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経済学は賃金を上げないという想いからの組織開発

コロナ禍による世界的な“鎖国”状況からの解放によって、急激な為替変動が起こりました。これは日本と他国との貧富の差として顕在化し、賃金上昇圧力に結びついたように見えます。つまり、デフレ下の賃金硬直性からインフレ期の賃金上昇局面への転換が起こりつつあるということです。しかし、物価上昇率に賃金上昇率が追い付くためには、さらに労働移動という現象が引き起こされることが必要でしょう。なぜなら、原資がなければ、環境がどのように変化しても賃金は上昇しません。したがって、賃金が上昇しない勤務先に固執する流れが大勢であれば、経済学が示す賃金上昇率の向上は見込めないということです。
このような状況を打破するために、新卒一括採用と終身雇用という日本的経営が、労働移動を制約する条件として注目されています。すなわち、ジョブ型雇用の推奨です。ジョブ型雇用を推奨する理由は、全員の賃金を上げるのではなく、低賃金に収まっている人の賃金を上げることにあるように思われます。具体的には、「女性だからパート社員」「出産・育児期間だから短時間勤務」など、能力に関係のない要素で賃金を固定化する風潮を変えることを目指しているのだと思えます。
この流れは、シニアの処遇にも広がっています。企業に義務化された65歳までの雇用制度は、60歳定年を前提として年金の支給を60歳からとした制度を65歳に引き上げる際、60歳から65歳までの期間、本来、年金として受け取れるはずだった所得分を、企業が肩代わりせよという主旨です。だから雇用延長された期間は、その額相当に減額することが認められ、「賃金の7割カット」が普及したわけです。しかし、実体としての業務は定年前と変わらないというケースが多く、この制度の在り方自体を見直すことが求められています。それを可能にする方便が、ジョブ型への移行となるように感じられます。60歳定年を維持すれば、再雇用時には管理業務から離れます。したがって、非管理業務の成果に対する賃金だけを支払うことになり、ある程度の賃金カットは許容されるものの、7割には至らないだろうという考え方です。
また、新卒を含む若年者の「当社で通用するノウハウ・技術だけではなく、他社でも通用するノウハウ・技術が習得できる企業に勤めたい」という意向とも符合します。日本的経営を“是”とする層は、一定程度はあると思われますが、「仕事中心の人生を(とりあえずは)送りたい」という層には、「若いうちは…」「わが社では…」などという思考が“足かせ”にしか見えないのだと思います。このように感じさせる企業は、就活時には夢を見させ、就職したら「夢を見るな」と言っているようにも思われます。
ただ、これらのような要望に応えるには、従業員個々の意識変革も必要でしょう。つまり、具体的に何ができるかを客観的に評価した後、それがどのような仕事に通じるかを抽象化する力を手に入れることです。そして、その力が、他の業務で、具体的にどのように役立つかを具象化する力もまた、同時に必要になってくるでしょう。換言すれば、ロジカルシンキングにおけるチャンクアップとチャンクダウンができる能力(それを仕事に置き換えて思考できる能力)が必要だと思うのです。しかし、企業に対して、キャリア・パスを明示することを求める人も多数存在します。これは、日本的経営の延長線上にある施策です。したがって、これに従うことは、「チャンクアップもチャンクダウンも、会社が自分に代わってやってくれる」となり、論理的思考が身につかなくなることです。このような矛盾からの脱却として、キャリア・オーナシップの獲得が求められているのかもしれません。
ところが、企業においては、このような能力を開発すると「辞めてしまうのではないか」と不安がる傾向があります。しかし、実際に研修を行ってみると、むしろ退職率が減少する傾向が見て取れます。また、退職したとしても、喧嘩別れのような状態にはならず、他社に移っても良好な関係が維持されることもしばしば見受けられます。例えば、アルムナイ制度の導入が少しずつ広がっていることからも、それは見て取れます。
生活に必要な収入が、安定的に確保されることは、社会的に意義あることであり、その点で日本的経営は世界に誇る制度だと考えます。一方で、それ以上の収入を求める層にあっては、労働移動による賃金上昇を推奨する環境が加えられても良いように思われます。実際、“ハイクラス転職”という人材市場が活況を呈しているように、社会は、確実にその方向に向かっていると思います。ただし、無為に労働移動を喧伝するような施策は必要なく、自社業務に即したスキル研修を実施していけば良いと考えます。例えば“ハイクラス転職”市場では、現在、語学力とITリテラシーがスキルとして注目されていますが、業務に無関係なスキルの提供が求められているわけではないでしょう。ただ、業務上価値があると提案を受けたスキルには、「わが社(組織)には、そこまで必要ないだろう」という現状維持的発想から棄却するのではなく、チャンスをしっかりと提供していくという姿勢が求められているのだと思います。
結局は、女性である、シニアであるという固定観念を打ち払い、仕事そのものを評価する姿勢が求められているのだと思います。しかし、このようなご託宣は、20世紀から言われ続けています。にもかかわらず同じようなことが言われているのは、現下の「メンバーシップ型雇用かジョブ型雇用か」の議論が象徴しているように、どちらか一方を選び取るという二項対立の思考に遠因があるように思われます。どちらかに分けきれない、グラデーションとなるような施策こそが、本当は求められているのではないでしょうか。

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