見出し画像

小噺「刺身の上にタンポポを乗せる仕事」

私は、刺身の上にタンポポを乗せる仕事をしている。

魚が好きだからと、まかない目当てに魚屋でバイトを始めたのが全ての始まりだった。何気なく刺身の盛り付けの業務をしていた私に、社長が突然こう叫んだ。
「君には菊を盛り付ける才能がある!」
何を言っているのかさっぱりだったが、とにかく私はその鶴の一声で見事社員へと昇格した。ちなみに刺身に乗っているタンポポと言われているものは、正しくは食用の菊である。

そんなこんなで、今の私は刺身の上に菊を乗せるこの店唯一の職人である。ともすれば、いや恐らくきっと世界でも唯一だろう。
社長の暴挙によって給料も(何故か)悪くないし、刺身もまかないで食べさせてもらえる。何よりやりたいこともなかった私は、これ幸いとこの仕事を続けることにした。



何不自由ない日々を過ごしていたある日のことだ。偶然、テレビで食用菊が話題に出ていたのを見た。そこで初めて知ったのだが、食用菊は花弁を醤油に散らして刺身と一緒に食べるらしい。私はそれを聞いてとても驚いた。
次の日、食用菊と刺身の余りをもらって帰り、家で試しに食べてみた。まぁ、悪くはない。とても美味しいと言うほどではないが、時々ならこうやって食べるのも良いだろう。
何より、なんだか嬉しいようなむず痒い感覚がした。なんの意味も見出だせなかった刺身に菊を乗せる仕事が、ほんの微々たるものでも価値があると認められた気がしたのだ。

また次の日、私は試しに、菊を醤油の小袋の隣に置いてみた。昨日のテレビを観た人が試しに食べてみてくれないかとか、観ていない人も配置を不思議がって調べてくれないかとか、そんなことを思いながら。
しかしそれをしばらく続けていると、社長が怒鳴りこんできた。
「なんだこの菊の盛り付けは!全く美しくない!ふざけているのか!?」

私はその言葉に、自分でも驚くほどのショックを受けた。ほんの小さな「やりがい」の芽を、土足で踏みつけられたような感覚だった。
私の口は考えるより先にこう動いた。
「すいません。辞めます」


数ヶ月後、私は花屋に就職した。
菊ばかり見ているうち、そういえば小さい頃の夢は「おはなやさん」だったな、とふと思い出したのだ。
別に今はさほど花が好きでもないし、当然詳しくもない。覚えることは多くて気が滅入る。
ただ、花を買いに来る人は何か理由があって花を買いに来る。その人に花を手渡すだけでも、何かの価値があるような気がしている。

「すいません、菊の花を一つ」
菊の花を頼む人は決まって少し暗い顔をしている。
それでも、この花が買った人の人生に少しでも彩りを与えてくれることを願っている。
私もそうしてもらったのだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?