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日常の時間軸

毎日、似たようなルーティン
朝起きて、お仕事して、帰って寝る。や
朝起きて、家事をして、育児をして。。

日常の過ごし方ってなんとなくルーティン化されてますが、子育てをしてるこの感覚。。

ずっと続くものじゃないと
しっかり自覚ができてますか?

これは真面目で誠実で家族の絆みたいなのが強く出過ぎている『過干渉さん』と『過保護さん』のお話です


この過干渉と過保護
正直子どもの人生壊します。

親御さんが子どものためにってやってること。。
ほぼほぼ自分のためなんですよね。
自分の評価のため。自分の世間体のため。。

まず過干渉と過保護の違いですが、

過干渉とは
子どもが望んでいるのか、望んでいないのかなど、子どもの気持ち関係なしに
親が望むことだけを認めたり、禁じたり、
親の支配下に置くことです。

これは私に対して親がしてたことです。

そして過保護とは。。
可愛さ余って、その子の全てを面倒見る気になる
失敗もさせないし子どもの歩く道に薔薇の絨毯でも用意するような笑
子どもが望むことを親が叶えてあげる状態
親が全て面倒見ると思ってる状態です。

これは私の兄へ親がした子育ての形。。


過保護と過干渉。。それぞれの子どもたちはどう育ちますかね。。

まずは私。過干渉子育てをされた子は
自分も人も信じられない状態でした。
何をするにも誰かの許しが必要でした。
自分に自信が持てず常に誰かに嫌われること
邪険に扱われること、罰を与えられることに
怯えながら大人になります。
『認められるという経験』が著しくない状態。


そして兄。過保護子育てをされた子の現在。
実家にいます。かろうじて仕事はしっかりやってますが、毎日パンツは親が洗ってます
会社に行く時はお母さんのお弁当を毎日持参して
会社も休みたい時に休んで、自分のお部屋、
子ども部屋でゲームしてたりします
40代中盤、親は70代。。

小学生、中学生のような生活をしてます
学校が会社に変わっただけ。

そんな母は今は諦めたようですが
数年前まで
『お兄ちゃん素敵な子なのになんでお嫁さんに恵まれなかったのかしら。。欲しいわぁ』と
言ってました。

恐ろしいですよね。。
自分がせっせと40年近く世話をした男を、
自分が歳をとっていつ死ぬかわからないから
他人。。嫁さんにその世話を任せられる人として『欲しいわぁ』って発言してるわけです。。
震えますよね。悪気ゼロです。


話を日常の時間軸に戻します。
今子育てをしてる時。。
自分の小さな息子、小さな娘に対して
『この時間は永遠ではない』という認識って
すごく大切だと思うんです。

子どもの面倒を見るのが子育てではないと思います。
20年。子どもたちが成人するまでのたった20年の間に、『自分の力で生きていく人間』
幼稚園や保育園、小学校や中学校、高校、大学、専門学校と他者との関わりをしっかり持って

自分が生きる中で自分の力や
他人に助けてもらえる人柄。
その子自身が、親がいなくても幸せに生きていける人間を育てるのが子育てなんだと思ってます。

育てているのは『人間』でペットじゃないですから。。。

子どもが自分の環境で
自分の人間関係を築き、
自分の人生を歩めるということが
子育ての大前提であり、

お母さんやお父さんが自分の人生を棒に振ったような気になるまでのめり込むものではないんです。

どうか限りのあるこの日常という時間軸。
それぞれが個人であり、

母は母の人生。
父は父の人生。
子は子の人生。と同じ屋根の下に暮らしていても
それぞれの人生には限りがあること、
タイムリミットがあるからこそ、
お互いを尊重する人間関係を
家族内でも作っていきたいですよね。




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