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配信後記(第6回) ミニマリズムについての蛇足

今回はおおむね配信で言いたいことを言い切ったので、特にまとめ直したいこともない。実は。

とはいえ今回は僕が喋り通しだったので、気になるところをピックアップしてコメントしていく程度に留めておこうと思う。総じて蛇足であることは否めないので、お時間のある読者だけ付き合ってもらえたら良い。

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「共用の洗濯機は使いたくないから、コインランドリーに行く」?

一瞬妥当な判断だと思ったのだけど、よく考えたらコインランドリーこそ「共用の洗濯機」の最たる物だった。さておき、なんで「共用」が忌避されるのだろう?

洗濯物という汚れものを扱う設備を他人と共用することで、他人の汚れを自分が引き受けているような気持ちになってしまうからか。思春期の娘が、父親の衣服と一緒に洗われるのを嫌がる気持ちと同じかもしれない。

そもそも屋外に設置されてる洗濯機なので、むしろ他人の汚れを共有することよりも、普通に虫とか土埃とかよくわからないものが紛れ込んでる可能性の方に嫌悪感がある気がするが。その点コインランドリーは屋内であるし、異物と一緒に洗われてしまうリスクは低いように思うがどうか。

「当時はミニマリストという概念を弄んでいた」

僕は引っ越しに伴う物理的なスペースの縮小に合わせて身の回りの物を処分していった。当然、「冷蔵庫(あるいはTV、洗濯機、炊飯器、電子レンジなど)が無かったら困るなあ」とは思っていたので、似たような生活をしている人を参考にできないかと色々検索していた。その過程で発見したのが「ミニマリズム」という概念、それと当時既にミニマリストたちの間でアルファ化していた「ミニマリストしぶ」さんだった。

それまで僕が抱いていたミニマリスト像とは、「とにかくなんでもかんでも捨てまくってわざわざ不便な暮らしをしている苦行主義者」だったのだが、しぶさんは少し趣を異にしていた。なんというか、「必要なものは必要だし、不要なものは不要」というバランス感覚がすごく高いと言えばいいんだろうか。正直その感覚にはかなり憧れていたし、今でも彼の取捨選択能力は参考になるところがある。実際、本当によく使う物だけが置かれているシンプルな部屋は、今でもひとつの理想形だ。(選択を積み重ねた形として)そうなりたいとさえ思う。彼の場合、「欲しい物がなければ自分で商品化する」というレベルに達しているので大分ムリなのだが。

きっちりミニマルな生活を突き詰めて体系化するところまでたどり着けば、見えてくる世界というのもあるんだと思う。僕はできなかった。

「部屋から物が無くなれば、財布から金も無くなる」

これは一応「場合による」と付け加えておこう。すべてのシチュエーションでそうなるわけではない。生活の基盤中の基盤である衣食住に関わる部分を切り詰め過ぎると、コストは増大する。洗濯機を使わずにコインランドリーを使うのもそうだし、炊飯器を使わずに鍋で米を炊くのもそうだ。冷蔵庫がないから保存のきかない食品は買えないし、料理を作り置きしておくこともできない。もちろん電子レンジがないので温めたり冷凍食品を利用することも不可能だ。これらは全て時間的・金銭的・精神的なコストを増大させる要因となりうる。

一方で、机やイスなどの大きな家具。またテレビやラジオ、ゲーム機、書籍といった娯楽要素の強い品々は、「なくても良い」と言える人もたくさんいそうだ。イスがなくても壁に寄りかかればいい。机がなくても食事はとれる。なんなら机があるからイスが必要になるのだ。それにスマホ1台あれば大抵の娯楽はカバーできる。はっきりとコストが削減できるわけではないけれど、このような生活スタイルを選ぶことでかえってコストが増すということもない領域だ。

「本当に金が無かったら節約もできない」

そうなのである。「これはたとえ話だけど」とか言っているが、配信中で話しているのは僕の実体験だ。貧乏すぎて大事に集めてきた書籍を売ってなんとか交通費を捻出したりしていた。大切な本を売るの、魂が死んでいく。ムリムリのムリ。

「ミニマリストの自宅は『神殿』なんだよ」

「寺」はかなり禅のイメージに引っ張られた表現だった。「神殿」または「祭壇」のほうがしっくり来る。「アトリビュート」というのは西洋美術でいう「持物(じぶつ)」のことだ。意味をWeblio辞典から引用する。

アトリビュート【attribute】
絵画や彫刻などで、神あるいは人物の役目・資格などを表すシンボル。例えば、王の冠と笏(しゃく)など。
https://www.weblio.jp/content/%E3%82%A2%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88

後半はかなりミニマリズムが持つ宗教性に話を寄せてしまって、かなり牽強付会な論だったなと反省したのだけど、まあこの引用で大体言いたかったことは伝わったと思う。

こんなところで。また次回。

我が家のねこのごはんが豪華になります