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真夏に降る雪

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 黒いシングルスーツが、一層男を華奢に見せた。
 真っ赤な蝶ネクタイが、男が動くたびに本物の蝶のように見えた。
 やはり華奢で長い指。右手の薬指と小指にごてごてとした銀の指環をしていたが、男の雰囲気とは不釣合いに見えた。男は悪戯を咎めたてられた少年のような表情で、こんな風に言った。
「本当は指環なんてしてちゃだめなんだ。そこに何か仕掛けてあるんじゃないか、って思われちゃうから」
 そして男は流れる

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 男は振り仰いだ顔を戻して、ゆっくりと優美なお辞儀をした。
 身体を戻した男に、真っ白でふわふわの何かが降りかかる。
 雲ひとつない真っ青な空から、白いものが舞い落ちているのだ。
 風がほとんどないためか、ゆっくりと白いものは地上を目指す。
 雪なんかじゃないじゃない、明らかに怒りを含んだ調子で言われて、男は笑いながら答えた。この雲のない青空のように、真直ぐな笑顔だった。
「もちろん。本物を降らせ

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 白いものと戯れていた男は、踊りながら歌うように話し始めた。
「物心ついた時からね、お祖父さんを見ていたよ」
 ちょっとした昔話だよ――男はちょっと笑って。やはり澄み切った真直ぐな笑顔だった。
「初めて見た時は、ものすごくどきどきしたよ。何もないハズなのに、次々にいろんなものが出てくるんだからね。僕のお祖父さんは、本物の魔法使いだ、ずうっとそう思っていたよ」
 今はどうなの? そう問われて、男はや

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 男がゆっくりと手を差し伸べる。
 何が本番なの? そう問われて、男は悪戯っぽく笑って、ウインクを送る。
「それは、見てのお楽しみ。――さ、ここに来て」
 地面に積もった白は、男が踏みしだいたために乱れて汚れてしまったかと思われたが、全く穢れのないまま、最初に見た白、そのままの白でそこに積もっていた。
「僕の手をよく見て。種も仕掛けもないでしょ?」
 男が両掌を差し出した。なんならボディチェックも

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「――どう? 気に入ってくれた?」
 男はそうっと囁いた。大きな声を出したら何もかもが消えてなくなってしまう――そんなふうに思っているような、密やかな声。
「……これが、今の僕に出来る精一杯。でも、どうしても見せてあげたかったんだ……君に」
 どうして? ――問い返されて、男はじっと宙を見つめながら。
「どうしてかな――? あの話を聞いたときに、僕の頭の中にも同じ風景が見えたから、かな。綺麗で不思

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「ありがとうございました――」
 男は笑顔を浮かべたままで、優美な動作でお辞儀をした。
「これで本日のショウは終了です。……最後までお楽しみいただけましたでしょうか?」
 ――……とっても……。
 たったそれだけの言葉に、男は今までで一番の笑顔を浮かべて。
「そう? そう思ってもらえたなら、僕もとても嬉しいよ」
 男は自分の両手に視線を落として、静かに語った。
「僕はね、たくさんの人に楽しんでもら

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