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女騎士と禁忌の村 1話

あらすじ

王都の近衛騎士団に所属しているベティは、王都から馬車で走ること三日はかかる村、フィールディングの駐屯所に赴任することとなった。
静かな村に穏やかな村民。食べられる食事は全て新鮮だが、たったひとつだけこの村で滞在が決まった際に上官から告げられていた。

「この村で一年間駐屯した後、全ての記録を破棄してから帰還すること」

不思議に思っていたところで、村はずれに住む魔法使いから、信じられない話を聞く。

「この村をつくった領主は処刑されたんですよ」

禁忌に染まり、王都から監視を受け続ける村。
ベティはなにも聞かず、なにも知らず、なにも語らずにこの一年間をやり過ごすことができるだろうか。


 馬車が揺れている。
 王都から出て、既に三日は経過している。華やいだ都会の風情はすっかりと鳴りを潜め、馬車の窓から見る景色は、暗い森を抜け、開け放たれたのどかな草木の揺れる道を進んでいた。

「ずいぶんと長いことかかるんですね」
「ええ。フィールディングは王都からかなり離れた場所ですからねえ」

 御者は三日間、最低限の食事と水で走っているのだから、それをベティは申し訳なく思いながら見ていた。
 普段であったら王都近衛騎士団の正装である真っ白な鎧を付け、マントを靡かせているところだが。今回は長旅になるために鎧は一旦外して荷物にまとめている。その代わりに腰には剣を差し、乗馬ブーツはきちんと履いたままだった。

「それにしても、騎士様もあんな辺鄙な村に赴任ですか」
「はい。一年になりますね」
「長いですねえ。あれだけなにもない場所ですと、一年はかなりの長さになりますよ」

 そうだろうか、とベティは思っていた。
 御者からしてみれば世間話として言っているのだろうが、ベティは今回の赴任の話は不可解なことばかり聞いているため、いったいどういうことだろうと、何度質問を重ねても訳のわからないことしか言われなくて困り果てていた。
 王都近衛騎士団。
 名前の通り、本来は王都の治安維持を努めるための騎士団であり、ベティもそこで働いていた。王都の近衛騎士と言えば、治安もいいし安全だろう。そう思われがちだが、場所によるとベティは思っている。
 下町になれば、貧民をいじめる成金のせいで酔っ払いや薬中毒が溢れ、騎士が介入しなかったら怪我人死人が後を絶たない。
 貴族邸の多い場所になれば、それぞれ領地を持っている貴族たちが、自分たちの騎士を連れている。定期的に様子を見に行かなかったらなにかと厄介事が起こるし、訳がわからないまま物言わぬ死体になった同期など、それなりにいるのだ。
 王城勤めだってそこまで安全ではない。国に抗議するために、遠路はるばる押しかけてくる者たちから王族を守らないといけないし、時には毒やら呪いやらに巻き込まれて宮廷魔法使いのもとに担ぎ込まれることだってある。
 ベティは下町の治安維持のための見回りが一番性に合っていた。彼女自身も代々貴族の家の人間とはいえど、下町の学校に通い、権力闘争と無縁な生活を送っていたのだから、ここの荒んでいても活気に溢れた空気が一番美味かった。
 そんな中、唐突に赴任の話が来たのだ。

「ベティ・ガードナー。君にはフィールディング駐屯地に一年間赴任してもらう」
「……一年ですか?」
「そうだ」

 それに目を瞬かせて困惑していた。
 一見一年赴任は長く聞こえるが、騎士からしてみればむしろ逆である。一年はあまりに短い。新しい駐屯地に慣れるのに一年、地元の自警団と共同戦線を張れるようになるまでさらに一年はかかる。時折起こる災害や事件の解決のためには、地元の人間との協力が重要なのだし、治安維持のためにも王都から来た人間とやっかみを受けぬよう、敵意がないことをアピールするには、一年はあまりに短過ぎる。
 なによりも、フィールディングに赴任した者たち、赴任した者たちは、皆困った顔をしているのだ。

「仕事の関係上、なにも言えない」

 そう言って全員口を閉ざしてしまう。
 もちろん、任務中のことは守秘義務なのだから、上から「他言無用」と命令されればそれまでなのだが、なぜかフィールディングの様子のことまでなにも教えてもらえないため、近衛騎士団からしてみれば、「得体のしれない赴任先」という噂が付きまとっていた。

「ベティ、君もとうとうフィールディングに赴任が決まったんだって?」
「ええ。三日はかかる場所だって聞いた」
「そりゃご苦労なこった。ど田舎らしいしな!」

 壮行会を開いてくれたものの、男女比が四:一の場所なため、大変下世話な話が飛ぶ。

「男勝りのお前をもらってくれるような色男がいるといいな!」
「別に一年かかって恋人をつくるような場所でもないでしょ」
「でもあの辺りって、美男美女の多い領地じゃなかったか?」
「そうなの?」
「あの辺りじゃ金髪碧眼の美男美女の産地って言われてるからなあ」

 それには少なからずベティはときめいた。
 面白みのない黒い髪に、王都だと大して目立たない緑色の目。癖毛をかろうじて夜会巻きにしてまとめている彼女からしてみれば、貴族階級でも滅多に見ない金髪碧眼へと憧れくらいは持ち合わせていた。
 それにカラカラと笑われる。

「そこらの騎士より強い女だから、腕っ節で口説けばなんとでもなるだろ」
「それは脅迫でしょうが。守護対象を脅迫してどうするの」
「家庭ってえのは、女が強いほうがよく回るんだよ。強さをアピールしたら皆ときめくだろうが。素敵、ベティ抱いてって!」
「この酔っ払いが!」

 皆が皆、エールが酔っ払って下手くそな口笛を飛ばす。
 それをベティは鼻で笑いながら、自分もおいしくエールを飲み干した。王都はエールが有名だが、しばらくは王都名物エールともお別れだ。
 荷物をまとめつつ、上官から言われたことを思い返した。

(でも……本当に今回の赴任は変な話だ)

 任務であちこちに出向したり赴任したりするのは、そこまで苦ではない。それが王都の平和に役立つなら。
 ただ、今回はどうも要領を得ない内容の上、既に同じ場所に赴任したことのある面子がなにも教えてくれないので、任務の詳細がちっとも掴めないのだ。

「フィールディングの任期は一年。その間、一切恋愛することなかれ。フィールティングの任期内の出来事は一切公表するなかれ。フィールディングで起こった報告書は、向こうの駐屯地から鳩で受け取る。報告書を持って帰ることなく、速やかに破棄すること。あちらでの出来事は決してまとめることなかれ」

 これだけ情報規制を敷かれた任地というのは、ベティも初めてだった。
 念のため騎士団付属の図書室で地図を確認したが、取り立てて特筆するような内容は書かれていなかった。
 フィールディングは元々は領主となる貴族がいたらしいが、貴族が失脚して以降はその土地の権限は全て王都が吸収し、以降王都から騎士を派遣して管理している。一応村長がいて取りまとめているため、騎士団がやることは本当に警備だけらしいが。

(そりゃ王都所持の土地だったら、定期的に様子を見に行くこともあるんだろうけど……ここまで情報規制されていると、なにがなんだか……)

 寒村という訳でもないらしく、普通に商人は七日に一度は顔を出して、物を売買して去って行く。
 そもそも守護対象と恋愛するななんていう命は珍しくもなんともない。騎士と貴族のロマンスなんて、爵位持ち同士でもない限りまずありえない話だから、当然といえば当然だが、なぜかわざわざ厳命を受けている。

(訳がわからない……)

 一応下調べをしてから、馬車に乗って出かけることになったのだ。
 辻馬車に乗ること三日。わざわざ辺境の村に出かけるのはベティただひとりだけだったらしく、残りの客は皆残っている中、他にしゃべる相手もいなく、ただベティと御者がしゃべっていた。
 御者から聞いた話も、ベティが下調べした以上の内容は聞き出すことができず、ますますもって、どうしてここまでなにも教えてもらえないのかがわからずにいた中。

「ああ、見えてきましたよ。あそこがフィールティングです」
「ほお……」

 ベティは声を上げた。
 大きな川があり、その川にかけた橋を馬車は渡っていく。その橋の終わった先。
 広々とした花畑が広がり、レンゲ畑には箱が何個も置かれている。

「今がちょうどいい季節でしたねえ。緑肥です」
「りょくひ?」
「レンゲを植わったあとは作物がよく獲れるらしくって、こうやってわざとレンゲを這わせてるんですよ。ちょうどレンゲが見頃でしたね」

 赤い花が咲き誇り、そこを蜂が飛び交っている。
 どこをどう見てものどかな光景であった。

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