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「修羅場」の別名をつくりたい

人生の中で困難や苦難に直面すること、またはそうした局面を「修羅場」という。片仮名だと「しゅらば」。もとは仏教用語で、阿修羅と帝釈天という神様が争った場所を指すらしい。転じて痴情のもつれによる事件現場を意味したりもする。

修羅場という言葉はビジネスの世界でもよく使われる。将来、幹部になる人材に対して成長を促す機会として、計画的にプロジェクトを任せることを「修羅場を経験させる」と表現する。例えば、以下のような記述を挙げる。

このような長期にわたる人材育成計画を行うのは、将来の役員候補となる人材が対象となる。戦後の日本企業では年功序列に基づく人事制度が行われてきたが、将来の役員候補となる潜在力の高い人材(ハイ・ポテンシャル人材などと呼ばれる)を早期に選抜して、計画的にストレッチアサインメントや修羅場を経験させ、成長を促すことが重要である。

江川雅子「現代コーポレートガバナンスーー戦略・制度・市場」

それなりの企業の役員になっている人は、修羅場を乗り越えて今のポジションを掴んでいることが多い。ストレスフルな状況になると嬉々として思考がフル回転し、起死回生のアイデアが次々と思いつくなど、テンションが上がる身体になっている。

危機的状況に置かれたとき、心身をポジティブに働かせるための認知を獲得するために修羅場を経験させることは重要なことだと思う。そのこと自体には同感するのだけれど、個人的に「修羅場」という語彙がカバーする範囲が広すぎん? と思ったりしている。

今日はそのことについて書いてみたい。

計画的に用意され、コントロール有ってこそ意味がある

修羅場の先は成長機会か地獄の業火か

まず、成長の機会としての修羅場の設定は、コントロールされた状態が前提だと思う。フェイルセーフ機能といおうか、仮に修羅場をくぐらされた幹部候補生に不運なミスや失敗があっても、挽回ができるように上層部や直属の上司のフォローアップがある状態が望ましい。

大規模なプロジェクトでは、利害調整や意思決定を行なうための、関係者の代表で構成された委員会として「ステアリングコミッティ」が組成されるが、これもコントロールの一手法である。

また、運悪く上層部のフォローが無いときでもメンバーの相互支援によって困難な局面を乗り越えられるケースがある。自分たちの力でコントロールをつくってしまう。この経験ができたメンバーの関係性は強固になり、その後の信頼関係に結びつくと思われる。

フォローアップ無しの丸投げは修羅場なのか

危険なのは、上層部のフォローアップもなく現場に責任と業務が丸投げされるノーコントロールなケース。こういう場面も「修羅場」と表現されることがある。

メンバー同士が協力し合って乗り越えられればラッキーだけれど、ストレスが個々人の許容量を超えて疲弊すると逃走本能が発揮され、責任のなすりつけ合いやリスクヘッジなど、メンバー間の足の引っ張り合いが起こりはじめる。行きつく先は地獄の業火である。

このように、修羅場という語彙には、行きつく先が良い場合と悪い場合が一緒くたに使われているように思われる。

上層部の生存者バイアスの可能性もある

冷静に考えて、幹部候補に地獄を見せる上層部がいるはずがない、と思われるが、現実はそうでもない。じっさい役員やトップに登りつめた人の中には、誰のフォローもない地獄や死線をくぐり抜けてきた人が一定数いる。

そういう人は、おそろしいことに「自分は運よく生き残った」という認識を獲得していない可能性があり、生存者バイアスもあいまって、地獄や死線をくぐり抜けることこそが修羅場の意義だと思っている。

または、その当時に上層部のフォローアップがあったにもかかわらず、それを認識しないままに過ごしたか、忘却の作用で記憶の彼方に消えてしまったのかもしれない。

別名候補は「賽の河原」

以上のことから、成長機会としてのポジティブな体験を修羅場と呼ぶのはいいと思うけれど、地獄へ通じるネガティブな体験は、別名にして呼び分けた方がいいのではないかと思っている。

地獄に通じるという一歩手前の段階なので「三途の川」も一案か。親よりも早く亡くなった子供達が行く場所である、三途の川のほとりの「賽の河原」でもいいかもしれない(後継者たる人材が追い込まれる場所として……)

修羅場と賽の河原を呼び分ける

賽の河原では、石を積んでも積んでも鬼に崩される徒労、むだな努力が繰り返される。大規模なシステム案件で、作業をやってもやっても終わらずに疲弊する絶望的状況を「デスマーチ」と呼ぶ。賽の河原の石積みに通じるものがある。

他にふさわしい別名があれば、コメントでご教示いただけると幸いである。

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