見出し画像

“お友達”ではない心地良さを生む組織開発

新卒一括採用は、日本的雇用形態の典型として挙げられます。そして、多くの企業の人事・教育担当が、4月、それに付随して行われる新入社員研修に忙殺されるのも、日本の風物詩でしょう。その良し悪しは別として、様々な企業の新入社員だけを比較できるこの機会は、アンケート調査とは違った実態を垣間見ることができます。

研修につきもののグループ・ディスカッションでは、忖度を知らない自由な発言が飛び出してきます。そこから、その企業が、どのような視点で人材採用をしているのか、少しおおげさに言えば企業文化のようなものが感じられます。しかし今年は、少し違和感を覚える場面が、多数、見受けられました。

研修で出される問は、いくつかの答えが考えられるように設計されます。それは、複数の意見を交わすことで、多様な視点があることを体感させることを目的としているからです。ところが今年は、最初に出された意見から逃れることができず、それを補完する議論に終始する傾向が看取されました。ディスカッション・テーマによっては、明らかな誤りがあってもそれを指摘する者が現れず、誤った方向のままに議論を進める場合さえありました。

おそらくは、異なった意見を発出することや、疑問を呈することが、発言者の否定であると考えているのでしょう。すなわち、発言者の立場を守ることが“承認”であると誤解し、その誤解が“良い関係”を築くと誤認しているのだと思われます。今、組織に欠けている姿勢が、フィードバック(クリティカルな批判=健全な批判)にあることが指摘されていますが、非常に極端な形で新入社員に蔓延しているような感覚を覚えました。「誰とでも仲良く…」は“お友達”づき合いの姿勢としては正しいかもしれませんが、ビジネスにおける人間関係は“お友達”ではないでしょう。

ビジネス・コミュニケーションの根底には、論理的思考があります。それは、論理が“わかりやすさ”を提供するからです。確かに、ビジネスといえども微妙なニュアンスを必要とされる場面はあり、メタファーなどが使われることもありますが、多くのコミュニケーション場面においては、8割の理解で十分でしょう。また感覚に訴えるにしても、話の8割は論理的であること(わかりやすいこと)が求められるはずです。したがって、フィードバックの弱さとは、「誤解されたくない」という想いの強さの表れ、換言すればコミュニケーション場面において論理的展開を構築する力と理解する力の弱さ(それに伴う相互信頼の弱さ)であるとも指摘できるように思われます。例えば『RoOT』は、ドラマなので論理の部分が多分に省略されていますが、それでも感じるところはあるのではないでしょうか。

この弱さは、事実と解釈の違いへの誤解(あるいは無理解)にあると思われます。例えば、都内の新築マンションの平均価格が1億円を超えたのは事実です。しかし、予算が5千万円であれば都内で新築マンションを探すのはムリだと指摘する声は、解釈です。解釈を事実と誤認すれば、思考の幅(可能性の幅)は狭まり、フィルター・バブルにはまってしまうでしょう。マンションであれば、単に地方へ地方へと視点を彷徨わせていけば済むことですが、コミュニケーションにおいては、致命的な結果を招きかねません。

社会を構成する生物は、相対的特性を持って行動が規範されます。したがってヒトも、組織が誤った方向に進もうとしているとき、再考を促す存在が現れたからこそ、生き残ってきたと言えます。しかし、その力が弱まっているように感じられます。フィードバックを躊躇する感性は、狭い思考を深化させていきます。その結果、フィードバックに不寛容となり、周囲から孤立し、分断されていきます。フィードバックを躊躇する感性が、誤った“共感”によって醸成されるのであれば、それが“共感”できない人間を育成していくという皮肉な結果を招いていると言えるでしょう。

“共感”とは、「私も、そう思う」と同意を示すことではなく、「あなたは、そう考えるのですね」と理解を示すことです(「それって、あなたの価値観ですよねぇ」と言った、拒絶を前提にしたものではありません)。そして、互いに相手を理解することから、自分の考えに固執せず、かといって相手の考えにも迎合しない第三の道を模索することが、共感に基づく対話となるのです。昨今では「訂正する勇気」と表現される方もおられますが、同様のことのように感じます。

おそらく“共感”していくためには、解釈ではなく事実に基づいた対話が必要でしょう。そのためには、自身の考えを論理的に説明できることが求められます。もちろん、この論理性に、ディベートに代表される敵対的姿勢があってはなりません。感情を認めつつ、論理的に理解を深め、第三極を求める対話力が、あらゆる場面で必要になっているように思われます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?