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女騎士と禁忌の村 16話【完】

「同じ人間って……」

 その言葉に、ベティはひやりとしたものを覚える。
 同じ顔。デニスとクラリッサは性別が違うだけで同じ顔立ちをしていた。
 ただでさえ金髪碧眼は王族やそれに連なる貴族にしか存在しない色。それに加えて、日焼けに弱い真っ白な肌。
 それに他の騎士が困惑の声を上げる。

「待ってくれ。同じ人間って同じ顔だからか?」
「違うよ。彼らのベースは錬金術師に依頼した貴族のもの。錬金術師は彼を元に子をつくることに成功し、貴族邸に渡した。それだけだったら、錬金術師がどれだけおそろしいことをしたのか露呈しなかったが……彼は結婚相手の血を乗っ取り、完全に同じ人間をつくりはじめたんだ。性別は変わる。でもそれ以外は皆同じ人間を……宮廷魔術師がたまたま出向先で見つけなかったら、このことには誰も気付けなかった」
「たしかに同じ顔だけれど……」
「血を乗っ取られるということはね、たとえるならベティとデニスが結婚して子を成した場合、まず間違いなくベティの黒髪は引き継がれることなく、金髪碧眼の子が生まれるということ。これだけなら一見なんの問題もないように見える。だが、魔法使いとフィールディングの村の面々が結婚して子を成した場合……魔法使いは血筋だ。血を乗っ取られたら最後、どれだけ見目麗しくても魔法が使える子は生まれない。魔法使いの血筋が途絶えるんだよ」

 それは一代二代ではわからないが、長い時間をかけて緩やかにその地域が滅んでいくように思えた。

「……で、でも。同じ顔なだけで、同じ顔の人間同士で結婚すればなにも問題は……」
「彼らを見たベティはわかると思うけれど。彼らは本能的に互いと行為に及ばないようになっている。近親者はよっぽどのことがない限り、思春期に入ると異性間の近親者は互いを忌み嫌うようになる。それと同じように、彼らは恋愛対象に互いを向けない。だから、他人を求める……あの貴族は、錬金術師にとんでもないものをつくらせた責任を問われて爵位と領地を剥奪され、あの貴族の血縁者は全員錬金術師の実験場になっていたこの村に集められた。本来ならなかったことにするために、処分するよう宮廷魔術師たちが提言したんだよ」

 それにはもう、なにも言えなかった。
 魔獣の中には人間を襲って子をつくらせようとするものだっている。人間に限りなく近い生態の彼らも同じ括りに入れる判断を下したとしてもしょうがないからだ。
 だが、そうはならなかったから、この村はつい先程まで存続していた。

「だが……国王はどれだけ提言しても、その研究対象に興味を持ってしまったんだよ。有事の際に確実に血脈を止めることのできる人間というものに。なによりも彼ら……錬金術師でつくった人間はフラスコの小人、ホムンクルスと呼ばれているよ……は金髪碧眼であり、王族の誰かと言ってしまえばばれない。だから、国王は彼らをこの村に閉じ込めて、管理して有事の際に政略結婚の駒として送り出すことにしたんだよ。こんなおぞましいこと、誰が公表できるというんだい」

 血脈を止めるために、血を乗っ取る素養を持つホムンクルスを維持管理する。
 宮廷魔術師たちが提言しても諫言しても、当時の国王には届くことはなかった。よって王領に当たるフィールディングに送られた人々は、のどかに養蜂とわずかな畑仕事をしながら生活をしていたのである。

(それは……フィールディングの村民だけでなく、王族もなにを考えているんだ……)

 可哀想と言えばそれまでだが。彼らは魔獣と同じ処置をして、即刻処分していれば、こんな惨劇は起こらずに済んだだろう。
 テレンスは最後に言う。

「まあ……代が変わるごとに、維持管理にコストがかかるようになったから、この村を滅ぼす口実が欲しかったところで、流星祭りの前後に女騎士が赴任してきたんだよ。いい機会だからこの時期に滅ぼす気だったんだけどねえ」
「……つまりは、私はあなたにいいように使われていたんですね? あのハーブティー、結局なんだったんですか?」

 ベティが目を吊り上げてテレンスを睨むと、テレンスはニヤリと笑った。

「避妊薬だったんだけどねえ。君にそこまで嫌われて残念だ残念だ」
「……殺す」

 とうとうベティが目を血走らせて、折れた剣を抜いて襲いかかりそうになったのを、慌てて騎士たちが羽交い締めにして止めた。

「やめろ! たしかにこいつはどうしようもないクズだけど、一応俺たちより立場は上!」
「えー、宮廷魔術師ですけど、そこまで偉ぶれる立場でもないですしー」
「殺す! 私を撒き餌に使ったってことだろうが! 私だって……私だって……!!」

 ベティはバタバタと先輩騎士たちから逃れようとしたが、皆が必死に止めるので、少なからず今夜のことを思い返さずに済んだ。
 一度は好きになった相手にいいように使われて死に、自分に親切にしてくれた相手はいいように場をかき乱して今ものうのうと生きている。
 叫んでいなければ、やっていられなかった。

****

 本来、遺体は全て穴を掘って墓に埋めるのだが、フィールディングの村人たちは全て、火葬されることになった。

「火葬って……いくらなんでも悪魔が過ぎるんじゃ」

 ベティはテレンスの提案に苦言を呈すると、テレンスは淡々と返した。

「彼らの命はもうつくられるべきではないし、研究されるべきではない。ホムンクルスの研究はここで終わらせないとね」

 そう言うと、村人たちを全員村長邸に集め、村長邸には油を撒いた。
 テレンスは天に杖を向けた。
 雷鳴が轟き、たちまち村長邸に落ち、燃えはじめた。赤々と燃える彼らを、ベティは複雑な思いで見ていた。
 彼らはただ、生まれただけだった。ただ彼らは生れ落ちてしまった時点で、魔獣と同じく人間の理で生きることは難しく、殺さなければならなかった。
 しかしそれは人間側の理屈であり、生まれてしまったホムンクルスからしてみれば、勝手に生まれて、勝手に箱庭のような狭さの村に閉じ込められ、勝手に殺された。彼らには徹頭徹尾自由なんてなかったのだ。

(……なんて思うのは、感傷なんだろうか)

 赤々と燃えるのを見ていたら、鳥の羽ばたきが耳に入った。今は夜間である。
 テレンスは飛んできたフクロウを腕に停めると、足に括りつけていた手紙を見つけてそれを読んだ。

「近衛騎士団と宮廷魔術師は、各自王都に帰還とのことで。あと、しばらくの間は錬金術師の追跡仕事になるんじゃないかと」
「まだ終わってないのか……」
「残念ながら。さすがに村をつくるほどの数はまだ生まれてないとは思うけど、見つけ次第駆逐しないといけない」

 テレンスの言葉の節々に見える殺伐さは、正体を隠していたときはもう少し隠していただろうが、今はもう正体が露呈してしまっているため、全く隠す努力をしない。
 それにベティは「そうですか」とだけ答えた。

「ところで、一緒に村を焼いた仲だけれど」
「……不名誉なこと言わないでください」
「どうせお互いしばらくは錬金術師を追わないといけない仲だし、ホムンクルスの研究成果の破棄をして回らないといけないし、どうせだったら一緒にやる? 僕、これでも第一師団で密偵役を務めているだけだけれど」

 宮廷魔術師団第一師団は、戦場においても騎士団に追従して活動する役割であり、先輩たちの指摘した通り、ゴリゴリの戦闘特化の魔法使いたちだ。
 しかしベティは胡散臭いものを見る目でテレンスを見た。

「私、今失恋中なんです。さすがに昨日今日ではい次といけるほど、身持ちが緩くはないです」
「そう? それは残念」

 テレンスは大して残念そうでもないように、そうのたまった。
 ベティは思わず舌打ちしそうになるのを、口の中を噛んで誤魔化した。

 ふと、ベティは燃える村長邸を見ながら、蜂の巣箱に指を差した。

「そういえば……蜂の巣箱はそのままでいいんでしょうか」
「ああ、単純に巣箱は養蜂の際に養蜂家が取りやすいというだけなんで、そのままでいいかと。この辺りは魔獣以外の肉食獣はあまり出ないし、魔獣には蜂のほうが強いから」
「……そうですか」

 ただ生きて次の命を残したいだけだった。
 でも、彼らの生き方は認められない。
 その歯がゆさを噛みしめて、ベティは翌日王都へ向かう馬車に乗るのだ。

<了>

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