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【Scene9】僕たちのthe least common denominator

ひとりごと


インバウンドが増えた。らしい。

 最近、神保町を歩く外国人が増えた。世界を見ても有数の古書店街であるから、元々そういうコアな層には人気があったのだろう。コロナ禍で一時期街から外国人が消えた瞬間はあったけれど、あの時は外国人に限らず人が街から消えた。それが戻ってきたと言えば戻ってきたのだけど、それにしても以前よりもずっと増えたような気がする。

 古書と言ってもその分野は幅広く、神保町には学問からコミックまで全てが散りばめられている。ある人にとっては宝物のような一冊が、絶対にどこかに眠っている宝島のような街なのだと思う。海外からわざわざ来た観光客は、それを求めて歩く。
 もう一つ、この街はある層から聖地化されているそうだ。きっかけは『森崎書店の日々』という一冊の本らしい。(英語タイトルでは『Days at the Morisaki Bookshop』)

 これが海外の書店チェーンで人気本として選ばれたことで、舞台となった神保町が一躍脚光を浴びたそうだ。ちなみに僕はまだ、本も読んでいなければ映画化されたものも観ていない。

お店に来る外国人も増えて…

 そんなわけだから、お店に来る外国人のゲストも増えた。うちのような裏路地のカウンター店にでさえ、だ。これは嬉しいことだと思う。僕達だけでなく常連さんにとってもサプライズのようで、思い切って話しかけてみたら意外と気が合った、なんてこともしばしば起こる。生憎うちのメニューがインバウンド対応し切れておらず全てがこちら都合となってしまうが、「try it」の精神で飛び込んで来てくれる人たちのお陰で随分助けられている。

 中には日本語が堪能な外国人なんかもいて、それもすごく面白い。妻がいらっしゃいと英語で声をかけると、「日本語でだいじょうぶだよ〜」と返してくる人もいる。もはやそれは海外の文化や慣習に精通した日本人であるようだ。そういう人が来ると、日本語や英語を織り交ぜたレクチャーが始まったりして、これもまた面白い。僕達からしても目からウロコのことばかりだ。

 元々ゲストハウスをやりたかった僕は、こうやって海外からゲストが来てくれると嬉しい。申し訳ないのは席数が少なく、案内できるのもタイミングによる事が多いということだが、そのうちインバウンド同士で盛り上がるなんてことも起きたりするのだろうか。地元の人や常連さんたちと海外のゲストが日本酒や街を通して縁を繋ぐなんて事が出来たら。そんな未来も想像してしまうが、それには相応の準備が必要だ。

 長くなってしまったけど、最近のウチはそんな感じ。それで、先日来てくれたゲストがこんな面白い話をしてくれた。

僕たちの〇〇

 それはゲストが発した「僕達は国も文化も言語もそれぞれだけど、the least common denominatorがあるよね。それはなーんだ?」と言う質問だった。

 まず、the least common denominatorという単語がわからない。カウンターにいた常連さんの中で即答した人が一人いて感心したが、その声は店のザワザワに掻き消されてしまった。各々想像する人もいれば翻訳アプリで調べる人もいて、その結果単語は『最小の共通項』だと言う事になった。
※ネットで調べると、メディア批判を指して「低俗な」とか批判的な意味合いもあるようだが、ここでは数学用語的な意味合いでこの言葉が用いられていた。細かいことは今はいいや。

 それぞれに違う個性を持った僕たちの『最小の共通項』ってなんだ…と、一様に考える。酒場を包む一瞬の静寂の間。答えを発表する場が整ったところで、海外ゲストの彼が言った。「DRINK」

 「おお〜っ!」と唸る常連さんたち。確かに。この場において最高の回答。全員が納得する共通項。その言葉で一気に距離が縮まった皆は、まるでカウンターに横並びになった一組のファミリーの様に他愛のない会話で盛り上がった。結果として、このクイズは最高のアイスブレイクとなったわけだ。久々に新しく面白いやり取りを見た気がした。これは僕らも使わせてもらおう。

 海外ゲストに日本酒を提供するとき、「日本酒の良さを知っていただこう」という気概は大切だが、それ以上に「一緒に楽しい時間を過ごそう」と言う気持ちが根底にあることが大切だとも思う。一期一会かも知れないが、もしかしたらまた世界の何処かで出会うこともあるかも知れない。SNSの普及によってそれもあり得ない話ではなくなった世界で、神保町の裏路地で生まれた酒縁が始まりとなっても面白いじゃないか。僕達が歩いたスペイン巡礼の夜もこんなだったな。コミュニティディナーと呼ばれた夕食の時間は旅人同士の憩いの時間だった。今夜は、それをカウンター越しに見た気がした。今日は、そういう話。
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※ちなみに、僕達の旅の途中にあったコミュニティディナーの雰囲気はこちらのブログから↓


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