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親と自分

親を冷静に見る目を養うのが
アダルトチルドレンを抜け出すのに
かなり役に立つというお話です。

アダルトチルドレンとして生きてきた子どもたちは、親からの教育で、親が全ての権力者と学んでいます。
親は完璧な存在で
自分の人生の道標のような存在で
親の言うことを聞いていれば間違えない
親は万能で、尊敬できて、自慢の親だと。
幼い時から自分が1人では何もできない
親が全て。。。そのまま大人になります。

だから大人になって自分も親のような万能感あふれる大人目指して演じるようになったり。。
親の反応を見ないと自分の決断を信じられなくなったり。。
人任せ、他人軸になり、
自分の人生を生きることを忘れたまま生活をして、何かわからないけど生きづらい。。
満たされない自分にはなんとなく勘づいているけど、何かわからない。。みたいな状態になることが多いかなぁ。。
もちろん私自身もそうでしたしね。
誰に愛されたかったのかの原点は親でしたから。。


私のまわりのアダルトチルドレンたちも
この親信者が多かったように思います。
大人になっても。。
うちの親は仏のような人だと言ったり
親には育ててもらった恩があるから残りの人生で返していきたいと言ったり。。
はたまた、結婚や出産まで、『親に安心してもらいたいから』と言う始末。

一体誰の人生なんだろうと思いませんか?
そこには愛されるために条件をクリアしたり
相手の顔色を伺う姿しか見えず、
自分自身がどう生きたいかが見えてない状態。。
そりゃ満たされないのも納得ですよね。。

私がアダルトチルドレンを緩めるのに役に立ったのが、自分と親を分離させることです。
愛着に不安を持ってる人って、他者と一心同体なんですよね。。
自分の人生に責任を持つことを学んでいない状態で、親がそれを全て奪っていたり、上下関係で自分が責任を持てるという自信を折ってたりしますから。。。(悪気はない)

なので自分という人間と親という人間は
別の人でそれぞれの人生を歩んでいる。。という意識を改めて考えること。

自分の人生を取り戻す気持ちを持って、
親を自分の親、自分の細胞の一部として捉えずに
別の人間、他者として冷静に見る。
1人の人間として、親はどんな人間なのかを
しっかり見ることです。


親も普通の人です。
むしろ。。愛着に不安を持った不安定な人だと気がつくと思います。
アダルトチルドレンは世代連鎖しますからね。

弱さやプレッシャーを隠すためのマウントだったり、感情のコントロールができていなかったり
言うことを聞かせようとする様子。。
親の未熟さと不安が見て取れると思います。


はじめはしっかり認めてくれなかった子ども時代 、愛してくれなかった怒り、
自分の人生が良くないものだったような妄想に取り憑かれて辛くなる人もいるかもしれません。
大切にされなかった事実を受け止めるのは
言葉では表すことができないほどの絶望と生きることへの虚しさを感じさせるかもしれません。

でもそれで終わりじゃないんです。
恨んで終わりじゃない。。

自分が必死に生きてきたのと同じように。。
親も悲しい人生を送ってきた人間だと気がつくようになると思うんです。
アダルトチルドレンは世代連鎖するので。。

自分を安心させてくれる愛ではなかったけど
その愛は愛ではなかったけど
親は親で懸命に生きて、育ててくれていた。

それを認めることができると
かなり楽になります。
親の未熟な面、大人だって未熟で
不完全だと。。それでもその中で命を繋いできた。
自分を認める自愛のステップと同じです。
プラスもマイナスも受け入れる
光も影も愛していく

親も同じように短所も長所もある普通の人間で
優れたところも未熟なところも
丸ごと見えてくると対等に見えてくると思います。

そこまでくると本当に楽になるんです。
少なくとも私は楽になりました。
そこまでいくのに、
親に自分がアダルトチルドレンだと言うことを調べたと言ってしまったりして、
親になんとかわかってもらおうとかするたびに、
親に『あんたこっちのせいにするの?
あんたがイカれてることをなすりつけないでよ。
あ、そう!私が悪いのね!私を悪者にしたいんでしょ!!勝手にすればいいわ!』みたいなことを
勢いまかせに怒鳴られたりとか。。。
何度も玉砕してました。。

生きづらさと向き合って行く過程で、
様々な失敗を繰り返してましたが。。笑


これが自分には1番合う理解の仕方でした
親と自分を自分と他者として理解して
親を1人の人間として認めること。
上の存在と思わずに対等な人間という見方をすることです。

ちなみに私の親は父親が無関心のおそれ回避型。
母親が不安型。。日によっては境界性パーソナリティー障害なのでは?って思うほどの不安定な不安型で、
2人とも大人の身体ですが中身が子どもです。
おじいさんとおばあさんですけど。。
小学生ぐらいの中身のままですから。。。
そんな母親は今の私から見て
いつも人の顔色を見ていて不安そうです。
頑張り屋さんな一面もあるけど、それは自分に自信がないからだと思いますし、
私への攻撃も不安から来てたんでしょう。

そういう気持ちが『第三者の目』になったような感覚で冷静に分析できたら
きっと苦しみはだいぶ楽になるかもしれません。


この意識は子育てでも役に立つと思います
自分と他者(子ども)という目を持つだけで
相手のことを尊重したり、自分じゃないから大切にしようと思えたり
子どもとして下に見るんじゃなくて
人間として対等に見る。

すると、今まで見えなかったものが見えてくるんです。。
他人の人生を大切に感じるようになり、
自分の人生のあれこれを決断できるようになっていきますし、
自分の人生ももっと楽しみたいと感じるようになれてきました。


私の意識が全てのアダルトチルドレンに合うのかは分かりませんが、
自分は時間をたくさんかけながら
こうやって今を生きていますので
自分の経験が誰かの知恵となり、誰かのためになったら嬉しいなと思います。


あんなに苦手だった実家。。。とそのまわりの人間たち。。。だけど
今の私はだいぶ自分の人生に集中できるようになってきて、
振り回されることは少なくなってきました。

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