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学生のあいだで「批評」が人気な理由を聞いてみた(ペシミ×キュアロ対談)

※本記事は、マガジン「変なサークル学会 調査報」の四本目として寄稿した記事である。

若者の「批評」離れが叫ばれて久しい。ライター稲田豊史は「若者たちが評論をあまり読まない」(注1)と指摘し、批評家・東浩紀は「言論人や批評家にかつての存在感はない」(注2)とまで言い切っている。

しかし、そのような時代にあっても、批評をする大学生たちがいる。いや、むしろ盛り上がっているようにさえみえるのだ。というのも、ここ数年で驚くほど多くの評論系の雑誌制作サークルが爆誕しているからだ。どのくらい多いかというと、とにかくこれを見てほしい。

2021年以降に設立された23団体の主催者アンケートから作成。詳しい制作過程は後日公開予定の「取材後記」で。

つ、つ、つかれた.。この図を作るためにどれだけ頑張ったか...。い、いや、そんなことはどうでも良いのだ。とにかくここで知っていただきたいのは、2021年以降、すなわちアフターコロナの3年間でびっくりするくらい多くの学生同人誌が雨後の筍のようにニョキニョキと生まれているということだ。そう、たった3年で23団体!!。もちろんこれは取材することのできた極めて一部の団体のものであり、全国の百合愛好会と学生百合サークル連合やその他の界隈も加えると、少なくともこれの2~3倍。40~60団体程度がここ数年で出来ていることが予想される(これは完全に私の推測だが)。

筆者は「変なサークル学会」のメンバーとして5年以上学生サークルの動向を注視してきたが、このような現象は初めてのことである(注3)。何よりこの「批評」離れの時代において、多種多様のジャンルの評論サークルが同時代的に大量発生し、それが相互に交流しながら継続的に活動していることには注目すべきではないだろうか。さらに言えば、同人誌即売会の一つである「文学フリマ」の入場者数・サークル数はともにここ10年で3倍以上増加している(注5)。

あなたの静岡新聞「20周年迎えた「文学フリマ」に出店してみた【前編】 コロナ乗り越えV字回復、出店者から芥川賞作家も誕生」より

これはいったいどういうことだろうか。批評や評論は若者に不人気と言われている。しかし、その一方で、学生評論サークルは大量発生していて、同人誌即売会も盛り上がっている。学生の間で評論は流行していないのか?それとも流行しているのか?一体いま、学生の評論系同人誌シーンで何が起こっているのだろうか

そこで今回筆者は、二人の当事者ー「ぬかるみ派」主宰のキュアロランバルト氏と「大阪大学感傷マゾ研究会」主宰のペシミ氏ーをお招きし、学生評論系同人誌のあれこれについてお聞きした。「大阪大学感傷マゾ研究会」はフォロワー数が3535(2023/09/27現在)で学生同人誌界隈の中ではトップクラスの知名度を誇っている。一方、「ぬかるみ派」は刊行記念トークライブに社会学者・宮台真司氏を招いたり、PARAでトークイベントを行ったり、同人誌の枠を超えた活動で近年注目を集めている。

もちろん学生同人誌界隈は広く、この2人の会話がその全体を網羅しているとは言い難い(感マゾ-ぬかるみ派中心史観との批判もあるだろう)。しかし、筆者の本意は史観を作ることではなく、一つの証言を残すことにある。その意味で以下の対談は非常に示唆に富むものであるように思う。学生評論同人誌は流行しているのか、していないのか。今、どのような変化が起きているのか。若者たちは何を思って同人誌に取り組むのか。本記事を読めば、その一端が分かるかもしれない…。1.5万字を超える特大ボリュームで、2023年に存在した二人のサークル主催者の生の声をお伝えする(橋田)。

ー対談参加者ー
キュアロランバルト(キュ):早稲田大学を今年卒業(18年入学)。ぬかるみ派主宰。ペンネーム=幸村燕。
ペシミ(ペシ):大阪大学3年生(21年入学)。感傷マゾ研究会主宰。
橋田幹(橋田):「変なサークル学会」会員。大学院生(16年入学)。インタビュアー。
茂木響平(茂木):「変なサークル学会」会員。上智大学卒(16年入学)のライター。キュアロ・ペシミが行きつけの歌舞伎町のバー「ミズサー」の店主。観客として参加。
世代的には、橋田・茂木が同世代で、その次にキュアロ。ペシミが最も年下である。


ペシミさんの自己紹介と運営サークルの紹介

橋田: 橋田幹です。今日はよろしくお願いします。今回は、同人誌サークルの一つの事例として、キュアロランバルトさんとペシミさんのお二人に「学生同人評論シーン」についてお話いただきたいと思います。が、まだキュアロさんが来ていないですね…。先にペシミさんの自己紹介と運営サークルの紹介を進めておきましょうか。ペシミさん、お願いします。

ペシ: ペシミです。今大学3年生で、「大阪大学感傷マゾ研究会」の主宰をしています。

橋田: 私の方で簡単に補足しますと、「感傷マゾ」というのは「届かなかった青春への祈り」と要約される概念です。「かつて敗れていったツンデレ系サブヒロイン」(通称wakさん)という方が『感傷マゾ』という同人誌を出されていて、ペシミさんはそれの影響を受けて、「大阪大学感傷マゾ研究会」を設立されています。では設立までの経緯について、もう少し詳しく説明いただけますか?

『感傷マゾvol.01』。その後できた多数の「感傷マゾ研究会」特別して「本家感傷マゾ」と呼ばれることもある。画像はこちらから。

ペシ: そうですね。時系列順に言えばまず「感傷マゾ」という言葉を知ったのは高校生の頃です。

茂木: はやっ。じゃあwakさんらが発行していた『感傷マゾ』も高校生のときに買っていた?

ペシ: そうですね。Boothで買ってました。ただ、文学フリマ(注:同人誌即売会。以下、文フリ)の存在は大学生になるまで知らなかったんですよ。Boothでしか売ってないものだと思っていて笑。僕が初めて寄稿したのは受験終わって次の月だから、ほぼ大学生ですが。一番初めに寄稿したのが、『感傷マゾvol.06』です。受験が終わった日にツイッターを復活させて、新しい今のアカウントを作ったんです。その日のうちにwakさん(注:社会人。2018年より同人誌『感傷マゾ』を制作)に「寄稿して良いですか?」」ってDMして、次の日から書き始めて。それが同人誌としての関わりとしては初めてです。その後、僕たち大学生の視点から「感傷マゾ」を考える同人誌を作れないかな、と考えてサークルを設立しました。

橋田: 経緯についてはよくわかりました。あと、ペシミさんは大阪大学感傷マゾ研究会以外でも多くの活動をされていますよね。

ペシ: 最近一番頑張っているのは「縋想プロジェクト」という創作サークルでゲームを作っていて、同人誌だと『この同人音声がすごい!』製作委員会の主宰だったり、大学公認団体だと「阪大SF研究会」と「阪大文芸部」で編集長をしています。

茂木: こわっ。

ペシ: でも文芸部については編集長として編集をやっているだけなので…。

橋田: 寄稿はしていないんですね。

ペシ: いや、小説は寄稿してます。

茂木: してるんかい。

ペシ: 例会とかは参加してないので、あまり熱心な部員という感じではないです笑。

橋田: ペシミさんが既存文芸サークルにも参加されているという話は後で深掘りさせていただきたいです。あ、キュアロさんが来ましたね。

キュアロさんの自己紹介と運営サークルの紹介

橋田: キュアロさん、今日はよろしくお願いします。えっと、お二人は2022年の「青春ヘラver.3の刊行イベント」で対談されていますけど、それから交流とかってあります?

ペシ: それこそミズサーでお話させてもらったり、次号の『青春ヘラ』に原稿依頼していたりします。あ、キュアロさん、8月31日締め切りなんですけど、大丈夫そうですか?

キュ: …あの…まあ。あの…そうですね…頑張ってます。

(一同笑い)

橋田: じゃあ、ペシミさんの自己紹介は既に聞いているので、キュアロさんもお願いします笑。

キュ: えと、キュアロランバルト、もしくは幸村燕という名前でやっています。ぬかるみ派っていう、批評っていうか同人雑誌みたいなのをやっていて、創刊号の2冊では加速主義とか自己啓発みたいなネオリベ的な思想の源流をたどるようなことをやりました。雑誌を始めた経緯なんですけど、僕は大学1年のときに、メルキド出版さん(注:2004年設立の文芸サークル)というところで同人誌の手伝いをさせていただいていて、そのときからずっと文フリ界隈には行っていて。そこで軽く編集をまかされたり、そこでなんか同期というか、知人もできてきて、そこから派生した形です。


ぬかるみ派は出版記念として宮台真司氏トークイベントを開催した。イベントの様子はYoutubeでみることができる。ちなみにこのイベントの直後に「宮台真司襲撃事件」があり、ぬかるみ派は警察の事情聴取を受けることになったらしい。画像はYoutubeより。

橋田: 直接的に同人誌を作ろうと思ったのはいつですか?

キュ: 企画段階では2021年にはありました。自己啓発で読書会をやるっていう、元は江永泉さんらがやっていた「闇の自己啓発」を読んで、逆に「自己啓発本を哲学の視点で読もう」みたいな読書会を始めました。そこで、月1回くらいで同じメンバーと読書会していて。そこから、一緒に雑誌作ろうという話になりました。

「メルキド出版」の周辺からは「ぬかるみ派」以外にも、長濵よし野さんの『出版プロジェクトつぎのバス』をはじめ、『反特集』や『コミュニカシオン』といった学生同人誌が生まれている。 

ぬかるみ派と感傷マゾの違いは編集体制? 

橋田: 自己紹介ありがとうございました。次に両者の違いについてお聞きしたいです。この両者って結構対称的ですよね。地理的にはキュアロさんが早稲田大学、ペシミさんは大阪大学で東西の違いがあって、内容的にも異なってみえます。

ペシ: 内容で言うと、ぬかるみ派は『現代思想』(青土社)っぽくて、うちは『ユリイカ』(青土社)っぽいってのをずっと思ってますね。その雰囲気が東(のぬかるみ派)と西(の感傷マゾ研究会)の違いに反映されているイメージは正直なところあります。

橋田: なるほど、キュアロさん的にはどうですか?

キュ:ルーツの話になってしまうんですけど、批評雑誌って2パターンあると思っていて、編集体制が2つあるんですよ。僕らはデザイナーがいて、企画がいて、編集がいるみたいな体制で、基本身内だけに寄稿してもらうみたいな。で、感傷マゾとかって、ほぼペシミ君が編集やって、まあ架空団体じゃないですか

(一同笑い)

キュ: その意味で実はぬかるみ派の方が(大学の)サークルっぽい、ほんとは。

ペシ: そうなんですよ!ウチは研究会というには組織性が薄いんですよね。校正はメンバーにやってもらってますが。

キュ:近代体操」とかもうちと近いです。僕らをルーツ的にたどると、瀬下翔太さんとか、「闇の自己啓発」の江永泉さんとかがいた『Rhetorica』の編集体制が近いので…、ユニット式というか明確にメンバーがいるというか。で、「僕らぬかるみ派です」「僕らRhetoricaです」みたいな。

『Rhetorica #01』。画像はこちらより。

ペシ: たしかに。近代体操とかぬかるみ派とか、ルーツが読書会にあるっていうのはウチとの違いとして大きいと思いますね。

キュ: コロナ後に従来ならば文芸サークルに入るような子たちが、文芸サークルを作らずに読書会を始めるという流れがありました。そこから展開されていったという読書会派閥の批評みたいなのができたのだと思います。『コミュニカシオン』(注:2023年5月に初頒布した同人サークル)とかも多分その流れです。

『コミュニカシオン 創刊号』。画像はこちらより。

ペシ: うちに関しては身内なんていないっていう。メンバーはいるんですけど、プロジェクト型のサークルなので寄稿も特装版も装丁も、基本的に外部に広げていくのを意識してます。困ったときに相談するとかはあるんですけど、編集会議も基本はないですし。

キュ: うちは編集会議がありますね。テーマ決めとか、みんなで好きな曲のMVを見る会とか、次号のイメージ共有する会とかを不定期で開いています。

ペシ: 僕がそれをやってるのは阪大SF研の方なんですよね。SF研は大学公認団体で、僕が一人でやるとかはできないので。しっかりとした組織らしく企画会議があって、編集者会議があって…。僕は色んなところで会誌制作に関わってはいますけど、制作形態はサークルによってかなり違います。

茂木: ぬかるみ派って普通にプライベートでも大学のサークルっぽいよね。キュアロが社交的っていう属人的な要素もあるとは思うんだけど。普通に学生ノリで遊んでいる回数とか、その頻度は感傷マゾ研究会より多い印象があります。

橋田: 仲が良い人ってどうやって知り合った人ですか?

キュ: 主に読書会ですかね。最初自己啓発の読書会でピーター・ティールの本を読むと決めた時に、当時未訳のニック・ランドの翻訳をブログに挙げていたブギヴギさん(注:ぬかるみ派同人、俳人・櫻井天上火)に声をかけました。あと大阪のレガスピくん(注:ぬかるみ派同人、現在大学院でソマリ史研究、ペンネーム=倉井斎指)も加えてZOOMで読書会をして、仲良くなりました。他にはコロナが落ち着いた頃に早稲田マルクス研究会と称して、マルクスをみんなで読む対面の読書会を開いてまして、そこで仲良くなった人も多いです。

茂木: コロナ前において大学生がサークル作るときってそんな感じだったよね。色んな方面の知り合いを集めて旗揚げする感じとか。実態としては伝統的なサークル感もある。感傷マゾ研究会はコロナ後的というか、プロジェクト型、一人出版社みたいな作られ方な気がする。

橋田: ZOOMで全国の人と読書会をやるっていうのはコロナ以後の傾向ですよね。最近の同人サークルの傾向として土地に囚われないというのもあるのかもしれません。

「ぬかるみ派」「感傷マゾ研究会」に影響を与えた団体

橋田: 今ルーツの話になったので、それぞれの団体が影響を受けた上の世代についてお聞きしたいです。10年単位で雑に区切ると、第1世代が東浩紀さんとかゼロ年代批評の人たちで、第2世代が10年代前半以降の人たち、第3世代が20年代以降のキュアロさんとかペシミさんっていう感じなんですが…。上の世代と積極的な関わりとか、上の世代に抱く印象とかってありますか?

ペシ: 『青春ヘラ』はもちろん本家『感傷マゾ』の影響を受けているんですけど、『感傷マゾ』は『アニクリ』からの影響があるんですよね

『感傷マゾ vol.01』の影響で、「國學院」「京都大学」「大阪大学」の3大学で感傷マゾサークルが生まれた。 

ただ、『感傷マゾ』は読めば分かる通り、(特に初期は)批評や評論よりは小説が多くて、位置付けとしてはむしろ文芸誌なんです。主催のwakさんも批評誌を作ろうという意識はまったくないと思います。実際、『感傷マゾ vol.02』は「小説|青春・学園」ジャンルで文学フリマに出てるんですよ(注:ちなみに、『感傷マゾ』が「アニメ・マンガ・ゲーム」以外のジャンルで頒布されたのは、第二十七回文学フリマ東京の「その他」と第二十八回の「小説|青春・学園」のみ)。そして『感傷マゾ』の影響下にある『青春ヘラ』でも、僕は一貫して「批評誌」を作ってるつもりはないんです。なので、自分より上の世代が作ってきた同人誌とは、批評への関心は薄く、仕上がりもよりライトになってるという点で一線を画すかもしれません。最近ではむしろ、批評といかに距離を取りながら同人誌を作るかということに腐心しているくらいですね。

アニメクリティーク刊行会(2013)『アニクリ vol.1』。画像はこちらより。

キュ: うちはまあ、流れでいうと、やっぱりそれこそ、瀬下さんや松本友也さん、太田知也さんがやっていた『Rhetorica』あるいは、仲山ひふみさんや齋藤恵汰さんとかの『アーギュメンツ』とか、その辺の影響下にあって。実際に『Rhetorica』の人たちにアドバイスを貰ったりとか、『アーギュメンツ』の人の一部と交流が一応あったりするので。

ぬかるみ派に影響を与えた2団体

キュ:そのあたりの人達は東浩紀さんの影響もありますが、それより前の浅田彰さんや柄谷行人さんの『批評空間』など80年代〜90年代の雑誌の流れに影響を受けている人たちです。あとこの辺りの同人誌だとゲンロンとか批評再生塾出身の人たちの作ってる雑誌とかですかね。僕は交流がないですが有名なところだと『LOCUST』とかですね。こういうデザインをがっちりやりたい人と、批評をやりたい人の集まりというライン上にぬかるみ派はいますね

『LOCUST vol.1』。画像はこちらから。

茂木: たしかにぬかるみ派ってデザイン凝ってるよね。

キュ: それは『批評空間』とか『エピステーメー』など浅田彰、柄谷行人、磯崎新が先導されてた頃の雑誌や本がブックデザインを重視しており、そこに影響を受けたような『Rhetorica』の人たちがデザイナーと並走した紙面づくりをやっていったというのがあり、その辺の影響を受けています。

『エピステーメー』朝日出版社(第1期:1975-1979)。杉浦康平氏の装丁が美しい。画像はこちらから。

キュ: 『Rhetorica』第1号のブックデザインがめっちゃすごく、紐でくっついているやつがあるんですけど。あのへんの人たちがそれまでの同人誌のカウンターとしてデザインをしっかりしたものを作ったというのがあり、その影響がじわじわ来てるんですよ。

茂木: 新しい試み、実践という意味では『アーギュメンツ』も、「関係者による手売り限定」で販売を行ったり、「特集はやらない」という方針だったり、演劇的なプロジェクトとして行われていたらしいね。渋家でも知られる美術家の齋藤恵汰さんが創刊したわけで、アート系の文脈もあるから『美術手帖』でも紹介されていた。たしかに第2世代の人たちが色々新しい試みをやっていたことは後世への影響がありそうですね。

橋田: なるほど、ぬかるみ派の文脈についてはよくわかりました。では、アニクリ~感傷マゾ~青春ヘラの流れの方はどうなんでしょうか。

キュ: アニメとかの批評も東浩紀さんなんじゃないですかね。宮台真司さんとか東浩紀さんとかの世代から始まって。アーギュメンツとかの人たちは、その前の80年代の柄谷行人さんとかの影響を受けている東浩紀の、さらに影響を受けているっていう感じですかね?見てる東浩紀が違うっていうか笑

(一同笑い)

ペシ: 名言ですねえ。

キュ: ただ、ペシミ君みたいな世代は第2世代のアンチ的な側面はあると思うんですよ。第2世代のがっちり批評でやりたいみたいなじゃなくて、批評とかも距離を取って行くみたいな。個人誌的に。コミケとかともつながっていくみたいな。それが第3世代だと思うんですよ。僕らはそういう第3世代の波に乗っているかっていうと…。

茂木: あーたしかに、ぬかるみ派は意外と第2世代寄りっていうか、第2世代の文脈と直接的に繋がっている。

キュ: 第3世代ってもっとなんか、逆にこうそんなに、割と、もっと内輪っていうか、ほんとにペシミ君みたいなノリで仲いい人がいっぱいバーってだしてみたいな感じ、で、批評と言ってる人たちもいるし、批評っていうタームが嫌いっていう人も増えてきてっていう。

ペシ: それは分かります。橋田さんが作られたネットワーク図には「評論同人誌」って付いてますけど、内実は必ずしも評論を志向してるわけではなかったりするんですよね。

他団体との関係性について

橋田: 今回の対談にあたって、いくつかの評論同人団体にアンケートの協力をしていただき、ネットワーク図を作ってみました。協力していただいたサークルにはこの場を借りてお礼を申し上げたいです。ありがとうございました。この図をもとに他の団体との関係なんかをお聞かせいただきたいです。名前だけを見ている感じ、ペシミさんの周辺は〇〇研究会って名前が多くて、キュアロさんの周辺は〇〇派っていう名前が多いですよね。これってお二人の団体からの影響関係とかはあるんですかね?

再掲

キュ: まあ、死体派とかはわりと、影響関係があるらしい?...と言われたりしてますね。主催の子からは、なんか雑誌つくるときに、雑誌の判型とか、色々質問が来たということはありましたし。でも、僕らより先に、破滅派みたいに、〇〇派のサークルはあったので…。そっち側の影響もあるかもしれないですし、まあ…僕らが〇〇派を語っていいかは分からないですね…。

『破滅派 No.10』。画像はこちらから。

橋田: 死体派の主宰の方のアンケートでは特に設立時に影響を受けた団体はないとのことでした。ところで、ぬかるみ派はなんで〇〇派にしたんですか?

キュ: もともと批評とか紹介本とかにするつもりはなくて、最初の方は西野亮廣プペルのパロディ小説を載せようとかそういう計画があったんですよ。

茂木: そうだったんだ。

キュ: それもあって、文学も〇〇派があったときの方が面白かっただろという話をしたり、党派性をあえて作って行こうぜって話たりしました。それで、「派」をつけたいのは僕の要望で…。

橋田: では、〇〇研究会の方はどうでしょう。

ペシ: これも同じ話で、厳密にいえばゼロ年代研究会が源流にありますし、ゼロ年代研究会もサークルクラッシュ同好会漫トロピーの下流にありますし…。

橋田: ゼロ年代研究会やサークルクラッシュ同好会の影響もあるんですか?

ペシ: 感傷マゾ研究会を作る直接的なきっかけはwakさんの『感傷マゾ』なんですが、ゼロ研からも影響を受けていて、サークルの運営そのものに関わってます。というのも、感傷マゾ研究会を作った次の日の夜くらいに、ゼロ研のちろきしんさんから「明日会えませんか」ってDMがきて、次の日に大阪で会うことになったんですよ。そこで色んな京都のサークルの話を聞きながら、最近ゼロ年代研究会ってサークルを作って、そこにホリィ・センっていうヤツがいて…みたいな情報を初めて知りました。マイナーサークル界隈の存在とそこの奥深さに触れた瞬間ですね(注6)。

左がゼロ年代研究会(2022)『リフレイン vol.1 特集:「自己実現至上主義」批判』、右がサークルクラッシュ同好会『Circle Crush Lovers Association vol.4』

橋田: 感傷マゾ研究会って名前つけたのはその前だったんですね。

ペシ: そうです。でも、ちゃんとしたサークルとして運営するつもりはなかったんですけど、ちろきしんさんにちゃんとやったほうが良いって言われて、仕方なく(笑)。今ではとても感謝しています。あとは高校生の時に『冴えない彼女の育てかた』を読んで、自分のサークルでコミケに出ることを夢見ていたっていうのもありますね。

京都大学を拠点とする「ゼロ年代研究会」は「阪大感マゾ研」と「早稲田負けヒロ研」に影響を与えた。

(一同笑い)

ペシ: あと後続団体の中で、早稲田大学ボカロマゾ研究会早稲田大学非リア研究会に関しては、早稲田大学負けヒロイン研究会の分派なんですよ。だから、学生同人誌シーンの盛り上がりに本当に貢献してるのは、ウチではなく負け研の方なんですよ。負け研はインカレで学校も年齢も関係なく入れるので、そういった活動のハブとして機能しやすく、分派も起こりやすい。ゼミ仲間で同人誌を作るとかのケースを除くと、そういった影響関係なしに単発で出すサークルはなかなかいないんじゃないかなと思いますね。以前何かの同人誌に寄稿したきっかけで、自分でもやってみるという感じで分派していく。それがいま大量に増えている学生サークルの正体な気がします。

左が早稲田大学ボカロマゾ研究会『ボカロマゾ vol.1 「痛み、快楽、存在論」』、右が早稲田大学負けヒロイン研究会『Blue Lose Vol.3 特集:10年代』

橋田: なるほど、とはいえアンケートでは5団体(東大純愛同好会、大阪大学萌研究会大阪大学お絵かきサークル、早稲田非リア充研究会、早稲田大学ボカロマゾ研究会)が、大阪大学感傷マゾ研究会に影響を受けたとおっしゃっていましたよ。

左が大阪大学萌研究会『もえけん!』、右が大阪大学お絵かきサークルの発行する会誌

橋田: あと、同人誌は出ていないですが、キュアロさんが昔やっていた早稲田大学闇のSF感傷マゾプロトタイプ研究会(WDSSMP)も一応「感傷マゾ研究会」の影響で出来た団体…ですかね...?これは大丈夫ですか?

キュ: ま、まあ...あれはあのとき色んな架空団体を作って企画をやる、ということをやっていたのでその一部ではあります。感傷マゾブームに乗っかった形になるので、ペシミくんには申し訳ないと思っているんですけどね。まあやっていたのは事実なので図に組み込むのは当然だと思います。それぐらい大阪大学感傷マゾ研究会の影響力がすごかったということですね。

橋田: ありがとうございます。まあ、ネットワーク図自体は特定の史観を示すためのものではなく、同時代的な雰囲気の一端を感じてもらうためのものなので、ご理解いただけますと嬉しいです。

「阪大感マゾ研」とその周辺の団体

大学文芸サークルとの関係

橋田: さて、だいたいの影響関係のようなものは確認してみたんですが、お二人の周囲で、何か特徴的な変化とかってありますか?

キュ: これは僕の所感ですけど、文フリって大学の文芸サークルの人たちが、別の大学の文芸サークルの人たちに会うっていうか。で、大学の学祭の延長というか、文化祭でつくったやつを売るというか。僕は大学の一、二年生の頃は小説を書いていたので、割と文芸サークルに近かっていうのもあります。それが後半になると、文芸サークルが解体されていって。実際早稲田も伝統的なサークルがいくつか潰れました。それで文芸サークルよりも、読書会きっかけのプロジェクト型が増えたのかなあという印象があります

橋田: なんで潰れてしまったんですかね。

キュ: コロナのときは文化祭自体がなくなりましたし、あとは部室とか使えないってなると、もともと文芸系のサークルって読書会とかでのつながりしか無い所も多いので、だったらもう自分たちで企画したほうが良いよねっていうことで、まるまる読書会を作る1年生が増える現象が起きました。コロナの翌年だと新しいサークルが結構できましたね。

橋田: ペシミさんは何か変化を感じることってありますか?

ペシ: 僕はコロナ前の大学文化をそもそも知らないんですけど、一度大学のサークル文化そのものが砂漠化したことでポツポツ新しいサークルが出てきて、そこに文フリの伸び率がマッチしたのかなという印象はあります。

キュ: ペシミくんの場合って、SF研もやってるけど、「自分でサークルを作ろう」っていうのと「サークルに入ろう」っていう気持ちとどのくらいの割合であったの?

ペシ: 僕は感傷マゾ研を作るのとほぼ同じタイミングで文芸部にも入ってるんですけど、それは組織運営の仕方がわからないから、とりあえず公認サークルに入ってノウハウを学ぼうという気持ちでしたね。SF研は気軽に行ける部室が欲しかったからです。そしたら偶然SF研も会誌を作っていて、うまくつながっていった形です。

キュ: SF研に入ったのはいつ頃?

ペシ: SF研は遅くて、1年の秋頃に入りましたね。

キュ: じゃあ、「サークルに入ろう」っていうよりかは「サークルを作ろう」っていう気持ちの方が強かったんだね。

ペシ: そうですね。コロナ禍の2021年はそもそも活動をしてないサークルも多くて情報を集めるのが難しかったんですよ。活動しているのかどうかすら分からない。それだったら自分の好きなものを掲げて、それをもとに集まってきた人と一緒にやる方がマッチ率が高いというか。

茂木: キュアロくんの話で思い出したけど、2010年代後半くらいってまだ各大学に独立した文芸系の界隈がしっかりあったよね。それで、ときどき他大学と交流する感じ。早稲田の山猫文学会と慶応の三田文学会と上智の紀尾井文学会っていう各大学のそこそこ大きい文学サークルが合同読書会をしていたり、その流れで文フリで会ったり。そんな感じだった気がしますね。キュアロが言ったのはすごいそのとおりだと思いますよ。上智だと100年以上の歴史がある紀尾井文学会っていうサークルがあって、批評系に興味がある人とかもその周辺の界隈に統合されてたんですけど、そういう一つのサークルの周辺に色んな関心の人が集まる昔ながらのノリは薄くなってきてるように感じます。代わりにコロナ以降入学世代によって上智は3つくらい新興の文学サークルが作られたらしく、中央集権から分散と細分の時代になってますね

キュ: 1年生の心境としても、自分の興味があるかよくわからないけど決まっている読者会のスケジュールに入っていくよりかは、より興味がある本とかを選んで、読者会をするほうが同年代と仲良くなりやすいのはあると思います。コロナ中盤とかは、既存のサークルも読書会を中心に人を集めるようになって。後輩が新歓で読書会を開くというときに、「この本が今の一年生にウケるから」みたいなアドバイスをしたりしたこともあります。

茂木: 各大学にあった分野横断したカルチャー系の界隈がなくなって、古くからの文化系サークルに入る人脈的な旨味が減ってるんですよ。昔は大きめの文芸サークルに入ったら、メディア系とか映画・音楽系のサークルとかの人間ともネットワークが得られる機会があったはずですが、今はキャンパス内でサークルの相互交流が薄まってしまっているでしょうし、人のつながりっていう意味でメリットが少ないんでしょうね。

ペシ: 自分と合いそうな人と出会う努力するくらいなら、自分でサークル作った方が楽ですしね。

茂木: 昔は同ジャンルの公認サークルでもそれぞれの色みたいなのも結構濃かったんですけど、それが薄まっている気がしますね。自分でサークルを作ること以外で趣味の合う人を見つけるのが難しくなってることが、新興の非公認サークル乱立の一要因かもしれません。

橋田: 茂木さんの指摘はとても非常に納得がいきますね...。実際、2000年代はコミケに出ているサークルって基本、既存文芸サークルだったんですよね。それが10年代に既存文芸サークルに所属しているけど、そこからの分派でコミケに出る団体が増えてくる印象があります。20年代になるとペシミさんのように既存文芸サークルには所属していない、まあペシミさんの場合は所属してはいるんですけど、そういう団体運営者が増えてくる。確実なのは既存の文芸サークルとはほとんど独立して、文フリ・コミケ独自の学生界隈が形成されているということです。00年代から20年代にかけて学内の文芸サークルが力を失い、一部の学生は大学の外側に移り、むしろそこが擬似的なサークルと化しているようにみえます。近年の評論系サークルの流行は学内の批評・評論系サークルの衰退傾向や分散傾向と表裏一体なのかもしれません。

デザイン志向への変化

橋田: キュアロさんからは、学生評論同人誌の変化として、大学の文芸サークルとの関係を指摘していただきましたけど、ペシミさんは何かありますか?

ペシ: それ以外の変化で言えば、冊子のデザイン志向があると思っています。特にぬかるみ派に顕著なんですけど、表紙だけじゃなくて、中までデザインをこだわる同人誌が増えてるんですよね。前から気になってたんですけど、ぬかるみ派のディレクションってキュアロさんが一貫して関わってるんですか?

キュ: そうですね、1号と2号は永良新さん(ぬかるみ派デザイナー)にお願いしてましたが、このページにはこれを入れて、こういうコンセプトでとか、ここは黒色にして、みたいなことを僕が指示しまくるみたいなことはしていました。むしろ僕は「これをやってほしい」「こんなの作って欲しい」と言うだけの役割でしたね。

ペシ: 表紙もですか?

キュ: そうですね。絵をくっつけるアイデアとか、背景はこれこれの年代のイメージからもってきてほしいとか。

ペシ: なるほど。最近すごいなって思う同人誌って、全部とは言わなくても、一貫して誰か一人の人が上から下まで監修しているっていうのがあるんですよね。分業にしちゃうとそこがぶれちゃうので公認団体とかは大変なんですけど、そのことが最近のクオリティが上がっている新興文芸・評論サークルの正体だとは思うんですよね。むしろそっちの方のクオリティが上がりすぎて、普通の大学の文芸サークルが出す制作物がしょぼくみえるのも、そこの違いな気がするんですよ。

キュ: それは本当にそうで、普通の文芸サークルってデザイナーを持ってこれないんです。みんな文章が書きたいから(笑)

ペシ: そうですよね。

キュ: で、デザインやりたい人はデザインやりたい人の集まりに行くので、そこをうまくつなぐハブがないと、今の文学フリマでよく名前が上がるようなサークルのクオリティになるのは体制として物理的に難しい。

ペシ: わかります。デザイナーを分業するのもそうだし、企画から宣伝までずっと走っている監修者が絶対に必要なんですよね。

茂木: 大学でブックデザインやりたい人ってフリーペーパーサークルとかZINE系に普通吸収されるので、ゴリゴリの文芸サークルには流れないんですよね。学生フリーペーパーってデザインすごい凝ってるし、面白い企画があったりはするけど、文章のクオリティチェックにはそこまで力を入れていなかったりしますよね。

ペシ: その点、ぬかるみ派は本当にすごい。ぬかるみ派って単なる批評誌を超えてますよ。これは褒め言葉なんですが、ぬかるみ派を全部読み終わったときの感覚って、カルト映画を見終わった後に近いというか。それも結局、中のシュールっぽいデザインにそう思わされているので、もはやひとつの作品といって良いのではないかと思っています。

キュ: ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。まあ実際映画みたいな体制で作ってますからね(笑)

ぬかるみ派創刊号『現在思想 vol.01特集=自己啓発』『現在思想 vol.02特集=加速主義』。画像はこちらから。

厚みの増加傾向

ペシ: あともう一つ、クオリティ以前に最近の本、分厚すぎっていう。

(一同笑い)

キュ: この間の文フリの本、どこのサークルも250ページ超えてたもん。

茂木: 同人誌って薄い本って言われていたのに。コミケに関わらず、文フリとかでも、同人誌=薄い本って通用してましたもんね。学生がやってるのは特に。

ペシ: 厚くなるか、二冊組になるかの二択なんですよね

キュ: 厚さでいうと、青春ヘラが一番顕著だよね。

ペシ: ver.7でver.1の2倍になってますね。

茂木: たしかにあれが厚みの増加を一番象徴しているかもしれない。『青春ヘラ』を1巻から順番に並べたら、どれだけ厚さがインフレしているかわかるっていう笑。

ペシ: 寄稿者も増えてますからねえ。

橋田: 寄稿者のレベルも高いですよね。米原将磨さんと江永泉さんの配信(司会:ジョージさん)で20年代以降の批評シーンの傾向として「アカデミックとの近接」が指摘されてましたけど、実際、大学でペシミさんは美学、キュアロさんは文芸批評の教育を受けているわけですよね。

キュ: まあ、そうですね、いざ批評をやるっていうときの測られる水準が上がっている感じはありますね。

ペシ: わかりますね。『近代体操』やばいですよ、クオリティ。

『近代体操 創刊号vol.1 特集=いま、なぜ空間は退屈か』。画像はこちらから。

キュ: あれは、アカデミアの人が書いてるからね(笑)。まあ、これに関しては、大学とか文フリ界隈にかぎらず批評シーン自体がアカデミアと近づいているってのはあると思います。博士号とか修士号持っている人たちが批評をやるとか。批評をする人たちの引き出しもある程度定まっていて、ポストモダン系とか、現代思想なら、何を論じるにせよ、一定のライン抑えておく必要のあるレベルみたいなのが雰囲気としてあったり。その意味で、「批評の座標」とかはポストモダン的な引き出しに対して相対化を測る狙いがある。しかしこれも主にアカデミックな人たちがやっている。となると、文学フリマの強みって適当なことを言えることなんだけど、そこが真面目になっちゃうと、ちょっと困っちゃいますよね。

橋田: キュアロさんもその一端を担っているのでは?

キュ: いや、うちは結構ふざけてるんですけどね...(注:詳しくは本記事の「その後の雑談」を参照)

学生評論系同人誌の課題

橋田: 今お話を聞いていて思ったのですが、学生同人批評シーンを取り巻くこの状況に弊害とかってあるんじゃないでしょうか。

キュ: たしかにこれらの弊害として批評ブース全体の単価が高すぎる問題ってありますね...。大学のサークルだと1冊500円くらいなんですけど、批評ブースにいくと最低単価が1000円というか。

ペシ: そうそう。学祭とかそれが顕著で、文芸部が200~300円で売っているのに、こっちは1000円以上するから、訪れたお客さんに「高くない?」って言われるんですよ(笑)。そもそも公認サークルは部費なんですけど、僕らは私費なので、それもありますよね。安く売ってしまうと廃業します。最近の本のクオリティが上がるたびに予算がつり上がって大変なんですよね…。

キュ: 予算回収できないとダメなんですよね。

橋田: なるほど、デザイン志向と厚さが増加した結果、値段が上がっているんですね。そして、それが大学の文芸サークルとの乖離を大きくしているという。

茂木: 反特集(「○○特集にも○○トリビュートにも入らない文章たちを収録。」を掲げる評論系同人誌)とかはそれのアンチなんですかね?

ペシ: だとしたら表紙が良すぎる気はしますが笑。

茂木: わははは。外山恒一さん(政治活動家。政治や批評に興味のある若者への影響が強い)に「文学フリマ盛り上がっているんすよ」っていう話をすると、「それは良いことだけど、A4コピー紙に印刷したのをホッチキス留めにして売って儲けもだせばいいのに」みたいなことを結構言っていて。今だったら、そんな事したらめっちゃ尖った人のように見られるかもしれないけど、本来はそんな飛んでる発想でもなかったはずというか。そーいうのを500円で売るっていうのが同人系のフリマなんじゃないのって感覚は、年長の方からすると結構あるのかもなぁって。

ペシ: まあ、でも『人民の敵』(注:百万年書房から発売された方ではなく、外山恒一が発行していた冊子)がちゃんと製本されて売られてたら嫌ですよね。あれはあの形だから味があると思います。あと、自分が言えたことではないですけど、同じ人が色んなサークルにたくさん寄稿するのって、不健全だと思うんですよ。だからこれは、僕の個人的な要望なんですけど、今後の同人シーンには個人誌が増えてほしいなって思ってます。もちろん、人も集めにくいし、名前も売りにくいとは思うんですけど、アンソロジーの結果、寄稿する量が増えたり、本が分厚くなったり、負担が大きくなっているので、みんな個別に出そうって流れが来てほしいですね。

外山恒一(2015)『人民の敵 第4号』。画像はこちらから。

茂木: たしかに、ユニット形式とかは全然あっても良さそうですよね。

橋田: 感マゾ研は早稲田の負けヒロイン研究会と合同で『負傷』という雑誌を出されてませんでしたっけ。

大阪大学感傷マゾ研究会・早稲田大学負けヒロイン研究会(2022)『負傷』

ペシ: 出しました。2号が出るとか出ないとか言われてますが。僕は、同人誌版の『バクマン。』みたいなのが出てきてほしいんです。批評家とデザイナーが大学で出会って、亡くなった叔父の部屋で同人誌を作る。

(一同笑い)

ペシ: 短歌が伸びてるのって、一人で気軽に出せるのが要因としてあると思うんですよ。だから、誰か個人誌を出して、がつんと伸びてほしいなって。もちろん、寄稿者をたくさん集める形式は周知もされやすいし個人誌よりは売れるんでしょうけど、作る時のハードルを高めてる部分は間違いなくあるし、寄稿者も固定化されがちなので。

橋田: ここのお二人がやる予定はないんですか?

ペシ: あ、でも今年中に、「好きな年上キャラとお酒を飲む本」を出したいんすよ!低志会安原まひろさんが『なんかいのんでも…』(注:アニメ作品に登場する女性キャラクターと、実在の飲食店で飲みたいという願望を書き連ねたもの)という素晴らしい同人誌を作ってらっしゃって、僕もそれをやりたい。

(一同笑い)

茂木: でも、たしかにマニアフェスタ(注:株式会社別視点が運営するニッチなジャンルのマニア、研究者が出展する展示即売会)に出るようなニッチなジャンルの評論の場合は一人でやっているパターンも多いけど、学生批評ではいないですね。

キュ: そもそもマニアネタで寄稿者たくさん集めるの難しいですからね。僕も本当はレベルファイブ特集をやりたいんですよ!でも、ぬかるみ派を作っちゃったせいで、ハードルがめちゃくちゃ上がっていて…笑。ふざけられなくなっている。

ペシ: (ペシミさん、強く反応する)え、まじですか?レベルファイブ特集するとき呼んでください!僕いまだに真打(注:Nintendo3DS妖怪ウォッチ2 「真打」のこと)の通信対戦やってるので笑。

(一同笑い)

キュ: レベルファイブ好きな人結構周りにいるから。

ペシ: そうなんですよ、僕は小6の夏休みを本家(注:Nintendo3DS妖怪ウォッチ2 「本家」のこと)の通信対戦に捧げた男なんで。

キュ: いや、そう、レベルファイブ世代だとちょうどペシミくん世代から僕らの世代まで全部カバーしてるんよ。実はいま文学フリマで活躍してる若手って全員レベルファイブ世代なので、そこで集結させられる。僕はそういうことが書きたいんだよねえ。

ペシ: めっちゃやりて~~~~。

おわりに

橋田: そろそろお開きの時間ですけど、最後になにかありますかね。できれば学生評論同人誌シーンに向けてなどいただけると嬉しいです。

ペシ: 最後に未来の話をして良いですか? 僕はキュアロさんのことをガチで尊敬していて、ぬかるみ派が出てきたときに「これはやばい」って驚愕したんですよ。それはウチの冊子で手を抜いてきた部分を見直すきっかけになったっていうのもあるし、内容もそうなんですけど。僕は他のサークルからたくさん刺激を受けて、自分の本に活かして、全体としてシーンが今後も盛り上がっていってほしいなと思います。感傷マゾ研究会は来年で終わる予定なので、せっかくなら種をいっぱい蒔いておいて、悔いなく消えられるような準備をしておこうかなと思います。

橋田: 今日のお話しにもありましたが、新規で本を作る方って寄稿経由が大きいですもんね。

ペシ: そうなんですよね。寄稿依頼をして、こっちの界隈で活躍してくれそうな人を誘致できたら良いかなって。そういう人が今後も育って、伸びて行ってほしいなって思います。そして、次第に個人誌を出すまで成長していく。これまでに『青春ヘラ』で関わってくれた人の総計、それから読者数をカウントしたらかなり多いはずなので、そういう人たちが「感傷マゾ研究会っていう団体があったなぁ」ってたまに思い出してくれたら、それが最高の感傷マゾだなって。僕は誰かの記憶の中に生き続けるので…。

茂木: 本棚で『青春ヘラ』見つけて、「ペシミ君っていたなあ」なんて。

ペシ: そうそう。引っ越すときに本棚を整理していたら『青春ヘラ』がドサって落ちてきて、「そういえばあの時寄稿したなぁ」みたいな。そういう生き方も美しくて悪くないですよね。

橋田: では、キュアロさんも今後のシーンに向けてとかってありますか。

キュ: 学生批評シーン自体は盛り上がってほしいですけど、僕ができることってそんなにないというか。まあ、なんか僕が何もしなくても『コミュニカシオン』とか色々でているので、みんなが書きたいものを書きやすくするために、うまく盛り上げつつ、まあふざけていきたいっていう。

茂木: わはははは。

キュ: 自分の気持ちの向いているうちはぬかるみ派もやりたいし…、だから楽しくやりたいです。楽しいうちに色々やっていきたい。

茂木: 学生サークルの寿命って、代表のやる気と連動しがちですもんね。

橋田: でも同人誌って形に残るからいいよね。

ペシ: 大学生活で明確な成果物があるっていうのは良いですね。

橋田: あ、あと感傷マゾ研究会の終わり方も気になります。

ペシ: いや、それは決まっていて。――――(注:伏せ字)の予定です。

(一同笑い)

茂木: わはははは。

橋田: それは良いですね!さて、対談はそろそろ終わりですかね。学生同人誌で実際にどのような地殻変動が起こっているのかについては更なる調査が必要ではありますが、非常に興味深い対談になったように思います。あ、あと後日、取材後記を公開する予定です。そちらも合わせてお楽しみください。それではありがとうございました!

(謝辞)

本記事には多くの方にご協力いただきました。まず対談に参加した茂木響平氏、キュアロランバルト氏、ペシミ氏。そして批評界隈について直接取材をさせていただいた舞風つむじ氏。さらに事前に記事を読み、有益なコメントをいただいたホリィセン氏、江永泉氏、森脇透青氏、ちろきしん氏。誠にありがとうございました。

最後にアンケートにご協力いただいた学生評論同人誌サークルの主宰者のみなさま。順不同に、上村太郎氏(京都大学百合文化研究会)、くるみ瑠璃氏(ビジュアル美少女),ア界系氏(國學院大學感傷マゾ同好会)、あああ氏(東大純愛同好会)、竹馬春風氏(京都大学感傷マゾ研究会)、 ホリィセン氏・ちろきしん氏(ゼロ年代研究会)、海綿なすか氏(大阪大学萌研究会)、犬吠埼いつき氏(大阪大学お絵描きサークル)、sen氏(早稲田大学ボカロマゾ研究会)、和泉しげ氏(早稲田大学非リア充研究会)、砂糖円氏(ブラインド)、舞風つむじ氏(早稲田大学負けヒロイン研究会)、宮﨑悠暢氏(プロジェクト・メタフィジカ)、コミュニカシオンご担当者様(コミュニカシオン)、佐藤智史氏(『反特集』)、コワシ氏(死体派) 長濵よし野氏(出版プロジェクトつぎのバスなど)。快く引き受けたくださり誠にありがとうございました。

この場を借りて、皆様に感謝申し上げます。

(注記)

(注1)稲田豊史(2021)「若者のあいだで『批評』と『スポーツ観戦』が不人気な理由」https://gendai.media/articles/-/84368(最終閲覧:2023/09/27)
(注2)東浩紀(2023)『訂正可能性の哲学』株式会社ゲンロン,p.134.
(注3)もちろん、70年代にはミニコミブーム、80年代にもキャンパスマガジンブームがあったし雑誌数で言えば大したことはないかもしれない。2000年代以降も〇〇大学現代思想文化学研究会(げんしけん)、SOS団〇〇大学支部などが局所的にブームになっている。
(注4)この図で想定される批判として「感傷マゾ-ぬかるみ派中心史観」というものがあるだろう。しかし、史観を作ることは本意ではないし、おそらく団体の数だけネットワーク図が作られると考えられる。実際は、特定の界隈や分派的なものが明確に存在するわけではないので、その点をご了承いただいた上で御覧ください(なお、本ネットワーク図制作にあたり各団体には、「界隈として見られる可能性があること」をご了承の上でアンケートに回答していただいている)。
(注5)もちろん文学フリマの増加がそのまま評論サークルの増加と限らないことには注意が必要。しかし、筆者が以前コミケカタログで「早稲田大学」を冠したサークル数を調べたところ、ここ10年で10倍以上増加していた。残念ながらデータをなくしてしまったので再度調べ直さなければならないが、少なくとも学生サークルに限れば、増加していることは間違いないと思われる。この部分はさらなる調査が必要である。
(注6)サークルクラッシュ同好会を作ったのがホリィ・セン氏。ホリィ・センとちろきしん氏がゼロ年代研究会を設立した。いずれも京大漫トロピーに所属していた(ちろきしん氏は現在も所属中)。また、これらの団体は同人サークルだけでなく、「マイナーサークル」という別の界隈でもよく名前が挙がる。マイナーサークルについては変なサークル学会の過去の記事を参照。

おまけ:その後の雑談「キュアロさんが誤解されている件」

茂木: そういや、うちのお店(注:バー「ミズサー」のこと)でも時折そうですけど、キュアロって(ぬかるみ派で加速主義の特集をしたことで)加速主義の人として扱われがちじゃん? そういう弊害ってあるよね、たぶん。

キュ: そうですね。ぬかるみ派が足かせになるタイミングで辞めないといけないとは思ってます。

ペシ: 僕の一番好きな文章はひろゆきとマルクスのやつです笑。

キュ: 論破するやつ笑。

ペシ: キュアロさんってアカデミック・オモコロだなってたまに思ってて、ちょっと高度でニッチなオモロを生み出す才能がすごいんですよね。昔から本領はそっちなんだろうなって。キュアロさん、前にオナホ被りながら小説読んだりしてませんでしたっけ。

茂木: あはは、なつかしい笑。

ペシ: あれめっちゃ好きだったんですよね。

茂木: あとはゲロで曲作るとかね笑。

橋田: 『ぬかるみ派』の就活座談会も結構ふざけたりしてますよね。プペルいじりとか。

キュ: それはそうなんですけど、他の場所でも、例えば去年の文フリのブースもダンボールに値段2000円って置いてるだけで、そこで髪の長いアニメ(注:慶応大学在学。ぬかるみ派の主要メンバー)っていう男が「ぬかるみ派で~す」って売ってるっていう。普通に異常だったはずなのに、そこらへんとかは見ないっていうか。みんな、うっすら僕らがふざけているのを見ないんですよ。前のPARAのイベントとかもトランプ6、6、6とか書いて、めっちゃふざけてるのに、誰にも突っ込まれないっていう笑。

(一同笑い)

茂木: ボケが拾われない笑。

キュ: なかったことにされてる笑。僕らはやってるつもりなんですけど。

茂木: どう突っ込めばいいか分からないジャブが多すぎるっていう、あははは。

ペシ: あれじゃないですか。ぬかるみ派のイメージって前衛芸術集団みたいな感じだから、これもパフォーマンスの一貫として邪推が働いている。

キュ: こないだPARAのイベントも「おもいやりぞーん」っていう優先席の前に貼ってある電車のシールみたいなのがあって、それが僕とアニメの二人の間で「熱い」ってなって、それで秒で印刷して、PARAで貼り続けるっていうことをやっていたんですけど、誰にも何も突っ込まれないっていう。

(一同笑い)

キュ: おもいやりぞーんって何ですか、とも言われない(泣)聞かれたら、「おもいやりぞーん、知らないんですか?」ってやろうと思ってたのに… 。

(一同笑い)

キュ: PARAのイベント後日PARAのマネージャーの方が仲山さん(注:仲山ひふみ。91年生の批評家。『アーギュメンツ』共同編集)に「ぬかるみ派の人たちどうでした?」って聞かれて、「ちゃんと挨拶できる子でした」って答えたらしくて…。(挨拶をしないような)尖ってるイメージがあるのかもしれないです。というか、最近は何ふざけても尖っているように見られちゃってます(泣)

茂木: わはは、ふざけが尖りに思われるっていう。なるほどなあ。内輪的にはイメージ(注;キュアロくんのユーモラスかつ愛嬌のあるイメージ)を共有されているけど、外からはギャップがあるんだろうねー。そこの齟齬でいろんなことが起きるっていうのはあるかも。


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