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ステージ

俺たち3人は少し特別な関係だった。
演劇部の生き残り、とでも言えばいいのか。
先輩は卒業して後輩は入部なし。
3人だけの演劇部だった。

俺と坂木は裏方。
深華だけがたったひとりの役者だった。
俺が深華を照明で輝かせ、坂木が深華を音響で色付ける。
俺たちは上手くやれていた。
部活の仲間であり、男女の関係ではなかった…

あの真夏の大雨の日までは。

練習を終え、俺と坂木は自転車を漕いでいた。
坂木は「ちょっと寄り道する」と細道へと消えた。
俺は真っ直ぐ家に帰るつもりだったが、夏はまだ明るくてもったいない。
後を追うように俺も細道へ走る。

うちの本屋といえばおよそ1軒しかない。
本とCDとDVDが揃ったチェーン店。
数少ない演劇雑誌を立ち読みするのが、俺は好きだった。

それにココは深華のバイト先でもある。
白状すると、俺は深華のことを特別に想っている。
偶然を装い深華の働くCD売り場を覗いては、しょうもない話をして帰る。
今日も「バイトなんで後は任せた!」と勢い良く走る背中を見送っていた。

適当に立ち読みを済ませ、俺はCD売り場に向かった。
レジ、にはいない。通路を歩きながらCDではなく彼女を探す。

その時、俺は深華と仲良く話す坂木の姿を見てしまった。

俺はマズイと思い反射的に背を向けすぐに店を出た。
なぜか焦った。全力で自転車を飛ばし逃げた。
ゲリラ豪雨が容赦なく全身を濡らす。
見てはいけないものを見た。
同時に、悟った。

坂木と深華は付き合っている。

次の日。
放課後、部室に向かう足が重かった。
俺は平静を装い、いつも通り2人に接した。

それからも俺は演技を続けた。
いつも通りの俺たち3人であり続けようと、自然な行動に努めた。
坂木と深華に何ら変化はない。
もしかして俺の勘違いか、と期待を抱いた事もあった。
だが「んじゃ、また明日」と坂木は連日細道に消えていく。
まったく、演技まで俺より上手いのかよ。

俺たち3人は特別な関係になってしまった。
一見すると変わらない日常、でも確実に変わってしまった。

卒業公演を終えた。
俺たち3人が毎日のように顔を揃えていた演劇部。
わかってる。
坂木と深華はこの先も顔を揃える事ぐらい。
俺だけが日常から姿を消す。
それでいい。ようやく舞台に幕が降りる。もう疲れた。

演劇部最期の日を迎えた。
3人で部室を見渡し、一緒に作った大道具や小道具で遊んだ。
深華はいつものハイテンションで輝いていた。
坂木もBGMに使ったCDを眺めては、深華にやさしく微笑んでみせる。
場違いな空気。
俺は邪魔者か、早くこの部室から抜け出したい。

「悪い、打ち上げはまた別で。なんか今スッゲー腹痛くてさ、すまん!」
これが俺の最期のセリフだ。
陽気に手を降って、明るい笑顔で舞台から退場する。
長い長い芝居が暗転する…はずだったのに。

「待ってくれ修。聞いてほしい話がある」
「すぐ終わるから。お願い」
坂木と深華が真面目な顔して立っていた。
俺はバグりそうだった。
ここまで我慢して演技を続けてきたのに、最期の最期でやめてくれ。
「あ、ぇ、今じゃないとダメ? 腹限界なんだって」
「間が悪いとは思うけど、今日打ち明けようって、深華と決めてたんだ」
深華は無言で視線を逸らす。
この空気は耐えられない。
格好悪い。俺が、まるで敗北者みたいじゃないか。

「わかってる。お前たち付き合ってるんだろ」
坂木の眉が釣り上がり、深華は目を見開いて驚いた。
「実は、俺も深華のこと…」
と勝手に動き始めた口を、俺は手で無理やり封じ込めた。
「やばっ」
そう呟き、一目散に俺は自転車まで走り出した。
光よりも速くこの場から消え失せたかった。
校門を出た刹那、


俺は宙に浮かんだ。
音は聞こえなかった。
背中がアスファルトの灼熱で溶接されそうだ。
眩しい。
トラックの照明が、閉じない俺の眼球を真っ白に焼き尽くす。
暗転。暗転。暗転。

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一羽のスズメが入店してきた。
枝のような足で跳ねながら、CD売り場に近づく。
深華のポニーテールは相変わらずだったが、薬指の指輪は初めて見た。

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一匹のゴキブリがマンションに侵入してきた。
息を潜めて、扉の下にある隙間から寝室に踏み入る。
夜目には慣れている。壁をつたい、ゆっくりとベッドを見渡す。
坂木と深華が眠っている。幸せそうに身を寄せ合いながら。

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一匹のネコが墓地を闊歩してきた。
そろそろ時間だろう。毎月決まった日に深華は墓参りに来る。
白と黄色の鮮やかな花束とは対象的に、深華はいつも色素を失っている。
「坂木」と掘られた黒い墓石に向かうと、ただ静かに線香をあげて微笑む。
下手な芝居にゃ。

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一人のこどもがマンションを訪ねてきた。
モニター越しに見る男の子。
背が低く画面からも見切れている。
幼稚園の制服だろうか。という事は迷子? 近所の子供か。
なぜだろう、初めて見る顔なのに面影を感じる。
といっても誰かは思い出せない。
深華は自然と玄関の扉を開け、男の子を招き入れた。

「はい。坂木ですけど」

「……」

「ぼく、お名前は?」

「じつは、オレもシンカのこと…すきだったんだ」



#2000字のドラマ

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