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開場25周年を迎えた新国立劇場2022/2023シーズン ラインアップ

 3月1日に行われた新国立劇場2022/2023シーズン ラインアップ説明会の模様。登壇者は、同劇場オペラ芸術監督の大野和士(右)、舞踊芸術監督の吉田都(中央)、演劇芸術監督の小川絵梨子(左)。

 オペラ、バレエ&ダンス、演劇という現代舞台芸術のための、日本唯一の国立劇場として1997年10月に開場した新国立劇場。東京の初台に行けば、ひとつの建物で、オペラもバレエも、さらに芝居も観ることができるという劇場の2022/2023シーズン ラインアップを部門ごとに紹介する。開場25周年のアニバーサリーイヤーに、《Super Angels スーパーエンジェル》(2021年)のような部門横断プロジェクトがなかったのは残念であるが、コロナ禍の現状では致し方ないところだろう。

吉田都の世界目線の挑戦

 バレエは、《ジゼル》、《くるみ割り人形》、ニューイヤー・バレエ《A Million Kisses to my Skin》《シンフォニー・イン・C》他、《コッペリア》、シェイクスピア・ダブルビル《夏の夜の夢》《マクベス》、《白鳥の湖》、こどものためのバレエ劇場《ペンギン・カフェ》がラインアップ。吉田自身が演出を手掛ける《ジゼル》、キャンセルとなっていた《A Million Kisses to my Skin》《夏の夜の夢》、世界初演の《マクベス》が新制作だ。
 《シンフォニー・イン・C》(ジョージ・バランシン振付)と《コッペリア》(ローラン・プティ振付)以外、英国ロイヤル・バレエのダンサーだったアラスター・マリオット(《ジゼル》改訂振付)や日本では《ピサロ》など演劇の演出でも名高いウィル・タケット(《マクベス》振付)、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエやイングリッシュ・ナショナル・バレエでも活躍したデヴィッド・ドウソン(《A Million Kisses to my Skin》振付)、そしてフレデリック・アシュトン(《夏の夜の夢》振付)やピーター・ライト(《白鳥の湖》振付・演出)、デヴィッド・ビントレー(《ペンギン・カフェ》振付)といった英国バレエ界のクリエーターたちが中心に関わっているのが特徴。
 ダンスでは、春の祭典~《春の祭典》(平山素子、柳本雅寛振付)《半獣神の午後》(平山素子振付/新作)、新国立劇場バレエ団ダンサーが自ら振付を行うシリーズ企画「DANCE to the Future 2023」、日本の創作舞踊のパイオニアの作品を復元上演するシリーズ企画「ダンス・アーカイヴ in JAPAN 2023」がラインアップ。
 創団からの基礎を築いた牧阿佐美氏(2021年10月死去)の理念を、今度は世界に発信するべく、芸術監督就任3年目のシーズン、英国バレエのエッセンスを基に、新国立劇場バレエ団のオリジナルの個性を創り出そうとする吉田の世界目線の挑戦が感じられる。
 なお、就任当初からダンサーの待遇改善を訴えてきた吉田は、このコロナ禍の中でも、インフラ整備(新スタジオが年内オープン予定)や医療サポートの充実といった環境作りに、強いリーダーシップで粘り強く邁進していることも付け加えておきたい。

演劇ファン必見のチャレンジングなラインアップ

 演劇は、全7演目が新作や日本初演といった意欲的なラインアップ。海外招聘公演や現代劇作家による新作シリーズ、二部作の2ヶ月間公演など、芸術監督就任5年目となる小川にとってもチャレンジングなシーズンとなる。
 開幕は、フランスを代表する女優イザベル・ユペールを主演に迎えた、テネシー・ウィリアムズの代表作《ガラスの動物園》。2020年3月にパリの国立オデオン劇場でワールドプレミアを迎えたプロダクションを、2回の延期を経て、遂に招聘上演。登場人物はわずか4人という濃密な家族の物語と、映画《ピアニスト》《エル ELLE》で知られる名女優の生のフランス語を堪能したい。
 3世代にわたるユダヤ人一族を描いた英国の劇作家トム・ストッパードの最新作《レオポルドシュタット》(広田敦郎翻訳)は、芸術監督の小川自らの演出で日本初演。長塚圭史の新作、そして日本の30~40代の劇作家の新作をお届けするシリーズ【未来につなぐもの】は、須貝英《私の一ヶ月》(稲葉賀恵演出)、横山拓也《夜明けの寄り鯨》(大澤遊演出)、山田佳奈の新作(眞鍋卓嗣演出)の3作品。
 注目は、アメリカの劇作家トニー・クシュナーの1990年代の名作《エンジェルス・イン・アメリカ》全二部の新訳上演(小田島創志翻訳)。小川の芸術監督就任以来の支柱の一つ、すべての出演者をオーディションで決定するフルオーディション企画の第5弾で、第一部「ミレニアム迫る」と第二部「ペレストロイカ」の合計8時間の大作を、上村聡史の演出とオーディションで選ばれた8名の出演者で2ヶ月間にわたり上演。AIDSの脅威の中の生と死の物語が、コロナ禍の現代にどんな一石を投じてくれるのだろうか。

オペラは充実のキャスティングに注目

 オペラは、コロナ禍のリスクを踏まえ、大野が「何が起きても何とかなるシーズン」と慎重に選んだ10演目。その内4演目が2019/2020シーズンからの延期公演だ。「新しいキャストでは非常にコストがかかる」(大野)ため、可能な限り演目とアーティストを、そのまま移行、もしくは別演目で上演する。シーズン開幕公演となるヘンデル《ジュリオ・チェーザレ》、オッフェンバック《ホフマン物語》とR. シュトラウス《サロメ》はほぼ同じ指揮者とキャスト、モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》は2020年3月に予定されていた《コジ・ファン・トゥッテ》の出演者を起用。
 新制作は、前述《ジュリオ・チェーザレ》とムソルグスキー《ボリス・ゴドゥノフ》、ヴェルディ《リゴレット》の3演目。
 開場25周年記念公演《ボリス・ゴドゥノフ》は、ポーランド国立歌劇場との共同制作で、マリウシュ・トレリンスキの演出、大野の指揮という両歌劇場の芸術監督が力を合わせたプロダクションだ。1869年原典版と1872年改訂版の折衷バージョンでの上演。ロシアの動乱の歴史を描いたストーリーとロシア国民楽派の一人、ムソルグスキーの革新的な音楽、そしてロシア出身のバス、エフゲニー・ニキティンとウクライナ出身のテノール、マクシム・パステルの共演。まさに今、観るべきオペラ公演ではないだろうか。
 バロック・オペラの傑作《ジュリオ・チェーザレ》は、2011年にパリ・オペラ座ガルニエで上演されたローラン・ペリー演出版。《リゴレット》は、ビルバオ・オペラとリスボン・サン・カルロス歌劇場の共同制作で初演されたエミリオ・サージ演出のプロダクションだ。
 そのほか、レパートリー公演として、ワーグナー《タンホイザー》、ヴェルディ《ファルスタッフ》、1997年の開場以来5年ごとに上演されるフランコ・ゼッフィレッリ演出のヴェルディ《アイーダ》、プッチーニ《ラ・ボエーム》がラインアップ。高校生のためのオペラ鑑賞教室2022は、新国立劇場とロームシアター京都で《蝶々夫人》を上演する。
 演目的には目新しさがないかもしれないが、大野が強調するのはキャスティングの素晴らしさだ。前述のエフゲニー・ニキティンとマクシム・パステルはもちろん、《ジュリオ・チェーザレ》ではバロック音楽の第一人者リナルド・アレッサンドリーニの指揮とタイトルロールにノルウェーのメゾ・ソプラノ、マリアンネ・ベアーテ・キーランドがキャスティング。そのほか、エレオノーラ・ブラット、セレーナ・マルフィ、ダニエル・オクリッチ、ニコラ・アライモ、マリアンナ・ピッツォラート、ロベルト・アロニカ、フランコ・ヴァッサーロ、ジョルジュ・ぺテアン、指揮者ではアレホ・ぺレスなど、筆者が関わったクラシカ・ジャパンでおなじみのアーティストたちが新国立劇場初登場。欧米では大活躍中の彼らのパフォーマンスは、やはり生で体験してみたい。

今後の映像配信の展望

 新国立劇場の村田直樹常務理事からは「ジャンルや、新制作かどうかなどによって、状況が異なる」としたうえで「昨年末に新国デジタルシアターを立ち上げ、映像配信についてしっかり検討していきたい」とのコメントをいただいた。著作権処理や収支バランスなど、まだまだ困難な部分が多いとは思うが、この劇場が持つ新国立劇場バレエ団というIP(知的財産)を最大限に活用して、グローバルなエンタメビジネスに打って出てほしいと思うのは筆者だけではないと思う。例えば、近未来に「DANCE to the Future」映像が世界のどこかでバズって、団内ダンサーが振付家としても羽ばたいていくなんて、夢のある、でも現実的に起こり得る話ではないか。同じIPといえる新国立劇場合唱団も含め、ぜひ前向きに考えてほしい事業だ。

ウクライナ問題について

 最後に、ロシアのウクライナ侵攻における芸術と社会の関わりについて、各部門の芸術監督のコメントを紹介したい。
 吉田は、「湾岸戦争(1991年)が始まったその日に、英国で《白鳥の湖》に出演し、こんな場合じゃないのにと思いながら踊ったことを思い出した。今の状況で、私たちは自分たちにできることをするしかない」と語った。小川は、「ロシアでも戦争反対の声が上がっていると聞いており、それは小さな声かもしれないが自分もその中の一人。その想いを、芸術やエンターテイメントという形で、作品を通して皆さんと共有していくのが私たちの仕事」と答えた。大野は「芸術家は心の自由を人々に与える存在で、言葉を介さずともコミュニケーションが可能な人たち。だから、国という政治的な区割りを超えて、絶対に乗り越えていかなくてはならない」と力を込めた。

 新国立劇場は、戦禍に苦しむウクライナの人々が一日も早く自由と平和を取り戻すことができるよう、同じ気持ちを持つ世界の劇場と共に、ウクライナの人々を支援することを表明。劇場内に募金箱を設け、募金は日本赤十字社を通じて、ウクライナでの人道危機対応およびウクライナからの避難民を受け入れる周辺国とその他の国々における救援活動を支援するための海外救援金として活用される。3月上演のオペラ《椿姫》の指揮者でウクライナ出身のアンドリー・ユルケヴィチと新国立劇場合唱団有志による《ウクライナ国歌》と、新国立劇場バレエ団ダンサー有志による「A Prayer for PEACE」という2つの動画も公開中だ。


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