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睡蓮の夜想曲

風が草のにおいをはこんできて
黄昏のおとずれをささやく
ちいさなかげをきらめかせながら
水面はたのしそうにさざめく

風におし流され
ひろがっていくさざ波……
風と水は語りあいながら
どこまでも流れていく

不意に波はうち消される
消え去った波のむこうには
紅色の光にてらされた
睡蓮が咲きほこっていた

しかし 花の群れでは
睡蓮が一輪だけうなだれている
まるで まばゆい光におびえ
やさしい夜の光を夢みるかのように

——月のあわい光が水面におちる
まどろみをうちやぶった蕾が
やわらかい光の先を辿ろうと
ゆっくりと空を仰ぎはじめる

すきとおった蒼色の花弁と
かげりのない黄金色の花心
水鏡にうつしだされた花は
ほほ笑みをこぼしていた

ゆるやかな時の流れるなか
花はただしずかにみつめている
決して手がとどくことのない
とおく離れたおもい人を!


2021年7月26日作

一言メモ

今作も比較的最近の作品で、夜に咲く睡蓮を詠った作品になります。睡蓮は別名を未草とも言い、その名の通り未の刻(午後1時から午後3時まで)頃に花を咲かせるのが普通です。しかし、夜咲き睡蓮というものも存在し、こちらは夜に花を咲かせるのが特徴です。普通は「紅色の光にてらされた 睡蓮が咲きほこって」いるのに対し、夜咲き睡蓮は「まるで まばゆい光におびえ やさしい夜の光を夢みるかのように」昼の時間帯は萎んでいます。そんな夜咲き睡蓮と月を擬人化させ、睡蓮が「とおく離れたおもい人」である月を「ただしずかにみつめている」というのが今作の流れになります。従って、今作は特別なテーマがあるわけではなく、夏の夜咲き睡蓮を恰も睡蓮が月に想いを抱いているかのような世界の中で描いたものになります。最近は特別なテーマがある作品ばかりでしたので、些か拍子抜けしてしまった方もいらっしゃるかもしれませんが、風景をそのまま(擬人化はさせていますが)詠うのも詩の一つの楽しみ方と言えるかと思います。

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