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女騎士と禁忌の村 7話

 結局はテレンスになにも教えてもらうことはなく、そのまま駐屯所に送り届けられた。

「いいですね、なんとか言い訳して、祭りに参加しないようにしてくださいよ」
「……そう言われても」
「あなたは女性です。一方あちらは男性です。間違いが起こってはいけない」

 そう言いながらテレンスは最後に、ベティの額に触れると、指でなにかを描きはじめた。

「……あの?」
「まじないです。呪いではありません。これでよし」

 最後にテレンスはベティの額をトンッと突いた。少し痛いのにベティはムッとする。

「これであなたはよっぽどのことがない限り、フィールディングでひどい目には遭わないでしょうから……そう何度も何度も助けられる訳ではありませんからね」

 そう言い残して彼は去って行った。
 ベティからしてみれば、最初から最後まで訳がわからなかったのだが。

「……だから、説明できないでは、説明になってないじゃないか」

 何故か書類にすら残されてないこの村の滞在記録。この村の出来事。村人たちから直接聞いたこと以外知る術はないし、それが正しいのかどうかすらベティでは判断ができない。なにもわからないことにもやもやしながら、ベティは駐屯所へと帰って行った。

****

*以下古代魔法文字で記述

□年○月▲日

 その日も子はできなかった。
 医師いわく、子ができないのは母体のせいではなく、父親のせいとのこと。
 たしかに正妻だけでなく、愛妾とも子づくりに励んだが、子ができることはなかった。
 親戚筋は強欲であり、彼らの領地からはたびたび領民が脱走してきては助けを求めてきている。間違っても彼らの内の誰かを養子にしてはいけない。
 彼らを養子に取った途端、この領地は悲鳴と嘆きで枯れ果てるだろう。

□年△月●日

 どうにか子づくりをしようと、王都の論文を読み漁る。
 正妻は「本当にどうしようもなかったら神殿からの養子縁組を考えましょう」と言っているし、それもいいかもしれないと考えを改めはじめたところで、ひとつの論文に遭遇した。

 母体父親共に負担のかからない子供を産む方法

 それは今必死に欲しているものそのものだった。
 なんでも論文を読む限り、理論は完成しているものの、王都ではこれ以上の研究ができないこと、資金難が原因で王都を出ても研究が頓挫していることを知った。
 天は我らを見放さなかった!
 すぐにその魔法使いに連絡をすることにした。ここから王都までは三日かかるのだから、六日間大人しく返事を待つことにしよう。

□年△月◎日

 無事に王都で論文を発表した魔法使いと連絡を付けることができた。
 しかし魔法使い曰く「王都に知られてはまずい」ということだった。
 この論文を発表当初は、理論は完成していても、これ以上の研究を宮廷魔術師たちに邪魔されて研究を続けることができなかったらしい。
 宮廷魔術師たちは王都で国王に仕えるものだとばかり思っていたが、意外と強欲なようだった。
 我らは彼を客人として領地に留めるために、領地の中で空いている土地を探し、そこに資金に資材を投入することとした。

「これだけの資金と資材をたったひとりに分け与えては危険です」

 正妻だけでなく、愛妾にまで訴えられたが、気にすることはなかった。
 医師には匙を投げられ、魔法医すら「無理」と言われていた子をつくる方法がいよいよ動き出そうとしているのだ。
 なによりも女たちにも自分にも負担がないというのが素晴らしい。
 彼の魔法は偉大であり、その成果が出るのはいつかいつかと楽しみに待つことにした。

□年●月▲日

 念願の我が子を手に入れた。
 我が子を見た途端、正妻も愛妾も「旦那様そっくり!」と子を交互に抱き締めていた。
 あれだけ頑張っても無理で、誰からも見放されていたというのに、腕に抱き留めた子の温かさを忘れることができない。
 正妻は泣いていた。愛妾は笑っていた。私は感動で泣きながら、魔法使いに何度も何度も「ありがとう」と言ったのだった。




●年◎月◆日

 我が子に家督を明け渡し、我が子の結婚を見ることになった。
 ここまで来たのも感慨深い。正妻と愛妾と一緒に別荘で残りの人生を謳歌しよう。この領地をどうぞ支えてくれたまえ。

****

 騎士たちは自警団と合同で交替ごうたいでフィールディングの見回りを行い、時には弓矢を携えて馬に乗る。特に夏場になれば害獣が増え、作物が荒らされる。

「とは言っても、フィールディングはほとんど養蜂で賄っている村だから、そこまで大きな被害はないんだけどねえ」
「でもたまに折角の蜂の巣箱を壊してミツバチを根こそぎ食べてしまうものもいるから、それには対処しないといけないんだよ」
「わかりました」

 その日の当番のベティは背中に弓筒を背負い、弓を肩にかけて馬で村を回ることにした。
 そこで「ベティさん!」と声をかけられた。
 デニスは相変わらず見目麗しく、服装こそ簡素な乗馬服なものの、馬に乗ってしまうとたちまち王侯貴族にも見えるのだから不思議だ。

「こんにちは。今日はどうぞよろしく頼みます」
「はい。そろそろ流星祭りですからね。そろそろ山の鹿も子連れが増えて気が荒くなりますから、畑を荒らされると困るんですよ」
「なるほど……それはたしかに」

 子連れの獣ほど気が荒く質の悪いものもいない。子を襲われると判断した母親は誰彼かまわず突進してくるし、時には群れの長たる大きな牡鹿を呼んできて、そのそびえ立つ角で人を襲って回るのだ。そんな危なっかしいものを野放しになんてできる訳もない。
 ふたりは馬に乗ると、そのまま村を出て走りはじめた。
 この季節になると木々は賑わいを見せ、若葉の青臭いにおいで充満してくる。森の奥にはブルーベルが咲き、これより先は獣の天下だと教えてくれた。

「ここから先にいる獣を覚悟すればいいんですね」

 ベティの声に、デニスは「はい」と頷いた。

「ブルーベルには毒がありますから、これより先にはなかなか獣も近付かないんですが。でも稀にブルーベルを主食にする魔獣も出てきますから」
「鹿だけでも大変だというのに、やはりここにも魔獣は出るんですね」
「残念ながら」

 鹿は数が多く子連れのものが気性が荒くて厄介だが、馬に乗って弓矢で牽制すればブルーベルの花畑に守られている限りは問題がない。
 問題はブルーベルを食べる魔獣のほうだが。毒を食らう魔獣は蜂の針や毒すらも物ともしないから、平気で巣箱や畑を襲うから厄介なのだ。
 ブルーベルの花畑をぐるっと回っている中、突然馬が暴れはじめた。慌てて手綱で遮る。

「どうした……!? ……このにおいは」

 ブルーベルの近くから血のにおいがする。鹿が魔獣に襲われているのだ。
 魔獣は鹿よりもひとまわり大きい狼に似た姿をしていた。狼では、鹿だけでなく馬だって餌にされてしまうし、なによりも魔獣の狼は雑食だ。ハチミツだってミツバチだって食べてしまう。
 その上素早いのだから弓矢だってなかなか届かず、剣で直接殺す以外に手段がない。

「……よりによって魔狼か!」

 ベティは腰の剣を抜いた。馬上で剣を操るのは骨が折れるが、フィールディングが襲われるよりはマシだった。

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