「確率思考の戦略論」で紹介された需要予測Excelでできる説
本noteは確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力(以降「同書」)を読んだことがある方に向けた内容です。
戦略を描くマーケターを増やすために
同書の対となる書籍「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門」では、
戦略とは、目的を達成するために資源(リソース)を配分する「選択」であると説明されています。マイケル・ポーターは「戦略とは捨てること」と言っています。
経営資源は有限です。何かを選ぶために何を捨てるか?を決める必要があります。そうした意思決定を確かな方法で行うことができるか否かが「データドリブンに戦略を描くことができるマーケター」となれるか?の分かれ目です。同書はそうしたマーケターが使う道具として、確率モデルが有用であることを具体的に示してくれました。私も、Excelでできるデータドリブン・マーケティング
という書籍を出版したり、宣伝会議「マーケティング分析講座」を担当するなど、統計・因果推論・確率モデルの知識を自らも学びながら共有し、データドリブンに戦略を描くことができるマーケターを増やすことに貢献するビジョンで活動しています。
2024年6月26日更新
新著「その決定に根拠はありますか?」Amazonでの販売を開始しました!
ここで紹介するNBDモデルの活用など戦略を導く為の「エビデンスの作り方」をテーマに、これまで体系化してきたノウハウを紹介したマーケティング・インテリジェンスの書籍を出版致しました。5問の調査でTVCM(施策)→コンビニで商品を見た(要因)→売上がいくら増えたか?→年間16.67億円(効果)の様に経路ごとに構造的に効果を把握する国際特許(PCT)を出願した分析法など、確率モデルや因果推論をプロジェクトで実際に活用している方法を特典の動画講義も活用して実装レベルの知識まで提供しています。高度な技術を誰もが使える様にアシストする動画講義もあります。
エビデンス・ベースド・マーケティングの書籍「ブランディングの科学」や「確率思考の戦略論」で書いてあった数式や法則を2021年から2024年4月までに行った96.6万人の調査で確認したデータも参照し、これら書籍の要点わかりやすく咀嚼し、汎用的に使えるノウハウにまとめ、誰もが実務で実際に使える方法に落とし込むことに徹底的にこだわっています。以下のnoteでは、書籍で紹介した分析と合計7時間にも及ぶ読者特典の動画講義の内容を解説しています。
ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデル
先日、大企業で同書の手法を実装しようとしている若いマーケターの方とお話させて頂く機会がありました。(以降、A氏とします)同書の内容を本気で活用しようとしている方は珍しいです。分析について助言させて頂きながら課題をお聞きしました。つまるところ、上の世代、レガシーな方たちのリテラシーが低いため、ご苦労されている様子でした。我々以下の世代が日本のマーケティングを変えなければと改めて痛感しました。本noteではA氏も実装しようとしていた需要予測ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルの活用例を中心に分析ノウハウを紹介します。A氏などの若い世代が確かな戦略を描けるマーケターとなる為のサポートすることが、経験と勘によるあいまいな意思決定をなくすことにつながると信じています。
確率思考の戦略論を含めた森岡氏の書籍はシリーズ20万部以上売れているそうです。(書籍の帯の記載による)マーケティングを経験と勘にせず、科学する執念で成功したファクトが別格だからだと思います。私が最も感嘆したエピソードがハロウィーン・ホラーナイトでした。
注力すべきターゲット消費者(WHO)を独身女性に定め、彼女たちがハロウィーンに本当は何を期待しているか?という本質的なインサイトを捉え、的を定めて導いた打ち手(HOW)のハロウィーン・ホラーナイトによって、走攻守ならぬ、WHAT、WHO、HOWが合致し、前年7万人に対して、2011年10月のハロウィーンは40万人の集客となったそうです。多くのマーケターはこのケーススタディのWHOやHOWの秀逸さに着目したのではないでしょうか?私は10月に注力するというWHATを、経験や勘ではなく数理モデルから導いたことに価値があると思います。もともと、10月はUSJ最大の需要期であり、閑散期の1~2月や5~6月のほうが伸びしろと捉えがちですが、経験と勘ではなく、確率モデルのガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルによって9~11月のほうが伸びしろがあると捉え、前年7万人だったハロウィーンの集客を倍の14万人以上にできると予測し、そこに注力する戦略(WHAT)を打ち出せたからこそ、ハロウィーン・ホラーナイトの企画が生まれ成功したのだと思います。
ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルとは、最後に、いつ買ったか?訪れたか?食べたか?など最終のアクションを行ったタイミング、リーセンシーデータから、アクションの頻度の確率分布がわかる分析です。その分析を具体的な活用イメージを共有するため、本noteでは関数を組んだExcelシートを用いた分析手順を紹介していきます。
NBDモデル(おさらい)
同書の要点となるNBDモデルについて思いだしていきましょう。消費者のプレファレンスは下記のNBDモデルの式のパラメーターMとKによって決定されるものでした。
USJの2015年の来場数にあてはめる。
この記事によると、USJの来場数は2015年:1,390万人だったそうです。①
この記事によると、USJの2015年3月期の売上は1,385憶円だったそうです。②
このブログでは(TDLの)全入園者数に占める年パス所有者の延べ入園数はおおよそ20~30%前後ではないかと推測しています。また、USJの年間VIPパスは¥37,800で1DAYパス5回でほぼ元が取れそうな価格設定です。
これらをヒントに、USJに年間5回以上行く方は、全利用者のうち20%ではないか?と考えてみます。③
①②③の3つの情報とExcelの最適化計算ツールのソルバーを用いた計算でMとKを求め、2015年のUSJの顧客の構造を把握します。
まず、Mを求めます。日本全国の人口から0歳から3歳(USJは無料)を引いた人口が123,997,000人です。2015年のUSJ来場人数(のべ)が13,900,000人なので、M=0.112となります。関数を組んだExcelシートは水色のセルの値を任意に入力し、ソルバーで可変させる想定です。
母集団人数とMと、暫定で購買単価7,600円(1日パスの料金)を入力しており、Kは適当に0.1~0.5まで可変させています。Mは一定ですが、Kが変わることで、回数ごとの浸透率が変わり、上部のグラフ、D列の人数とE列の購買回数の合計の値も変化します。
26行めの右端の購買金額合計(ここでは年商)が1,385憶円ではなく、1,056憶円となっています。おそらく、1日パスの料金だと一人あたりの購買単価が少ないのだと思います。また、1年間に5回以上利用する方も少ない気がします。
D24セルで5回以上利用した人数の合計値を求め、年1回以上の利用者に対する割合をC24セルで求める関数を入力しました。Kが0.1のときは、2.381%でした。
ここまで準備したら、下記の条件でソルバーで計算します。難解な計算ではないので計算自体は一瞬で終わります。
得られた結果が下記です。K=0.019、平均購買単価は9,964円でした。
D30セルの浸透率1回以上(人数)より、ユニークな来場人数は4,415,461人と推計できます。関数を組んだExcelシートでは回数100回までを自動計算していますが、得られたモデルから1年間の最多利用回数のユーザーはD104セルの72回だと予測できます。
期間別浸透率
NBDモデルの公式はPr=となっており、r回のアクション(購買)が発生する確率(予測値)求める公式でしたが、Pn:期間別の浸透率(母集団に対するアクション率)を求めることもできます。同書P277~P280の巻末付録のガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルの解説に期間別浸透率と、それを求める式についての説明があります。
関数を組んだExcelシートの上部では、「期間別浸透率(予測値)」を自動計算しています。
さきほど得られたモデルの場合は下記のD2~D6セルの通りです。30日以内のアクション(ここではUSJ利用)の割合は0.75%、30日~65日以内は0.61%、65~182.5日以内は1.19%、182.5日以上は97.45%となります。
「最後にいつUSJを訪れたか?」を聞くことによって得られるリーセンシーのデータ(期間別浸透率の実績値)から、期間別浸透率の予測値の予測誤差を最小化するMとKを探索することで、NBDモデルの公式(パラメータのMとK)を求める方法がガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルです。
同書P302にはTDLの2015年10月実績を推計する際にガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルも併用したという記載があります。
「最後にいつ〇〇をしたか?(買ったか?訪れたか?食べたか?など)」の確からしい回答を十分な標本サイズで取得できれば、自社に限らず、あらゆるブランドやカテゴリーのNBDモデルを推定し、市場を構造的に把握できます。
下記のマイボイスコム株式会社の2014年11月1日~11月5日に行われた10,549名に対する調査結果からリーセンシーを推測して期間別浸透率(実績)としていました。リーセンシーの区切り(30日以内/30~75日以内/75日~182.5日以内/ 182.5日)は、この調査結果に合わせたものでした。
上記のアンケート結果から、推計した「遊園値またはテーマパーク」のリーセンシーデータ(=期間別浸透率(実績))と予測直との誤差を最小化するMとKをソルバーで計算した結果が下記です。
M=0.653、K=0.163の2つのパラメーターとしたモデルから、D29セルの年間1回以上遊園地またはテーマパークを利用する方の人数は26,096,702人で、DE25セルの購買合計金額は8,065億円と推計できました。
この記事によると、2016年のテーマパーク業界の市場規模は6,581億円とあり、推計値が上回っています。USJ基準の購買単価9,964円が高い、または「最後にいつテーマパークに行ったか?」というリーセンシーを直接聞いた質問から得たものではないので「期間別浸透率(実績値)」のデータの質が悪いことなどが考えられます。ソルバーの制約を考え直すための付帯データを集めて再計算する必要がありそうです。
市場規模の6,581億円が正しいことを前提にして再計算の可能性について言及しましたが、もしかしたら市場規模推計にNBDモデルを使っていない場合は、それを取り入れることで推計値の精度が上がることも考えられます。
実務で使う場合は、より慎重な考察からモデルの精度を上げていきます。
NBDモデル&ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルまとめ
以上の4つは連動しています。
売上規模のデータや購買単価の目安など、得られた情報のうち確からしいものを優先し、ソルバーの計算条件を考え、MとKを求め、より精緻なモデルを得ることで市場構造を確からしく把握することができます。計算自体は軽微なものです。本noteのタイトルにある様、Excelでできる内容です。
タピオカミルクティの市場構造を把握する
最近、気になる商材があります。「タピオカミルクティ」です。市場構造を把握してみたくなりました。大学生の娘いわく、自分は飲まないが周りは皆飲んでいるとのこと。おっさん(41歳)の私の感覚では理解できないブームです。今後も続くのか?ブームの行方が気になっています。20~34歳の女性に引用頻度を聞いたアンケートを見つけました。
この結果をタピオカミルクティのリーセンシーデータの代用として、ソルバーで、期間別浸透率(Pn)の予測と実績の誤差を最小化するMとKを求めました。
これも、テーマパーク同様、リーセンシーを直接聞いたものではないデータから代用したせいか、予測誤差は10%弱と精度はイマイチです。実際のリーセンシーデータを得て分析したいところです。
リーセンシーを調査する時に配慮すべきは「いつ聞くか?」と「どう聞くか?」です。
例えば、タピオカドリンクであれば、夏は多く飲まれることなどから「最後にいつ飲んだか?」を聞くタイミングによって、結果が変わるはずです。前述のタピオカドリンクを飲む頻度の調査の実施時期は2019年9月19日~9月25日でしたが、これが2019年8月19日~8月25日であれば、リーセンシーの平均値が短くなり、1週間以内に飲んだ方の割合が増えることなど想像できます。
聞き方も大事です。私は今年はUSJとTDL、それぞれ1回ずつ行きました。USJの優待チケットに当選したのと、小さな子供を連れていきやすい時期になったからです。それ以前、最後に行った日は正確に覚えていません。SNSやGoogleカレンダーから探し直す必要があります。関与の頻度が少ない商品やサービスについての記憶はあやふやです。
タピオカミルクティの場合、最後に飲んだのがいつかを聞く際に、3日以内、1週間以内、1か月以内といった区切りのMAで聞けば答えられるかもしれませんが、正確に「何日前に飲んだか?」と聞かれたら1週間以上前に飲んだ方は回答できない方が多いのではないでしょうか?適当に答えるかもしれません。確からしく回答を得て、月次の需要を把握するには年間12回(月ごと)リーセンシーを聞く調査をする必要があると考えます。
2011年の10月に注力したハロウィーン・ホラーナイトも、おそらく月次のリーセンシー調査から10月が伸びしろと判断されたのだと思います。なお同書では、最後に何をしたと聞いたのかについて、言及されていません。これもあくまで推測ですが、施策は主にUSJ近隣エリアの独身女性にターゲットがフォーカスされていたことから「最後にテーマパークを訪れたのはいつか?」ではなく、「最後に友人や家族と外出したのはいつか?」など、テーマパークよりも広いカテゴリーを聞いて分析し、10月が伸びしろだと捉えたのではないでしょうか?
ツイート全量データでガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルを検証
「タピオカミルクティ」に関するツイート回数の分布はNBDモデルに従うでしょうか?ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルで計算を行ってみます。CCI社のコミュニケーションエクスプローラー(以下CE)で「タピオカミルクティ」の単語を含むツイートの全量データを取得し、最後にいつツブやいたかのリーセンシーデータから、MとKを求め、得られたNBDモデルから、求めたユーザーのツイート回数の分布の予測と実績が当てはまるか検証しました。
分析期間は2018年10月1日~2019年9月30日の1年間とし、「タピオカミルクティ」の単語を含むツイート全量データ(98,790ツイート)を使用しました。
ただし、リツイートは除外しました。なぜ、除外したか?これについては後ほど説明します。CEから吐き出したツイートのローデータから2019年10月1日を基準として、何日前に呟いたか?ユーザーごとのリーセンシーの値を求め、ユーザーごとのツイートのリーセンシーの分布を整理しました。
今回、母集団は20~34歳の人口約1,800万人の10%の180万人と捉えました。
成型したリーセンシーデータから(ガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルの計算によって)MとKを導きました。
10月1日の30日前(9月1日~30日)の10,353ツイートを投稿したユーザー数の実測値と、得られたNBDモデルの回数ごとの浸透率(Pr)から推計した予測値の比較です。
回数分布とリーセンシーを実数として取得できるツイートでガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルを検証しました。あてはまりはまずまずといったところです。
3つの分析事例(USJ2015年来場者/「タピオカミルクティ」アンケートからのリーセンシー/ツイートのリーセンシー)をご覧頂いたことで、購買回数もツイートも、テストの点数などでおなじみの「正規分布」ではなく、NBDモデルに従うことや、リーセンシーデータがあればモデルを導き市場構造の把握が出来ることがお分かりいただけたのではないかと思います。良く見かける、購買頻度のアンケート結果も、リーセンシーデータの代替とすることでモデルから市場構造把握ができます。
分析の目的に応じてデータの集めかたを変える
「タピオカミルクティ」の単語を含むツイートの全量データ(98,790ツイート)を使う際、「RT」を除外しました。「RT」を含めたツイートは下記の推移でした。ツイートの合計数は279,130で、1日で4.5万RTを超えるツイートもありました。
今回の分析の目的は、ヒット中の「タピオカミルクティ」を飲みたい、または飲んだ!という方のツイートはNBDモデルに従うのか?でした。
必要なデータは、タピオカミルクティの購買ニーズのトレンドを象徴するツイートでした。RTが急増していたツイートは面白ネタで、RTもただ、面白がってノッかるような内容でした。タピオカミルクティ購買に共感されたような内容ではありませんでした。そうした場合は、RTはノイズです。だから除外したのです。
念のため、「タピオカ」でも調べましたが、推移は「タピオカミルクティ(RT抜き)」と似通っていました。
しかし、ツイートの総数は16,174,742もありました汗。工数の事情でこのデータは見なかったことにしました笑。ただ、実際には「タピる」といった言葉も使われているようですし、十分な工数が確保できる場合はそうした抽出条件も加えた、さらに多くのツイートのビッグデータを集めて分析するのも有意義かもしれません。
「タピオカミルクティ(RT抜き)」のツイートが飲んだ、または飲みたいニーズのトレンドを象徴しているか?これを判断するために、グーグルトレンドのデータの推移と2軸グラフで重ねました。Googleトレンドは0〜100の指数データである為、推移がガタガタして見えますが、概ね似通った変化をしていたため、このツイートを使おうと決めました。
ツイートの抽出1つとっても、分析の目的をどこに置くか?工数のバランスなどによって吟味すべき項目は多岐に渡ります。不用意にビッグデータに向き合うべきではありません。
デジタルなログを全体の中の位置づけを把握し、「人間」の行動として捉える。
先程はガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルで2019年9月の「タピオカミルクティ(RT抜き)」のツイート回数の分布の実績値と予測値を比較しました。分析対象期間1年間でも集計しました。
集計対象を1年間としても、期間内ツイート回数1回のユーザーが多く、全体の約8割です。過去にはInstagramの生ログを分析する機会もありましたが、数年間に及んで投稿されたブランド名のハッシュタグ投稿の数万件のうち、1回しか投稿していないユーザーは同じく8割でした。
SNS上の自社ブランドの投稿を分析すると、得られるテキストの内容は、全体のユーザーの中では稀有な存在となる残りの2割のヘビーユーザー(2回以上投稿する方)のうち、何度も自社ブランドについて言及する方の意見ばかりを見て、それを代表性のある顧客の標本として捉えているような場面を見かけますが、おそらくそれは違います。だいたい8割が1回しか発言しないライトユーザーです。
さらに、その1回の投稿をする時点で生活者全体の中では稀有な存在です。SNSで最大の利用者数を誇るツイッターでさえ、投稿まで行う方の割合は8.7%というデータがありました。
以前、今年9月15日に興収127憶円を超えた映画「天気の子」の全量ツイートを分析したところ、販売数948万(推計)に対してツイート数は約408万(実数)でした。検索数は約5,000万回(推計)ありました。「映画を視聴してきた」ことについて言及したと思われるツイート数は、約24.6万(実数)で、チケット販売数に対して2.5%。映画を見た人のうち見てきたことをツイートした人はたったの2.5%でした。
天気の子を見てきた方のうち、ツイッターでよく投稿を行う方が8.7%で、2.5%が観てきたツイートをしたと考えると合点が行きます。しかし、ツイートしたユーザーを生活者の代表性のある標本として捉えるのには無理があります。購買行動後のツイートでのシェア数は127億円のヒット映画でさえ、映画を観た方の2.5%です。また、一般的にブランドやカテゴリーについて、1回しか言及しない方が8割程度を占めます。SNSでシェアを増やしファンを増やす云々と、安易に発言するSNSマーケティング従事者を見かけますが、よく考えて発言したほうが良いと思います。私自身もです。自戒の念を込めて。
ツイートなど、デジタルログデータに向き合い、そればかり見ていると、そのデータが生活者全体のうち、どういう位置づけにある行動ログなのかを見失い、さらに稀有な存在となるコンバージョンした方のデータや特徴しか見ないような状態となり、行動ログの背後にある人間としての像が見えなくなったりします。購買の全てがデジタルで決済され、情報銀行のようなサービスが浸透する時代が来るまでは、今得られるログデータをかき集めたところで、消費者のニーズやインサイトの多くは分かりません。
人間の行動の一端としてデータを活用するためには全体を想像し仮説するチカラ、リテラシーが必要です。
「NBDモデル」で検索すると以下のページが出てきます(執筆時点)。ヤフー検索データをもとに、ECサイトと航空サイトの利用頻度毎の確率分布をNBDモデルから予測した分析です。
同書で「商品・サービスの利用者を増やす水平拡大」が成功する確率が高いことについて言及していることに触れつつ、事業者の規模や進捗によっては、「商品・サービスの利用頻度を増やす垂直拡大」も重要であるという考えから、当該サービスへの関与度を検索クエリの実行回数が多い方(高関与)と低い方(低関与)を分けて、観察し、水平・垂直それぞれの打ち手を見出しましょうという内容です。
検索クエリというデータから背景にいる人間の行動を考えて打ち手につなげようというアプローチは、デジタルなログを全体の中の位置づけを把握し、「人間」の行動として捉えるものであり、大変共感できます。
今後、マーケティングでは以下のようなことが起こると考えています。
デジタル(な行動データ)から水平拡大の戦略を描けるマーケターが求められる
デジタルプロモーションやダイレクトマーケティングに特化している業務をされている方はとかく、思考が垂直拡大の打ち手に偏ってしまいがちです。同書を読んだ皆さんなら、水平拡大による打ち手が重要だと言うことはお分かりだと思います。
NBDモデルについても言及されている、ブランディングの科学を読むと、さらに水平拡大が重要だと理解できます。読んだことがない方は下記の要約をご覧頂ければと。
なぜ、大企業を中心に、著名タレントを起用したTVCMを制作し何十億円の予算でバイイングし続けているのでしょうか?そうした施策の効果を科学的に検証ができていないレガシーな企業もいますが、検証した上で投下し続けている企業もいます。私は今はそうした検証の専門家でもあるので、webにはできないマス広告のリーチ効率の良さなど、定量的に理解しています。以前は広告代理店マンとして1キャンペーン数億円のTVCM中心のキャンペーンのメディアプランニングに使用する消費者パネルデータや、月間6,000~7,000万円のWeb広告運用に付帯するログ、顧客購買データや検索クエリ、ツイート、定量調査結果、ありとあらゆるマーケティング関連データにアクセスしながら、様々な枠組みで消費者理解や市場構造把握やマーケティング施策の効果検証をしてきました。その経験から、同書で言及されていた、水平拡大の打ち手は垂直拡大にもつながるが、垂直拡大は水平拡大につながらないことにものすごく腹落ちしています。水平拡大の為には今もTVCMが必要なケースが多いのです。
しかし、水平拡大を支援する戦術としてのTVCMなどの施策を展開できても、先に示したデジタルな行動ログとの向き合い方を知らないマーケターは今後、相対的に存在価値を下げていくかもしれません。反面、デジタルなデータと向き合えるが、垂直拡大の範囲でしかアクションが考えられないマーケターは今は重宝されていますが、マーケティング戦略を担う側とはなれず、オペレーター的な立ち位置、言い方は悪いですが使われる側に収まってしまうリスクもあります。優秀なマーケターがそうなってしまう状態は不本意です。
今後、求められ、市場価値が上がるのはデジタルから水平拡大の戦略を描けるマーケターだと考えています。水平拡大の戦略を描けるとはどういうことでしょうか?森岡氏が関わられていた例で示すと、
USJが映画だけのテーマパークを改め、世界最高のエンターテインメントのセレクトショップへの転換を掲げたことや、
丸亀製麺が、「すべての店で、粉からつくる。」と他社に無い圧倒的な強みを訴求すること。
こうしたWHATを決めることです。
デジタルなデータと向き合いつつも、人間を見に行くスタンスで、データから仮説し、垂直拡大の施策に偏らず、デジタルから水平拡大の戦略を描けるマーケターとなるためには本noteで示した市場を構造的に把握するための知識や、確からしく因果関係を把握する知識なども必要になると思います。
簡単ではないのは承知ですが、学習意欲の高いマーケターのみなさんにはぜひそれを目指して頂きたいと思っています。私もそれを目指している途中であるため、共に目指して参りましょうと申し上げるほうが適切かもしれません。
旧来型マーケターは水平拡大のための戦術(TVCMなど)には詳しいですが、デジタルデータに詳しくない方も未だに多いです。
デジタルマーケティングに詳しいマーケターはそうしたデータとの向き合いに慣れていますが、垂直拡大のみの施策に思考が偏ったり、すでに言及した様にツイートなど、デジタルなログの全体の中の位置づけを把握できていなかったり、「人間」の行動として捉えられず、コンバージョンばかり追いかけるオペレーターになってしまいがちです。
ご自身のためにも、日本のマーケティングのレベルを上げるためにも、水平拡大の戦略を描くことにロードマップを置いて、自らのスキルやキャリアを磨いてみませんか?私が書く書籍やnoteや講師を行う研修など全て、そうした学びとなるものにしたいと考えています。
そんな想いから、世界やアメリカと比べ、日本が大きく遅れをとっているソーシャルグッドなブランド戦略を描くためのサイクルをソーシャルリスニングの活用を例にしてまとめたnoteも書きました。お時間のある際にご覧頂ければ幸いです。
A氏などの若い世代が(確からしく)戦略を描けるマーケターとなるサポートするために、自らも学びながら今後も活動を続けて参ります。ここまでお読み頂きありがとうございました。
10月22日更新(追記)
回数ごとの浸透率(Pr)を求めるため、関数を組んだExcelシートのB31セル(浸透率0回)に入れた数式は下記です。A31セルは浸透率を求める「回数」を(列のみ固定参照)、B27セルはM、B29セルはKを(両方とも列と行固定)参照しています。任意にMとKの参照セルを用意し、浸透率を求める「回数」を0から1,2,3…と縦に並べれば、この数式をコピーして使える(それぞれの「回数」に対応する浸透率を計算できる)はずです。
=(1+(B$27/B$29))^(-B$29)*GAMMA(B$29+$A31)/(GAMMA($A31+1)*GAMMA(B$29))*(B$27/(B$27+B$29))^$A31
Pn:期間別の浸透率を求める式同書P277~P280の巻末付録のガンマ・ポアソン・リーセンシー・モデルの解説を求める式についての説明を参照ください。(こちらはさほど難しくない数式となっております)
2024年6月26日更新
新著「その決定に根拠はありますか?」Amazonでの販売を開始しました!
ここで紹介したNBDモデルの活用など、戦略を導く為の「エビデンスの作り方」をテーマに、これまで体系化してきたノウハウを紹介したマーケティング・インテリジェンスの書籍を出版致しました。5問の調査でTVCM(施策)→コンビニで商品を見た(要因)→売上がいくら増えたか?→年間16.67億円(効果)の様に経路ごとに構造的に効果を把握する国際特許(PCT)を出願した分析法など、確率モデルや因果推論をプロジェクトで実際に活用している方法を特典の動画講義も活用して実装レベルの知識まで提供しています。高度な技術を誰もが使える様にアシストする動画講義もあります。
エビデンス・ベースド・マーケティングの書籍「ブランディングの科学」や「確率思考の戦略論」で書いてあった数式や法則を2021年から2024年4月までに行った96.6万人の調査で確認したデータも参照し、これら書籍の要点わかりやすく咀嚼し、汎用的に使えるノウハウにまとめ、誰もが実務で実際に使える方法に落とし込むことに徹底的にこだわっています。以下のnoteでは、書籍で紹介した分析と合計7時間にも及ぶ読者特典の動画講義の内容を解説しています。