『グラディエーターⅡ 英雄を呼ぶ声』キャスバル・レム・ダイクンとランバ・ラル
キャスバル・レム・ダイクンとランバ・ラルを、
想起した観客も少なくないのではないだろうか。
もはやシェイクスピア劇や歌舞伎のような、
王位継承権を隠して復讐を誓う物語は古今東西に数多く存在する。
本作も、王座を奪われた風、主人公の怒りを軸に展開する王道の物語だ。
この世界観、スケールであれば、
王道のプロットにアクションや恋愛要素を加えるだけでも十分に成立する。
観客は刺激的な娯楽を求める一方で、
いつものやつ、、、
見慣れた景色で、
安心したいものだ、
ベスセラーや名探偵の支えでもある。
しかし、リドリー・スコットは、
前作の手前、さらなる驚きと深みを求める。
どうするか。
物語に揺さぶりをかけるような、
ユダのようなユニークなキャラクターを配置するという手法を取った。
加えて、
DUELに拘らず、
ビーストや、
6頭鮫まで泳いでいても、
不思議ではない割り切りも、
苦肉の策だろう。
そのユニークな役を担ったのが、デンゼル・ワシントン演じるキャラクターだ。
世界観を背負う存在感と、
状況に応じて仕掛人梅安や風車の弥七のような、小技も要求される。
シェイクスピアの決めセリフ、「We owe GOD a death」
風の名言も、デンゼルの口から他作品で、
何回出た事だろう。
トニー・スコットの幻影のように見えていた、
Scott Free Productionsの、
フライングロゴも、次回作からは、
そんな見え方にならないような気がする。
理由は、
本作OPの彷徨うような、
演出の分量が減少してきたように感じるから。
【蛇足】
マリー・アントワネットの都市伝説、
パンが無ければケーキ、
を真似たか、
カラカラとゲタ、
戦争を食わせとけ・・・
親指を上げればセーフ、
下げればアウト、
気分次第で生殺与奪、
葛藤不要、動機も要らない、
こんな論理体系のドラマツルギー、
作劇は時代劇特有だが、
現代劇だと、
どんなリアリズムの論理体系の物語になるのだろうか・・・
歴史が始まる前、
ヒトはケダモノだった、
から、
動物化するポストモダンだな・・・