【書籍・資料・文献】『2階で子どもを走らせるなっ!』(光文社新書)橋本典久
騒音なんて当たり前 消えた町屋のガード下住宅と商店
京成電鉄の町屋駅は、早い段階から高架駅になっていた。そして、高架下にはたくさんの住宅や商店が軒を連ねていた。もう、その光景を見ることはできない。ほぼ撤去が完了している。
約15年前まで、いわゆるガード下と呼ばれる商店や住宅は、さも当たり前のように生活空間に溶け込んでいた。商店ならさほど影響はないかもしれないが、住宅は違う。電車が通るたびにガード下には振動が伝わり、騒音が響く。
町屋駅は新三河島駅と千住大橋駅の間にある。普通電車しか停車しないが、千代田線や都電荒川線の乗換駅でもあるために利用者多い。頻繁に電車も通る。ガード下には飲み屋や喫茶店・食事処などが並び、住宅と兼用の畳屋や理髪店なども並んでいた記憶がある。
こうしたガード下や都電荒川線の走る街並みが、昭和を想起させるのだろう。また、町屋駅界隈は”もんじゃ”が有名なために、ガイドブックでも下町と紹介される。厳密には町屋は下町には属さないが、下町情緒を漂わせるレトロな部分が人気なのだろう。
そんな街並みも、再開発で消失した。荒川区は東京23区でも区域が小さい。また、残念ながら存在感も薄い。
荒川区なのに荒川が流れていなかったり、東京23区でスターバックスがない唯一の区だったりすることが荒川区のダメなところとして紹介される。そこが荒川区の後ろめたいウイークポイントだったのかもしれない。荒川区は垢抜けることを模索した。平たく言えば、首都・東京の、しかも都会の一画に列しようとした。
日暮里駅や西日暮里駅は荒川区に所在する。つまり、荒川区は山手線沿線でもある。しかし、そうしたイメージはなかなか広まらない。近年では、日暮里駅前の駄菓子屋横丁が再開発によって高層ビルへと生まれ変わり、南千住駅の東側に広がる貨物駅一帯も再開発でタワーマンションが林立。そのため、驚異的な人口の伸び率を示す。
荒川区で開発が遅れていた東尾久・西尾久も、交通網の充実で変貌を遂げている。2008年に開業した日暮里・舎人ライナーは、もともと足立区の交通空白地帯をカバーするために計画された。
足立区の江北・谷在家あたりの発展ぶりは目覚ましいが、日暮里・舎人ライナーの開業で恩恵を受けたのは足立区ばかりではない。都電荒川線との交点にあたる熊野前駅にもマンションが建ちンあらビ、ニューファミリーが流入。人口増の兆しが見られる。
荒川区の人口は、約22万。千代田区や中央区のような企業がたくさん立地する区ではないので、税収は住民税が頼りの綱だ。それなんおに、荒川区は港区よりも人口が少ない。人口増加政策は、荒川区に悩みの種でもあった。
日暮里・舎人ライナーの開業によって熊野前駅は発展。熊野前駅は住所で言えば、東尾久になる。そのため、東尾久の人口は増加。荒川区の残す課題は西尾久だった。その西尾久も、上野東京ラインの開業により、東京駅まで2駅という好アクセスが注目を集める。東尾久には遅れたが、マンション開発が盛んになっている。
期せずして、荒川区は行政が再開発の旗振りをせずとも自然と開発が進んでいった。
住宅街に溢れる騒音・振動・光害
町屋駅のガード下は、行政主導の再開発で、駅前が一変した。その一方、町屋からガード下が消え、昭和感やレトロ感はまったく感じられなくなった。ほぼ同時期に、日暮里駅一帯にも残っていたガード下も消えた。
ガード下にあることの方が、住環境的に健全とは言えない。だから、ガード下の住宅や商店が消えるこを惜しむのは筋違いだろう。そこで暮らしている人にとってみれば、これからは電車の騒音や振動で生活や睡眠を妨害されることはなくなる。より快適な暮らしを送ることができるのだ。そうした住環境の改善は、慶賀すべきことだろう。
住環境の改善は行政が取り組まなければならない課題だが、住民の騒音や振動に対する厳しさも、時代とともに増していく。かつて、町工場や作業所、商店は自宅兼用が当たり前の時代があった。職住分離が一気に進んだのは、ここ30年間の話なのだ。
だから、住宅街でも朝8時ぐらいになると、機械音が鳴り響くことは珍しくなかった。だからといった職住分離を批判したいわけではない。昔はよかったと言いたいわけでもない。
職住近接を前提にした法体系や概念が、いまだ残っているという、時代についていけてない部分が少なからずあることは指摘しておきたい。例えば、選挙時に煙たがられる選挙カーの使用も、こうしたライフスタイルに依拠している。
公職選挙法によって、候補者はマイク・スピーカーを使える時間帯が8時~20時までに制限されている。選挙カーからスピーカーを通して訴えかける場合も同じだ。これは、選挙によって静穏な生活が侵害されないようにするために配慮された結果でもある。
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