シェア
小椋 杏
2015年3月8日 19:59
黒いシングルスーツが、一層男を華奢に見せた。 真っ赤な蝶ネクタイが、男が動くたびに本物の蝶のように見えた。 やはり華奢で長い指。右手の薬指と小指にごてごてとした銀の指環をしていたが、男の雰囲気とは不釣合いに見えた。男は悪戯を咎めたてられた少年のような表情で、こんな風に言った。「本当は指環なんてしてちゃだめなんだ。そこに何か仕掛けてあるんじゃないか、って思われちゃうから」 そして男は流れる
2015年3月9日 14:16
男は振り仰いだ顔を戻して、ゆっくりと優美なお辞儀をした。 身体を戻した男に、真っ白でふわふわの何かが降りかかる。 雲ひとつない真っ青な空から、白いものが舞い落ちているのだ。 風がほとんどないためか、ゆっくりと白いものは地上を目指す。 雪なんかじゃないじゃない、明らかに怒りを含んだ調子で言われて、男は笑いながら答えた。この雲のない青空のように、真直ぐな笑顔だった。「もちろん。本物を降らせ
2015年3月10日 13:39
白いものと戯れていた男は、踊りながら歌うように話し始めた。「物心ついた時からね、お祖父さんを見ていたよ」 ちょっとした昔話だよ――男はちょっと笑って。やはり澄み切った真直ぐな笑顔だった。「初めて見た時は、ものすごくどきどきしたよ。何もないハズなのに、次々にいろんなものが出てくるんだからね。僕のお祖父さんは、本物の魔法使いだ、ずうっとそう思っていたよ」 今はどうなの? そう問われて、男はや
2015年3月11日 11:49
男がゆっくりと手を差し伸べる。 何が本番なの? そう問われて、男は悪戯っぽく笑って、ウインクを送る。「それは、見てのお楽しみ。――さ、ここに来て」 地面に積もった白は、男が踏みしだいたために乱れて汚れてしまったかと思われたが、全く穢れのないまま、最初に見た白、そのままの白でそこに積もっていた。「僕の手をよく見て。種も仕掛けもないでしょ?」 男が両掌を差し出した。なんならボディチェックも
2015年3月12日 09:12
「――どう? 気に入ってくれた?」 男はそうっと囁いた。大きな声を出したら何もかもが消えてなくなってしまう――そんなふうに思っているような、密やかな声。「……これが、今の僕に出来る精一杯。でも、どうしても見せてあげたかったんだ……君に」 どうして? ――問い返されて、男はじっと宙を見つめながら。「どうしてかな――? あの話を聞いたときに、僕の頭の中にも同じ風景が見えたから、かな。綺麗で不思
2015年3月13日 10:15
「ありがとうございました――」 男は笑顔を浮かべたままで、優美な動作でお辞儀をした。「これで本日のショウは終了です。……最後までお楽しみいただけましたでしょうか?」 ――……とっても……。 たったそれだけの言葉に、男は今までで一番の笑顔を浮かべて。「そう? そう思ってもらえたなら、僕もとても嬉しいよ」 男は自分の両手に視線を落として、静かに語った。「僕はね、たくさんの人に楽しんでもら