女騎士と禁忌の村 8話
馬が走るごとにブルーベルの花びらが散る。馬が散らしていく中、ベティは必死に魔獣を見据えていた。
馬は逃げ腰だ。血のにおいと魔獣の気配で萎縮し、ベティを何度も振り落とそうとするのだ。
「ここで逃げてどうする。ここで逃げて魔獣を野放しにしても、私もお前も食いちぎられるのがオチだ」
馬をどうにか蹴り上げ叱咤すると、血のにおいの方向へと走っていく。魔獣なんて村に入ったらひとたまりもない。村では蜂だけでなく、最低限の馬やロバだっているのだから。
やがて、鹿を食らっている魔獣に弓矢ならば届く位置へと到達した。
狼は口元を血で滴らせている。鹿は半分ほど既に食いちぎられ、身がほとんどなくなってしまっている。これを野放しにしていれば、次はフィールディングの馬や鹿の番だ。
ベティはデニスに短く告げた。
「弓矢で援護を頼みます。私は相手に近付いて囮になりますから」
「お気を付けて」
「そちらも。難しいと判断したら村に引き返して、駐屯所で待機している面々を応援に呼んできてください!」
「大丈夫ですよ。いけます」
騎士団は基本的に郊外の魔獣や盗賊の討伐も行うし、肉体を徹底的に武器にすべく鍛錬を積み重ねるが、この辺境の地では盗賊なんてやってこないだろう。
だから自警団も日頃は鹿の駆除以上のことはしてないだろうに、魔獣を間近で見ても、デニスは表情こそ固いものの、恐怖で顔を引きつらせることはない。デニスは存外に肝が据わっているらしい。
それにほっとしながら、ベティは走った。
馬はベティが蹴って叱咤し続けなければ、このまま彼女を振り落として逃走していただろうが、彼女に蹴られ続けてそれはしなかった。
やがて、魔獣が足音でこちらに気付き、血で濡れた口元を見せてきた。それに向かってベティは剣を振るう。
「はあ……!」
刃を力いっぱい振りかぶり、魔獣へと当てる。
剣は魔獣の毛皮に入るが、身にまで刃は食い込まない。
それでも剣で殴られたことで痛みはあるのだろう。魔獣はグルグルと喉を鳴らす。
「ちっ……!」
「グラァァァァァ!!」
やがて魔獣は嘶き、こちらに襲いかかってくる。牙は血塗れで、むわりと異臭が漂う。それをベティは剣で口元を割る。牙が刃に食い込んで、魔獣はベティや馬をこれ以上襲えない。
「ぐっ……ううっ」
全体重を剣に集中させ、ベティは魔獣の牙の力で取りこぼしそうになる剣の柄を必死で握りしめていた。
ベティは今、体幹を崩したら、馬も自分も食い殺されることを知っている。
背後にいるデニスの弓矢に全てがかかっていると言ってもよかった。
やがて、ベティの耳元に風を切る音が届いた。
魔獣の脳天目がけて、弓矢が打ち込まれたのだ。
「ガガガガガガガガガ!!」
魔獣は泡を吹いて倒れた。
デニスは馬に乗ったまま弓矢で魔獣を仕留めたのだ。
「デニスさん! すごいです!」
「いえ……ベティさんが果敢に突進してくれたからですよ。ひとりで魔獣に遭遇していたら、落馬してそのまま食い殺されていました」
「たしかに……」
「血のにおいで他の魔獣が寄ってこないうちに、早く埋めてしまいましょう」
「そうですね」
魔獣は殺したらすぐに地面で埋めてしまわないといけなかった。ベティは持ってきていた酒瓶を魔獣目がけて振りかけると、どうにか剣で地面をかいてその中に埋める。森の土は存外に固く、刃で頑張ってカチカチの土を掘り起こさなかったら埋めるどころか穴に落とすことすらかなわなかった。
血のにおいで反応して寄ってきた魔獣は、魔獣を食らう。肉を食らった魔獣は強くより肉を欲するようになるため、地面に埋めて時間を稼ぎ、酒で酔わせて眠らせて食欲を落とすのが基本とされていた。
どうにか頑張って鹿の死骸と一緒に埋めたところで、ベティは鼻の頭にピチャンと滴が落ちてきたことに気付いた。
「あ……雨?」
「今日は雨が降る天気ではなかったと思うんですがね」
雨が降ったら、しばらくは魔獣も他の獣もやってこない。
本来ならば恵みの雨なのだが、森に入っているふたりにとっては最悪だった。なんといっても目が利かないのだから、村まで帰ることができない。
仕方がなく、ブルーベルの花畑にまで馬を引いて戻ると、そこに生えている一番大きな樫の木の下に逃げ込むことにした。
「雷が落ちないといいですね……」
ベティがそう呟くと、デニスはクスリと笑う。
「ベティさんは雷が苦手ですか?」
「好きではありませんが、嫌いでもありません。ただ、こんな花畑に落ちてしまったら、私たち黒焦げになってしまうじゃありませんか」
「あはははは……! たしかに、そうかもしれませんね」
そう言って笑うと、デニスはベティの髪に手を伸ばした。
夜会巻きにまとめた髪は面白みがなく、彼女の生真面目な性分と一緒にあまり人気がない。しかし彼女の形のいい頭のラインがよくわかり、そこにデニスは手を這わせた。
「デニスさん?」
「……呼び捨てでかまわないよ。ベティと呼んでもかまわないかな?」
敬語がくだけ、優しげな眼差しを向けられる。
ベティはあまり女性扱いを受けた覚えがない。あの意地の悪い魔法使いのテレンスも、ベティを大して女性扱いはしていなかった。
そのせいで彼女は男性に壊れ物のように大切にされる扱いに慣れておらず、筋肉質な体格とは裏腹に、存外に押しに弱かった。
ブルーベルの淡い花が見守る中、誰も邪魔する人はなく。シチュエーションとしても女性にとってはあまりに刺激的だった。
だからこそ、彼女は先日テレンスと別れる際に何度も口酸っぱく言われたことを忘れてしまったのである。
唇を重ねられる。手を這わせられる。
赴任先の美しい男からの誘惑に、ベティの心ひとつ奪ってしまえば、なにひとつ遮るものはなかった。
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*以下古代魔法文字で記入。宮廷魔術師以外閲覧解読不可能。
●年◎月▲日
赴任先で見目麗しい女子に出会った。金髪碧眼と王家に通じる血筋を感じる見目だが、ここは辺境の地であり、どうしてこのような女子がいるのかがわからなかった。
王侯貴族の庶子なのだろうか。愛妾と庶子を辺境の地を与えて囲うことはそこまで珍しくもない。最初は誰もそれに対して疑問に思わなかった。
しかし彼女と話をして、親のところに送り届けて違和感を覚えた。
彼女の父親と彼女は、あまりにそっくりだったのだ。まるで女子は父を若くして女性になったかのように。母親は灰色の髪に黒い目で、日焼けしやすい肌だった。日に当たれども全く焼けない女子のものとは似ても似つかない。
母親に話を聞いてみたら、「この子私にちっとも似てないでしょう? お父さん譲りなんですよ」と言っていた。
たしかに女子は父親に、男子は母親に似ると聞く。
しかし髪の色、目の色までならともかく、肌の特徴まで父と娘は瓜二つと言っていいほどに似ているのに、母の素養がどこにあるのか全く見当たらない。ここまで母親の血筋を残さず似るものだろうか。私は調査を進めることにした。
●年□月▽日
調査を進めたところ、次の証言が見つかった。
金髪碧眼の親譲りの顔そのままに生まれる子がいる。
試しに髪と血液をいただき、検分を進めてみた。驚くことに、それは全て同一人物と言ってもいい内容だった。
彼らの証言を聞き、親の証言を聞き、それはある貴族家に伝わることを知った。
その貴族家に話を聞きに行き、ある魔法使いの話を聞くことになった。とある村で子を成す研究を行っていると知り、驚いた。
その研究は□□□により、全面的に禁止されているものだったのだ。
慌ててその村に出かけて愕然とした。
それは
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