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女騎士と禁忌の村 4話

 駐屯所で歓迎会は質素に行われた。
 全員一年間の赴任なため、引継ぎ内容はそこそこに、あとは食事とおつまみだ。
 ここで出された料理は、不思議となにもかもが美味い。
 出されたパンにはちみつをたっぷりと塗ったもの、チーズとハムにもはちみつを使うし、中には蜂の巣を丸ごと出され、それをベーコンと一緒にカリッと食べると、甘みと塩気でいくらでも食べられた。

「……おいしいです」
「そうそう。ここは養蜂で賄っているから」
「酒もはちみつ酒だし、結構いけるだろう?」
「はい……はちみつ酒はもっと甘ったるいかと思っていましたけど、すっきりした味わいでおいしいです」

 出されたはちみつ酒はもっとくどくて濃い味がするのかと思ったら、意外なほどにさらっとした舌触りで喉越しもいい。
 これからしばらくこの村に滞在でなかったら、もっと飲みたかったところだが、ベティは一杯で我慢することにした。代わりに水差しの水を汲んでそれを飲みながら、野菜のハーブ焼きを食す。

「昼間に魔法使いのテレンスさんに会いに行きましたが……」
「あー……あの風変わりな?」
「皆さんも会いに行ったんですか?」
「行った行った。大概は村人に警備以外であんまりかかわるなというものだった」
「まあ……村人を見てたら、テレンスさんに言った気持ちもなんとなくわかったよ……」

 そのひと言に、ベティは首を捻った。

「私も村人というか、村の小さな子に会いましたけど。それが?」
「……この村、王族のご落胤を囲ってできた村じゃないかって噂があっただろう?」
「……まあ」

 実際に金髪碧眼は貴族でも滅多に見なく、市井でもそれらの美貌は貴族に認められたら養子縁組して召し上げられるのだから、稀少価値が高い。
 だから村ひとつが丸々金髪碧眼で容姿端麗だというのは、まずありえないことだった。

(あんな小さな子まで、あれだけ綺麗だったら、もしこの村を通りかかった商人がいたら養子縁組に申し込まれそうだが……もしご落胤ならば面倒なことになるから止められるんだろうな)

 そうひとり結論付けていたら、先輩騎士たちが続ける。

「この村には娯楽がないせいか、余所者が来たらすぐに家族ぐるみでもてなされるんだよ。中にはそれでこの村に所帯を持つんじゃないかってくらい、村の人間に入れ込む者も出てくるが……」
「……あれ、でも私たちはこの村赴任の際、絶対にここで恋愛沙汰を起こすなと言われてますよね?」
「赴任先で子供ができたとして、王都に連れ帰ったら問題だろうしな。王族のご落胤なんて。面倒ごとの種にしかならない……まあ、それだけだったらいいけれど。ここの村、大きさを確認したか?」
「……今日赴任してきたばかりで、まだ村を歩いてはいませんから」
「ああ、そうか。なら言うけれど、この村。少々民家が少な過ぎないか?」

 そう言われて気付いた。

(そういえば……この村、あちこちで養蜂したり畑を耕されたりはしているけれど……土地の大きさの割に人がいないような。それにフィールディングに降りる人だって滅多にいないし、辻馬車もここに降りたのは私たちだけだった……)

「そういえば、フィールディングで所帯を持つほど、村人に焦がれた方はどうなったんですか?」
「死んだ」
「はい?」
「死んだよ。ただ、ここで起こった出来事は基本的に書くことは禁じられているし、報告書も定期的に破棄されている。どうして死んだのかは、こっちだって見ていたけれどわからないから、来た面々に口伝えで教えるしかないんだよ」
「……待ってください。騎士が、ですか?」
「ああ」
「……村人はどうなったんですか?」
「それが、村人も一緒に死んでいるんだよ。訳がわからない」

 それにベティは胸中に疑問が渦巻いた。

(でもそれって、おかしいんじゃないか? いくらご落胤とはいえど、この村は王都の所有物のはず。その中で殺人が起こっているのに、それを報告書に残すことすらできない?)

「事件を調べることはできなかったんですか?」
「調べるなと言われているからな……隊長も近々替わるし、俺たちもあと三か月と少しで交替だ。それまでに、何事もないといいんだけどな」

 先程まで、大量のはちみつ料理で浮かれていた。甘くてしょっぱくておいしいものが並べられ、酒も美味くて浮かれていたが。
 アルコールで体温は上がっているはずなのに、体が冷えて仕方がない。
 ベティは気が重くなりながらも、歓迎会が終わってから与えられた寄宿舎の自室に向かっていったのである。

****

 気が重いながらも、ベティは日が出る直前に目を覚ますと、もぞもぞと着替えて村の散策に出て行った。
 あちこちに置かれている巣箱。まだ蜂の飛び交う羽音がしないということは、蜂もまだ寝静まっているのだろう。
 フィールディングを取り囲む森の中からは、ときおりホウホウと鳴き声が響く。テレンスに会いに出かけたときは見かけなかったが、もしかするとフクロウも生息しているのかもしれない。
 村は少し早歩きで回れば、すぐに回れるほどの大きさしかなかった。

(こんな大きさの村では、きっと税の取り立てだってできないし……本当に箱庭のような村だ。フィールディングは)

 昨日聞いた話が頭を掠め、ベティは気が重くなる。

(……歓迎会だからと、新入りいびりのために脅かされただけならよかったんだが。それにしては……)

 まだベティは村で畑仕事をしているにしては、やけに日焼けもそばかすもない少女を頭に浮かべる。

(王族の落胤をこの村で囲っているなら、この村のことを外に漏らすなという意味もわかるが……村人と赴任してきた騎士が殺される意味がわからない……)

 そしてそもそもの問題として。この村自体は元々貴族の領地だったはずなのだが、王都で見た記録によると、その貴族は身分を剥奪され、領地も没収されている。この村も押収された領地の一部分だったはずなのだ。
 王族の落胤を隠すだけで、そんな大がかりなことをするんだろうか。

(ますますわからないな……この村のなにが漏れたらそんなに困るんだ?)

 だんだん日が昇ってきて、真っ暗だったフィールディングの小道にも柔らかな朝日が降り注いできた。そのとき。

「おや? 見慣れない騎士様ですね。もしかして先日赴任が終わって帰られましたから、新しい騎士様でしょうか?」

 やけに丁寧な口調の男性に声をかけられ、ベティは振り返った。そして思わず凝視してしまう。
 朝日に照らされた髪の色は神々しく、こちらを見つめる瞳は優しい。村人の簡素なシャツとスラックスだというのに、貴族の散歩のようにも見えるのは、それだけ見目が麗しいせいだろう。
 畑仕事に携わっているにしては背丈もあり、細身だがしっかりしている。

「……あなたは。私は先日赴任してきました、ベティ・ガードナーと申しますが」
「おや、これはこれは丁寧に。俺はデニス・ベヴァンと申します。この村の自警団のリーダーを務めています。騎士団の皆様には大変にお世話になっておりますよ」

 そうにこやかに言われた。
 落ち着いた声は、王都でたびたび通っていた教会の神官を思わせ、優しげな佇まいはそれこそ少女小説に描かれる騎士のように感じる。

「この村の人間に恋をしてはいけない」

 王都を離れる前に上官に言われたことを危うく忘れかけるくらいには、デニスは理想の王子の姿を取っていた。

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