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良質な睡眠で「はたらくをよくする®」ために【精神科医・産業医 穂積 桜先生×荻原 英人 対談】

コロナ禍で急速に広まったリモートワークなど、働く環境や仕事の進め方、コミュニケーションの方法が大きく変化しています。はたらく人の健康に関する悩みや課題も変化してきました。特に「睡眠」は、はたらく人のコンディションに直結するテーマであり、睡眠に関する悩みを持っている方は多いのではないでしょうか?
今回は、精神科医、産業医として数多くの企業で健康施策を支援されている立場から、『朝型 夜型 中間型は遺伝で決まっている! クロノタイプ別睡眠レッスン』を出版された穂積 桜先生に、睡眠を改善してウェルビーイングを高めるヒントを伺いました。

穂積 桜先生 プロフィール
札幌医科大学医学部卒業後、札幌医科大学医学部附属病院神経精神科、東京都立松沢病院などで精神科医として勤務。 また、国立病院機構東京医療センター、北里東洋医学総合研究所で、内科、東洋医学の知識を幅広く習得した。 2014年より人事労務、法律の知識を併せ持つプロフェッショナル産業医として活動している。現在19社の産業医を務める。

コロナ禍で相談件数増加!睡眠不足で「不安感」「孤独感」を訴える人続出

荻原:
『クロノタイプ別睡眠レッスン』のご出版おめでとうございます。リモートワークなど、はたらく環境の変化で睡眠にまつわる悩みを抱えている方は少なくないと思います。今まさに必要なテーマですね。自分の睡眠タイプを知る、クロノタイプという切り口はとても新鮮で興味深いのですが、今回の本を出版された背景を伺えますか?

穂積先生:
産業医として復職支援をする中で、復職前に2週間位、生活記録を毎日書いてもらうのですが、就業開始時刻に間に合うように起きれない人がとても多いんです。何カ月もトレーニングをして努力しても、どうしても朝起きれない。そんな人が一定数いるんですね。

はたらく人の健康と睡眠リズムのどうしようもなさを何とかできないか?そう考えて調べていくうちに、「睡眠は生まれ持ったタイプによって、リズムをあわせやすい時間帯とそうでない時間帯がある。そして、それは人によって違うようだ。」ということがわかってきたんです。

それぞれの睡眠のタイプがわかっていれば、働き方の選択のヒントになります。コロナ禍で、リモートワークや時差出勤、フレックスタイムの導入等、働き方の選択肢が増えた会社も少なくありません。働き方は大きく変化している時期で、今後も自由度が増えていくと思います。自分の睡眠のタイプにあわせて、フレキシブルに働くことができる会社を選択することもできるでしょう。睡眠のタイプを知ることが自分自身の安心につながり、より健康で長く働き続けながらウェルビーイングを高めるヒントになればと思い、今回の本を出版しました。

荻原:
産業医としてご相談を受ける中で、コロナ前後で特徴的な変化はありますか?

穂積先生:
現在、19社の企業の産業医をしていて、年間600人ほどの産業医面談をしています。ご相談内容は多岐にわたるのですが、睡眠の問題がある人が、全体の7割もいるんです。夜なかなか眠りにつけないとか、眠っていても何度も目が覚めてしまう、というご相談が増えました。

また、コロナ禍で夜型になって、生活リズムが乱れてしまった人も増えました。リモートワークになって通勤時間がなくなって起床時間が遅くなった分、通勤していた時よりもだらだら起きて生活してしまうケースなどです。

荻原:
確かに、ついつい在宅勤務で長く仕事してしまったり、寝る前にスマホをいじったりして夜更かししてしまう…身に覚えがあります。
ピースマインドでも、2019年に最初の緊急事態宣言が出る少し前から、全社員がテレワークを基本とした働き方にシフトして、それから定期的に働き方に関する社内アンケートをとっています。アンケート項目の中に、睡眠の質を問う設問があるのですが、通勤時間がなくなって睡眠不足が解消されたケースもあれば、なかなか寝付けなくなったという声もありました。睡眠の質の変化は人それぞれだと実感しています。睡眠不足が招く心身への悪影響には、どんなことがありますか?

穂積先生:
睡眠の大切な役割の一つに「免疫機能の調整」があります。コロナ禍で、感染症にかかりにくくするためにも睡眠は大事です。2015年に発表されたアメリカの研究では、睡眠時間が6時間未満の人は7時間以上眠れている人に比べて、ライノウイルスという風邪のウィルスに4倍以上かかりやすいという結果が出ています。

1989年のアメリカの研究では、不眠症状のある人のうつ病になるリスクは、不眠症状のない人に比べて40倍になるという結果が出ています。不眠症は慢性化しやすく、一度発症すると症状が長引きやすい病気です。産業医として、不眠の症状を軽視しないで、日々の睡眠を見直すことを提案しています。

荻原:
眠れない状態では、何よりご自身のコンディションが辛いですよね。そして不眠によって本来のパフォーマンスが発揮できないと、ご自身にも会社にも良い影響はないですよね。悪いループにならないように早めの対処が重要ということですね。

睡眠不足がはたらく人に与える影響

荻原:
ビジネスパーソンがパフォーマンスを上げるために、気をつけるべき睡眠のポイントを教えてください。

穂積先生:
睡眠は、血糖値を安定させたり、精神的な落ち着きを取り戻したりと、脳と身体のメンテナンス役を担っています。
2013年の日本国内の研究では、一日の睡眠時間が4時間30分以下の生活が5日続くだけで、脳の偏桃体が過活動になることが示されています。睡眠不足だと、周囲の環境がいくら良くても、不安を感じやすくなったり、怒りっぽくなってしまう傾向があるんですね。

産業医をしていて、過重労働の会社にはハラスメント案件が多くて、その根底には睡眠の課題があると感じます。みなさん、長時間労働になると睡眠時間を削ってしまうんですよね。

荻原:
なるほど、パワハラの原因に睡眠不足もある可能性があるわけですね。睡眠不足だと、怒りっぽくなって、気持ちにゆとりがなくなり、周囲へのあたりが強くなってしまう・・・そんな悪循環が生まれてしまうことはありそうですよね。

穂積先生:
そうですね。他にも、睡眠時間が短くなると単純なミスが増える傾向があります。日中の学習の記憶を定着させることも、睡眠の大事な作用です。例えば、新しい製品の研修を日中に受けた時、しっかり睡眠が取れないと記憶が定着せず、その後の業務に知識が役立てられない事に繋がりかねません。

荻原:
自分にあった睡眠のリズムを知って整えていくことは、ビジネスパーソンがサステナブルに活躍する必須のスキルと言えそうですね。

穂積先生:
仕事は、長距離マラソンを走ることに似ています。長いキャリアを離脱せずに健康に走りきるために、長期的な視点で健康をつくることが重要です。いくつかの論文に示されているように、自分の生活スタイルをコントロールできる人は、高いパフォーマンスを発揮するという傾向があります。

頑張りすぎて体調を崩してしまうと、キャリアの断絶に繋がりかねないケースもあって、もったいないですよね。どんなに忙しくても、小まめに自分の体調や睡眠に向き合う時間を持つだけで随分違うと思います。

荻原:
ピースマインドのEAP相談にも、テレワークになって、働き過ぎてしまうという相談が増加しています。テレワークで姿が見えないと、サボっているんじゃないか?と不安になる上司の方もいらっしゃると思うのですが、実態は逆の傾向を感じます。オン・オフを分けるためにも睡眠は大事ですよね。

クロノタイプとは?~はたらく人のパフォーマンスを向上させるヒント~

荻原:
穂積先生のご著書のテーマ『クロノタイプ』とは、どのようなものか、解説をお願いします。

穂積先生:
生き物にはみんな体内時計があります。簡単に言うと、体内時計のサイクルが、朝・昼・夜どの時間に強いのかをタイプ分けしたものがクロノタイプです。クロノタイプは、遺伝で50%くらい決まっていて、環境で変えられないこともあります。

クロノタイプについては、今回の本で詳しく説明していますが、国立精神神経センターのホームページでもテストすることができます。
https://www.sleepmed.jp/q/meq/meq_form.php

私のクロノタイプは、典型的な夜型です。こどもの頃、母が毎朝叩き起こしたり、朝早く始まる学校に入って早起きを習慣化しようとしても、一向に改善がみられませんでした。いまだに、大学時代の1限目の授業に出られなくて単位を落とすという悪夢を見てしまうんです。(笑)
そのくらい、環境をいくら整えても変えられない、強い遺伝の力というのがあるんです。

荻原:
先生のご著書を拝読して、私も自分のクロノタイプを調べてみた結果、「ほぼ朝型・62点」でした。自分の生活を振り返ってみると、確かに朝の方が気分がいいし、何事にも集中しやすいと感じます。

穂積先生:
『クロノタイプ』は、人によってほんとうにびっくりするほど違うんですよね。パフォーマンスは、自分が得意な時間帯に最大限に発揮できることが期待できますので、難しいとか大変だと思う仕事をご自身のタイプに合わせてスケジュール管理することをおすすめします。荻原さんのように朝型の人は、朝のうちに大事な会議を入れるなど、工夫されると良いですよね。

荻原:
自分が苦手な時間帯にパフォーマンスをあげるために、はたらく人が自分でできることはありますか?

穂積先生:
睡眠のリズムをコントロールする大きな影響に、光の作用があります。夜型の人ほど、光の影響を受けやすい傾向があります。例えば、朝型の人で夜起きていることが辛くて、夜の会合やプライベートの用事に支障があるような場合、夕方以降に光をたくさん浴びることで起きていやすくなるので、試していただけると良いと思います。

荻原:
それは、太陽の光ということですか?

穂積先生:
太陽の光は、晴れた日の海岸だと10万ルクスくらいあります。雨の日であっても、5000から1万ルクスくらいの明るさがあるとされています。一方で、一般家庭の室内の光はだいたい300ルクス〜500ルクスくらい。それくらい、太陽の光は桁違いに明るくて、人に影響があります。

晴れた日に浜辺で1日過ごしたり、朝からゴルフを楽しんで、たくさん太陽の光を浴びた日の夜、泥の様に眠ったなんていう経験ありませんか?

荻原:
あります、あります!

穂積先生:
それは長時間強い光を浴びた作用なんです。とくに朝に強い太陽の光を浴びると、14〜16時間後、「睡眠ホルモン」と呼ばれ、眠気を誘発して睡眠を深く良質なものにする作用のあるメラトニンが分泌されはじめて、良質な睡眠を得られるんです。

逆に、1日中室内で300ルクス程度の光の中にいると、いつが昼で夜なのか、脳が認識しにくくなってしまうんですね。寝る直前まで光を浴び続けていると、脳はいま昼なのか?夜なのか?判断できなくなってメラトニンの分泌量が減って寝付きにくくなったり、眠りが浅くなってしまうこともあります。

夜型の人ほど、光の影響を強く感じやすいと言われているので、夜間の光には特に注意が必要です。眠れないと、ついついデバイスに手が伸びてしまいがちですが、ベットルームには持ち込まないとか、眠れない時間のお供はラジオにしてみるとか、ちょっとした工夫をすると良いと思います。

クロノタイプで言うと、朝型の人は夜の光にそれほど敏感にならなくても良いんです。夜に会合などがあって眠くなっては困る時には、夕方に光を浴びることで目が覚める効果を得られることもあります。

荻原:
クロノタイプには、朝型・夜型の他に中間型もあると拝見しましたが、中間型の人が注意すべきポイントなどはありますか?

穂積先生:
中間型の人で、「平日は朝型、休日は夜型の生活をしている。」という声を聞くことがあります。睡眠の観点では、そのリズムはあまりおすすめできません。睡眠の変化は時差と同じなんですね。海外旅行を思い浮かべてみてください。体内時計が狂ってしまい、時差ボケで頭がぼんやりしたり、眠いのになかなか寝付けなかった経験、ありませんか?

平日に寝る時間が23時、休日は3時だとした場合、入眠時刻に4時間の差があります。それは毎週末、インドに旅行している様なものです。
睡眠のリズムを一定に保つことが理想的ですが、難しい場合には差が4時間あったものを2時間にするなど、幅を短くする調整ができると良いと思います。

荻原:
なるほど!月曜日が辛いという声をよく聞きますが、日本時間に戻ってこれていない人が多いのかもしれないですね。(笑)

荻原英人のはたらくをよくするを考える対談_7_穂積先生×荻原社長対談風景

睡眠満足度を上げてウェルビーイングを高めるために~「最低6時間の睡眠」は固定費と考える~

荻原:
睡眠については、量より質だという説を耳にすることもあります。「自分は睡眠時間、3時間で大丈夫です。」なんて言っている人に出会う事もありますが、実際にショートスリーパーっているんですか?

穂積先生:
人口の1%程度、ショートスリーパーの人はいると言われています。これは遺伝が大きくかかわっていて、生まれ持った素質です。なので、後天的に調整してショートスリーパーにはなれないんです。ショートスリーパーに憧れる気持ちは良くわかりますが、99%の人たちは睡眠時間を確保しつつ生活していく視点を持つことが大事です。

荻原:
良質な睡眠を取るためのアドバイスをお願いします。

穂積先生:
どのクロノタイプであっても、「最低6時間の睡眠は固定費」と考えて確保していただきたいです。ただ、なかなか眠る時間をまとめて取れないこともあると思うので、そういった時には、隙間時間で睡眠を補う習慣をつくると良いと思います。

夜間、睡眠時間を十分にとれない時には隙間時間を使って仮眠をとることをおすすめします。仮眠で午後の生産性が上がることは、NASAの研究でも示されています。長い時間眠ってしまうと、かえってボンヤリしてしまうこともあるので、30分以内の短い仮眠がおすすめです。

荻原:
自分の睡眠を振り返る時のポイントを教えてください。

穂積先生:
睡眠時間は十分とれているはずなのに、ご本人は眠れていないと感じている人が案外たくさんいるんです。そんな時は、アプリ等を使用して、ご自身の睡眠を客観的に見てみるのが良いと思います。

スタンフォード大学が示している、良質な睡眠が得られているかのチェック方法には、次の3つのチェックがあります。そちらも参考にされると良いと思います。

①ベットに入って、30分以内に眠れる
②睡眠中、起床までに起きる回数が1回以下
③「眠っている時間」が「ベットの中で過ごす時間」の85%以上

荻原:
朝、5分おきのスヌーズ8回くらいでようやく起きることもあるのですが(笑)、そういった時は自覚しているより眠れていないということなんですね。

穂積先生:
その可能性はありますね。最近では、睡眠の記録を元にアドバイスをくれるアプリもあります。今回の本の巻末にも、睡眠記録シートがありますので、ぜひ使ってみてください。

荻原:
最後に、穂積先生にとっての「はたらくをよくする®」とは、どんなことですか?

穂積先生:
「はたらくをよくする®」は、自分を知ることだと思います。自分の良いところも苦手なところも把握して、強みを伸ばし、体調が悪い時に助けを求められるような体制を自分でつくることです。攻めと守りのバランスを保っていくことが長期的に必要。睡眠という視点では、クロノタイプを知ることで自分の強みになる時間がわかるので、ちょっとした努力を習慣化することも少しハードルが下がるのではないかと思うのです。自分を知り、自分を活かせる場所を選ぶために、クロノタイプを使ってほしいと思います。働き方を選ぶことは生き方を選ぶことで、キャリアを積み上げていくうえで大事なスキルだと思います。

荻原:
「働き方を選ぶ」ことは「生き方を選ぶ」こと、まさにそうですね。はたらく人にとって身近で悩みも多い睡眠について、わかりやすい解説をありがとうございました。自分自身もクロノタイプに合った睡眠の時間や働き方について向き合って見ようと思いました。

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朝型 夜型 中間型は遺伝で決まっている! クロノタイプ別 睡眠レッスン

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