう、そう考えて布団に入りました。恐らくお酒で浮腫んでいたのでしょうか。自分でも気になるくらい「フーン!フーン!」と鼻呼吸が苦しいのです。しかも運悪く、その時は右鼻パートの時間。

最初はほんの思いつきでした。「あ、そういえばこのあいだ買った、鼻腔拡張テープがあったな」と。貼ると1回目と同じく、いや、浮腫んで息苦しかった分、1回目よりも爽快で、その夜は朝まで1度も寝苦しさで目覚めることはありませんでした。



そこからはもう、止める事など出来ませんでした。最初は週に1回だった拡張テープが3日に1回になり、あっという間に2日に1度、毎日、と気がつくと20枚入りの最初の箱がすぐに空になっていました。

私はすぐに新しい箱を買いに行き、そしてすぐさま使いました。もうこの頃には家にいる間は常につけている状態になり、つけていないと不安。時に鼻腔拡張テープをつけていない夢を見て飛び起きる事までありました。

日中、さすがに人と会う時につけている訳にもいかず、しかし、ふとした時間に考えているのは常に鼻腔拡張テープの事であり、気がつくとテーブルの上のコーヒーがこぼれていることもありました。自分がしている貧乏揺すりの大きさにコーヒーが溢れるまで気がつかなかったのです。



…いつからだろうか。俺は今買った鼻腔拡張テープの箱を開けた瞬間から、なくなる不安でもう次の鼻腔拡張テープの心配をするような生活になった。

パッケージの使用用法・用量の注意書きにも「10時間以上使用しないでください」と書いてあるが、そんなのは御構い無し。剥がした後に鼻に跡が付くのも、もう何も思わなくなった。昼間は警官に呼び止められないよう、鼻は隠して歩いた。

特定の売人から買うようになった。同じ中毒者からネットのレビューで信頼できるという情報を得た売人だ。恐らく偽名だろう。マツモトキヨシという名で知られる男だ。漢字はどう書くかわからない。

マツモトはとにかく質のいいテープを売ると評判だ。白だけでなく肌色のものや、バネの感じが強いものや、女・子供用サイズのものなど手広く商売してるやり手だ。(子供相手にまで売るとは容赦ないがこちらも相手を選んでられない。背に腹は変えられないのだ。)

俺は今ではすっかり重度の常用者に成り下がっている。マツモトに要求されれば何でもしてしまうだろう。ポイントが付こうが付くまいが買うし、長いレジも待つし、値段が上がっても買うだろう。そんな自分を嫌悪しながらも拒否できないのだ。親兄弟、愛する恋人にでも俺はきっと鼻腔拡張テープを勧め、時に強要するだろう。俺はそんな人間だ。



…という事で、まだ「鼻腔拡張テープ」を使ったことがない方に私が言いたいのは、鼻腔拡張テープはとっても良いですよ、ということです。



※この原稿は2014年3月号〜11月号に掲載用に
自主的に書いたものに大幅に加筆修正したものです。

※この原稿は、万が一、マガジンハウス編集部から雑誌『POPEYE』への連載依頼が来たら提出しようと思ってたけど、来なかったから書いてどこにも出してないやつを載せたものです。趣味です。全6回分あります。


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